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第4章
16話 《鎧蟲皇グラン=バルド》内部解体・核摘出
上殻が外れた瞬間、内部にこもっていた熱と濃密な臭気が隔離された解体場へ流れ出した。
鉄臭さに似た匂いだが血液ではない。三人は目を細めて鼻を押さえ、臭気をなるべく遮断した。
立ち上がる蒸気は熱せられた魔物の体内と魔力が燻されて起こるものだ。
腹板の裏一面に、半透明の膜が張り付いている。
「……神経網、随分細かいわね」
覗き込んだ半透明の膜は、神経膜といって、人間の血管と似ている働きをする。だが巨大な魔物の体を見て分かるように人間の血管のように細くはない。
太い管が幾層にも束ねられ、半透明は場所により白く目立つ。
グローブ越しに触れると熱遮断がされているため熱さは感じず、蓄積された魔力によって余韻のように拍動が指に伝わった。
死んでなお、諦めない、死なないと強かに脈を打つ。
「まずは神経束を冷却しようか」
ウィリアムの言葉に、レティリアは冷却スプレーから冷却水へと変えて魔物の体内に流し込む。
じわじわと満たされる水が灼熱のように熱を放つその場所を冷やすと、膜が一瞬だけ縮み、紫がかった色へ変化した。
これを怠れば、切断時に反射収縮を起こすので、慎重に冷やしていく。
立ち上がっていた蒸気はおさまり、外からもこちらの状態を確認できるようになって、何人かが食い入るように見てきたが、三人はそれどころではなかった。
こういった冷却を魔物の体内で行う場合、急激に冷えた体がまるで化学反応のように予想外の動きをしたり、熱と冷気が混ざって爆発したりと被害が大きくなる場合があるのだ。
さらに、冷却水を使っても見た目が変わらないため、どこまで冷えているのかは解体員のさじ加減となる。
魔物によって冷やしすぎも駄目だったり温度設定がされていたりと、魔物の体は実に繊細な作りをしている。
しっかりと冷えないと、魔力神経は切ると暴れる。
1度冷却水を抜いて手袋を外したレティリアが、体を前のめりに出して少し奥まった場所にある神経膜にそっと触れる。
ぷにゅりとした食感に次いでひんやりとした冷たさが指を冷やしていく。
しかしそこから5秒、10秒と触れ続けるとジワジワと熱を伝えてくる。
現状把握のために、まだ離さない。
眉をひそめて見ていると、また蒸気が上がりだしレティリアの指先を真っ赤に染めた。
「レティ、もういい。もう1回冷却水」
「……ん」
ピリピリと痛む手を離して冷却水を取りに台から降りる。
腫れ上がってきている指を1度冷却水に突っ込むと、一瞬で指先を出した。
抱えたまま台に飛び乗り、モクモクと上がりだした熱を抑えるように冷却水をまた入れる。
指先で確認すること5回、やっと冷えたとGOサインを出したレティリアに二人が頷いた。
「よし、切るぞ。レティ、お前は指冷やせ」
「大丈夫だよ」
左手の五指全てが真っ赤に腫れ上がり熱を持っている。
水膨れになってピクピクと痙攣している手を冷却水にガボッと入れる姿に、外の人達から悲鳴があがり、ヴェルクレアは顔を覆う。
「……どうしていつも怪我するかなぁぁぁ」
「あ、あの……あんな感じの怪我っていつもなんですか?」
思わずアナスタシアがその場にいる解体員に聞くと、首を横に振った。
「常にじゃないっすよ。ランクが上がると怪我も増えたりあんな感じに確認もあるけど……魔物にもよるからなぁ」
うーん、と頭を掻きながら答える男性解体員に顔をひきつらせる。
あんな状態は、騎士だって痛みに泣き叫ぶ。魔物由来の怪我などは普通の裂傷や火傷とは違うのだ。
それを、当たり前のように言う解体員に、全員が変態の集まりか……と全力で引いた。
細身の包丁に持ち替えて内部に差し込む。
ほんの少しウィリアムの刃が触れた瞬間、ビチ! と粘膜が跳ね、体が危険を感じて液体が中から溢れ出し吹き出した。
その液体は透明で、触れた床石がじゅっと焦げる。
体にかかったものは厚手のエプロンが防いでいたが、耐久性が下がったのは見るからに明らかだった。
ゴーグルの紐がジッ……と焼ける音が聞こえてレティリアはゴーグルを投げ捨てた。
そのまま溶けて床に張り付いていく。
小さく舌打ちしたレティリアは、一度降りて新しいゴーグルを手に取った。
高濃度の魔力体液が流れていく。
触れると簡単に溶かすそれは、冷えるとただの水に変わるため、冷却水をじゃぶじゃぶと体内に入れながらの作業に変更した。
ウィリアムが解体し、レティリアとマギーが冷却水を入れながら様子を見ていた。
ザリッと重たい感触と共に刃を深く入れ、神経束の主幹を断つ。切断された瞬間、内部が痙攣した。
腹板の裏が一斉に波打ち、巨大な筋肉層が収縮する様子を全員で固唾を呑んで見つめる。解体に使う包丁の柄に指先を当てて、いつでも応対出来るように準備するが、それ以上動く様子はなく、息を吐き出す。
少しの痙攣はあったが、《鎧蟲皇グラン=バルド》の動きは完全に停止した。
「よーし……反射停止」
神経網が弛緩し、腹板の裏がだらりと垂れた。
それを視認してから腹板を内側から切開する為に包丁をくるりと回して中をじっくりと見た。
沢山の重なる神経膜は、適当に切っていいものじゃない。微妙に違う色彩に三人の目が細まる。
冷却水が入った状態で、それを見極めなくてはいけないのだ。
「……どれがヤバい?」
「束は、神経が集まってるからかなり危ないわよね」
「常時冷却してるから、奥まで冷えてはいると思う。可能性は」
「「「反射」」」
三人は頷き、グローブをはめた手でガードするように前に出しながら、息を吐き出す。
「切るぞ」
ウィリアムの声が掛かってから慎重に包丁が入ると、殻とは違う柔らかさが刃を押し返すようだ。かなり弾力あるな……とウィリアムは目を細める。
「……ふぅん、層になってる」
レティリアが切り分けられた薄い膜が取れた先を見て言った。
今見えるのは第一層の筋肉。
厚く弾力があり、繊維が横に走っている。脱皮のたびに強化されてきた痕跡なのだろう。
そっと触れてみるとかなり引き締まった筋肉だが、弛緩しているため柔らかさがある。
「腹に魔力貯蔵庫があるのよね?」
「うん。この筋肉を切り分けた先に魔力溜りがあるんだけど、見えない先を傷付けないように切らないといけないから」
「スコープいるな」
「レティ、スコープ頼める?多分私よりレティの方が正確じゃない?」
「じゃ、準備する」
三人で話しながらどう進めるか相談。
その間にも、外の見学者が増えていく。
たまたま《鎧蟲皇グラン=バルド》の生息地であるバウクーリ地方の冒険者が、こんな所に出現したと聞き駆け付けたのだが、三人の解体風景に腰を抜かしていた。
「おい、大丈夫か?」
「あの魔物……倒すより解体の方が大変だって言われてるS級魔物なんだ。内部爆発があるから、前ギルドの解体場所が吹き飛んで死傷者出てんだよ! それを未経験でやるなんて……」
ガタガタと震えている冒険者。
クエスト受注の受付をたまたましていた冒険者は、解体中の爆発する瞬間を見てしまったようだ。
後遺症が残るような怪我はしなかったようだが、かなり広範囲に被害が起きたと聞いて、避難した方がいいんじゃないか? とコソコソ話している時、ヴェルクレアは違う質問をしていた。
「スコープって?」
「魔物の体内が層になっている場合があって、層の奥を傷付けると何が起きるか分からない時に使う魔導サポートアイテムです。ただ、中しか見えないから、解体する人はスコープを使えません。別の人がスコープを付けて指示する。そして、解体員が今見える切り分ける場所と中の状態を脳内で重ね合わせて包丁を入れないといけないから、かなり難易度高い解体です」
ちなみに、俺は出来ませんと話す相手になるほど……とうなずいた。
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