『魔物解体と奢られ飯』 今日も回復術師のおっさんに奢られる。

くみたろう

文字の大きさ
91 / 122
第3章

41話 第三の部屋:「愛撫しなければ出られない部屋」


「…………あ、愛撫……」

 思わずヴェルクレアから零れた言葉。 それにレティリアはビクッ……と震えた。
 静かに見上げると、ヴェルクレアの視線と重なる。
 赤らめた顔は困惑していた。 眉尻を下げて潤む目で見ているのは何となくわかるのだが、それをどう平常に戻せばいいか分からない。

「ヴェルさん、あ……あいぶ……って……」

「うん、まぁ……そうだねぇ」

 レティリアの予想通りだろう。 これは困った。
 触れ合い、抱き締めるだけで緊張しているレティリアと、今も臨戦態勢を維持しているが必死に我慢をするヴェルクレア。
 そんな状態で直接触れ合ってしまえば、言葉にしなくても愛している2人の関係性を一気に進めると共に、精神的にだが体の関係を結ぶことになる。

 いや、分かってはいるのだ。
 この状況を抜け出すのは、この先に進む以外にはないということを。

 催淫効果によって、感情は勝手に盛り上がる。
 駄目だと自制する感情を押しやられて、指示を見た瞬間に2人の意識が触れ合いに囚われるくらいに。
 だが、それでは精神を支配されているのと一緒なのだ。

 この状態を突破すること。
 それは、文字によって支配された感情で指示に従う事なく、お互いに慈しむ心を忘れずに愛を交わす事。

 ネラフィーネが魔物として、生涯の中で知りたかった事を知らせる事。
 それが、この惑わす場での唯一の解決方法だった。


 
「レティ、ねぇ聞いて」 

「…………ん?」

 とろん……とした眼差しでレティリアは見上げる。
 体を寄せた状態で背中に腕を回しているのだが、気持ちは今《愛撫をしないといけない》という事に支配されていた。
 順番に強くなる精神支配に、耐性のないレティリアは簡単に引っかかる。

「レティリア、今はネラフィーネの精神支配を受けているよ。意識は……あるかい?」

「…………ネラ……フィーネ?」

「そう、今は仕事中でしょ?」

「………………仕事、中」

 ぼんやりとヴェルクレアを見ていた視線が下に下がる。
 首、鎖骨、胸、腹部。ゆっくりと下がる視線には、まだ熱を持っていて、指先が腹部の盛り上がった筋肉の筋に触れた。
 ピクっと動くヴェルクレアが、その指先を握ってきた。

「…………レティリア、ねぇ。君の意思で触って欲しいなぁ」
 
「…………わたしの、いし……」

「そう。レティリア……俺が好きかい?」

「………………すき、すき……」
   

 
 濁った瞳がヴェルクレアを捉えた。
 浮かされたように言うレティリアの頬を優しく撫でるが、意識は混濁しているのだろう、反応が鈍い。
 体が離れて胸元が見えているのに、隠すこともしない。 うわ言のように好きだと呟くレティリアに、まだだな……と眉を寄せた。

「…………レティリア、好きだよ」

 じんわりと響く声に、ピクリと体が跳ねた。
 耳元に顔を寄せて、虚ろな眼差しのレティリアを目覚めさせるために、魔術を込めながら話し続ける。

「君を初めて知ったのは、遠征帰りの広間だったよ。肩車されてる姿は衝撃的だったなぁ。誰か好きな人がいるのかと思ったけど、その割には男性の肩に乗ってるでしょ? 凄い子がいるなぁって」

 優しくゆっくりと、昔話をするようにレティリアを抱き締めながら。
 それを静かに聞くレティリア。 腹部を撫でていた手が止まり、黙って話を聞いている。

「今思えばあの日、君がぶつかってきたあの時から、俺は君を特別だって認識していたんだろうねぇ。じゃないと、初対面の人を食事に誘うことも、自分から触れることも無かったはずだよ」

 トントン、と背中を叩くヴェルクレアにより掛かって目を伏せる。
 聞き入るように、その声に意識を集中し始めた。
 優しく頭を撫でるヴェルクレアの手の感触が、さっきよりも鮮明になる。

「それからレティリアと過ごす度に、君への愛おしさが溢れるように増えていくんだ。困るよねぇ、仕事もかっこいいから、目が離せないよ。危ないし、ハラハラするけど、真剣に向き合う君は美しいし、仕事に向ける情熱は人一倍で……そんな君に惹かれないはずがないんだよね」

 溢れるように零れるヴェルクレアの声を聞いて、濁っていた瞳が瞬きをする度に光を孕んでいく。
 ゆっくりと顔を上げると、柔らかく笑うヴェルクレアが眼前にあった。

「だからね、君が君として生きられるように。君を離さないために……。 戻ってきて 」


 風が、どこからか吹いた。
 髪が巻き上げられ、心許ないペチコートがめくれ上がるの、はっ! として手で抑える。
 青一色だった部屋は、可愛らしいピンクの装飾にまた戻ったかと思ったら、部屋の明かりが消えた。
 薄暗く、お互いの顔しか見えない。
 先程の浮かされた感覚は無くなり、鮮明になるレティリアの感情。 
 先程の告白に全身を真っ赤に染めて恥じらい、顔を背けるが、顎を持たれて顔を戻された。

「…………レティリア、好きだよ」

「も……わかった……わかったから……」

「じゃあ、俺の意思で、君に触れてもいいかい?」

 そう聞かれた瞬間、目を見開いた。
 大きな手の平が、撫でるようにレティリアに触れて、あっという間に高みに連れて行ってしまう。
 それがなんとなくわかるからこそ、動揺で体が震えた。

「…………わ、わたしが、やる……」

「えぇ?」

 無意識に出た言葉に、2人の空気がふっ……と緩む。
 緊張感の漂う、甘ったるい空気に、一瞬風が通り抜けた。


 この後は、暫くどちらが愛撫をするかという口論をすることになるのだが、第4、第5の部屋を通りぬけ、現実に戻る頃にはヘトヘトになったレティリアと穏やかに笑うヴェルクレアが居ることだけは確かだった。
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。

「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。 だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」 追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。 舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。 一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。 「もう、残業はしません」

本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます

青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。 藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。 溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。 その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。 目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。 前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。 リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。 アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。 当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。 そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。 ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。 彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。 やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。 これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

平凡な令嬢と平凡じゃない友人たち

ぺきぺき
恋愛
身分問わず優秀な学生が通う、王立学園。その中で目立たない茶髪にハシバミ色の瞳を持ち、真ん中よりちょっと下くらいの成績の、平凡な伯爵令嬢であるはずのセイディ・ヘインズはなぜか学園の人気者たちに囲まれて平凡ではない学園生活を送っていた。 ーーーー (当社比)平凡なヒロインと平凡じゃない友人たちが織り成す恋愛群像劇を目指しました。 カップル大量投入でじれもだラブラブしてます。お気に召すカップルがいれば幸いです。 完結まで執筆済み。 一日三話更新。4/16完結予定。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜

唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。 身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。 絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。 繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。 孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。 「君のためなら、国にだって逆らう」 けれど、再会した彼の正体は……? 「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」 通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。