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第3章
41話 第三の部屋:「愛撫しなければ出られない部屋」
「…………あ、愛撫……」
思わずヴェルクレアから零れた言葉。 それにレティリアはビクッ……と震えた。
静かに見上げると、ヴェルクレアの視線と重なる。
赤らめた顔は困惑していた。 眉尻を下げて潤む目で見ているのは何となくわかるのだが、それをどう平常に戻せばいいか分からない。
「ヴェルさん、あ……あいぶ……って……」
「うん、まぁ……そうだねぇ」
レティリアの予想通りだろう。 これは困った。
触れ合い、抱き締めるだけで緊張しているレティリアと、今も臨戦態勢を維持しているが必死に我慢をするヴェルクレア。
そんな状態で直接触れ合ってしまえば、言葉にしなくても愛している2人の関係性を一気に進めると共に、精神的にだが体の関係を結ぶことになる。
いや、分かってはいるのだ。
この状況を抜け出すのは、この先に進む以外にはないということを。
催淫効果によって、感情は勝手に盛り上がる。
駄目だと自制する感情を押しやられて、指示を見た瞬間に2人の意識が触れ合いに囚われるくらいに。
だが、それでは精神を支配されているのと一緒なのだ。
この状態を突破すること。
それは、文字によって支配された感情で指示に従う事なく、お互いに慈しむ心を忘れずに愛を交わす事。
ネラフィーネが魔物として、生涯の中で知りたかった事を知らせる事。
それが、この惑わす場での唯一の解決方法だった。
「レティ、ねぇ聞いて」
「…………ん?」
とろん……とした眼差しでレティリアは見上げる。
体を寄せた状態で背中に腕を回しているのだが、気持ちは今《愛撫をしないといけない》という事に支配されていた。
順番に強くなる精神支配に、耐性のないレティリアは簡単に引っかかる。
「レティリア、今はネラフィーネの精神支配を受けているよ。意識は……あるかい?」
「…………ネラ……フィーネ?」
「そう、今は仕事中でしょ?」
「………………仕事、中」
ぼんやりとヴェルクレアを見ていた視線が下に下がる。
首、鎖骨、胸、腹部。ゆっくりと下がる視線には、まだ熱を持っていて、指先が腹部の盛り上がった筋肉の筋に触れた。
ピクっと動くヴェルクレアが、その指先を握ってきた。
「…………レティリア、ねぇ。君の意思で触って欲しいなぁ」
「…………わたしの、いし……」
「そう。レティリア……俺が好きかい?」
「………………すき、すき……」
濁った瞳がヴェルクレアを捉えた。
浮かされたように言うレティリアの頬を優しく撫でるが、意識は混濁しているのだろう、反応が鈍い。
体が離れて胸元が見えているのに、隠すこともしない。 うわ言のように好きだと呟くレティリアに、まだだな……と眉を寄せた。
「…………レティリア、好きだよ」
じんわりと響く声に、ピクリと体が跳ねた。
耳元に顔を寄せて、虚ろな眼差しのレティリアを目覚めさせるために、魔術を込めながら話し続ける。
「君を初めて知ったのは、遠征帰りの広間だったよ。肩車されてる姿は衝撃的だったなぁ。誰か好きな人がいるのかと思ったけど、その割には男性の肩に乗ってるでしょ? 凄い子がいるなぁって」
優しくゆっくりと、昔話をするようにレティリアを抱き締めながら。
それを静かに聞くレティリア。 腹部を撫でていた手が止まり、黙って話を聞いている。
「今思えばあの日、君がぶつかってきたあの時から、俺は君を特別だって認識していたんだろうねぇ。じゃないと、初対面の人を食事に誘うことも、自分から触れることも無かったはずだよ」
トントン、と背中を叩くヴェルクレアにより掛かって目を伏せる。
聞き入るように、その声に意識を集中し始めた。
優しく頭を撫でるヴェルクレアの手の感触が、さっきよりも鮮明になる。
「それからレティリアと過ごす度に、君への愛おしさが溢れるように増えていくんだ。困るよねぇ、仕事もかっこいいから、目が離せないよ。危ないし、ハラハラするけど、真剣に向き合う君は美しいし、仕事に向ける情熱は人一倍で……そんな君に惹かれないはずがないんだよね」
溢れるように零れるヴェルクレアの声を聞いて、濁っていた瞳が瞬きをする度に光を孕んでいく。
ゆっくりと顔を上げると、柔らかく笑うヴェルクレアが眼前にあった。
「だからね、君が君として生きられるように。君を離さないために……。 戻ってきて 」
風が、どこからか吹いた。
髪が巻き上げられ、心許ないペチコートがめくれ上がるの、はっ! として手で抑える。
青一色だった部屋は、可愛らしいピンクの装飾にまた戻ったかと思ったら、部屋の明かりが消えた。
薄暗く、お互いの顔しか見えない。
先程の浮かされた感覚は無くなり、鮮明になるレティリアの感情。
先程の告白に全身を真っ赤に染めて恥じらい、顔を背けるが、顎を持たれて顔を戻された。
「…………レティリア、好きだよ」
「も……わかった……わかったから……」
「じゃあ、俺の意思で、君に触れてもいいかい?」
そう聞かれた瞬間、目を見開いた。
大きな手の平が、撫でるようにレティリアに触れて、あっという間に高みに連れて行ってしまう。
それがなんとなくわかるからこそ、動揺で体が震えた。
「…………わ、わたしが、やる……」
「えぇ?」
無意識に出た言葉に、2人の空気がふっ……と緩む。
緊張感の漂う、甘ったるい空気に、一瞬風が通り抜けた。
この後は、暫くどちらが愛撫をするかという口論をすることになるのだが、第4、第5の部屋を通りぬけ、現実に戻る頃にはヘトヘトになったレティリアと穏やかに笑うヴェルクレアが居ることだけは確かだった。
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