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「あーりすちゃん」  

「重いですよ」

 スマホを見ている亜梨子の横から抱き着いてきたミラージュは手元のスマホを一緒に見た。
 映っているのはあの体育祭の時の写真で、撮ってはいけない時間の水戦争の写真を桃葉がこっそり堂々と撮ってくれていた。
 水が跳ね全身濡れながらも笑顔が弾けているミラージュや亜梨子に、一華や万里も写っているようだ。
 水戦争は水鉄砲を使って相手と戦う、ただそれだけの競技である。
 中心近くに置かれた2つの机からそれぞれ武器(水鉄砲)を掴み相手にかけまくる。
 地面が濡れるため1番最後に行うのだが、毎年乱入者が出て結局皆で水鉄砲を発射させる。
 なんだかんだ1番盛り上がる競技なのだ。

 ハンドガンタイプからデカいバズーカみたいなのまでサイズは様々で給水場所もある、皆が笑顔で体育祭を締めくくれる最終競技となっていた。
   
 そんな体育祭も終わり、今は夏休み直前。
 田中玲美がまだもちゃもちゃとミラージュに擦り寄っては来るが頻度は大分減り、渋々他に良い人は居ないかとハンターになっていると噂で聞いた。


「ねぇ亜梨子、前に言ってた弁当なんだけどね」

「柳君が作ってくれるって言ってたのですね」

 スマホを置いて横にいるミラージュを見ると、ミラージュも手を離して頷く。

「俺が作るの食べて欲しいなって…………ダメかな?」

「いえ、嬉しいです。柳君のご飯はとても美味しいので」

「……よかった。今度は出来たても食べてね」

「はい、是非」

 ニコッと笑って答えた亜梨子に幸せそうに笑うと、母が乱入してきた。

「あら、月曜日だけじゃなくて毎日?」

「うん、雅子さんいいかな?」

「私は全然大丈夫よぉ!ミラ君が作れない時は前日までに言ってね」  

「はーい」

 キッチンで夕飯の準備をする雅子に聞くと快く返事が返ってきた。
 良かったー、と呟くミラージュに母は何の気なしに言った。
  
「毎日お弁当だなんて、ミラ君ったら料理上手の彼女みたいねー」 

「…………………………」

 お茶を手にした亜梨子が固まり、ミラージュはあら?と首を傾げた。
 あの体育祭から既に2週間が経ち、田中玲美の脅威も薄れ普通に亜梨子の家に来ていたミラージュ。
 てっきり母に付き合っている事を言ったつもりだったのだ。
 亜梨子は固まったまま動かないので、ミラージュは立ち上がり母の元に。

「雅子さん」

「なぁに?」

「俺、料理上手の彼氏になりました。これからもよろしくお願いします」

「あら!?あっ!きゃあ!!あらあら!!」

「雅子さん!?大丈夫!?怪我してない!?」

「お母さん!?大丈夫ですか!?」

 ミラージュの言葉に驚いた母は火にかけていた鍋をひっくり返し、包丁を落とした。
 亜梨子とミラージュは慌ててキッチンの中に入って来くると、壁に背中を付けて立つ母は目を丸くして二人を見ている。
 ミラージュは火を止め亜梨子が落とした包丁を拾いながら母に怪我は無いか目視する。

「…………びっくりしてひっくり返しちゃって、それでまたびっくりしちゃったわ」

「……はぁ、怪我ないのね?雅子さん」

「えぇ、大丈夫よ。ごめんなさいねぇ」

「片付けるから雅子さんはちょっと休憩、ね?」
 
 ミラージュに背中を押されてキッチンから出された母は、あらあら……と言いながら亜梨子の隣に並んだ。

「……そっかぁ、亜梨子ちゃんと付き合ったのねぇ」

「はい」

「ミラ君、亜梨子ちゃんをよろしくね」

「勿論です」

 床を拭きながら顔を上げて笑うミラージュに、スパダリィ~と手を叩く。

「良かったね、亜梨子ちゃん」

「…………はい」

「あら、照れてる!ミラ君、雅子さんとのお願い」

「はい」

 ゴソゴソと棚を漁り出した母に手を止めたミラージュは首を傾げながら見ている。
 亜梨子もキョトンと見ていると、何か箱を持った母が戻ってきた。
 こっち来て来てー、と呼ばれキッチンから出てきたミラージュの手にギュッと握らせる箱。
  
「学生のうちに雅子さんをおばあちゃんにはしないでね」

「ぶふっ!!」

「お、お母さん!?」
 
 渡されたのを見て吹き出すミラージュに、顔を真っ赤にする亜梨子。

「………………まさか雅子さんからゴムを渡されるとは思わなかったなぁ」

「あら、だって大事じゃない。それとも学校卒業するまで我慢しちゃう?」

「んー、無理かなぁ」

「そうよねぇ」

「……………………やめてください」

 顔を覆う亜梨子をミラージュがわぁ!と手を叩いてそばに行った。

「え。亜梨子可愛い、亜梨子可愛い」

「ミラ君、寂しいけどデートとかジャンジャン行っていいからね!ただ、ミラ君のお父さん達にも頼まれてるから週に一回くらい顔を出してくれたら嬉しいわぁ」

「はい、わかりました」








 あけすけなく話す2人に怒った亜梨子がひとりで部屋に戻って行った後、食事の準備をしながら母はミラージュと話していた。
  
「ねぇミラ君。亜梨子ちゃんがたまに寝不足になるの知ってる?」

「悪夢、だよね。知ってます」

「そう、良かったわ……いきなりあの魘される亜梨子ちゃんを見たらびっくりすると思って。寝不足も続くから気にはなってるかなとは思ってたのよね」

「桃葉や郁美にその時の様子を聞いたし、1回だけ見たよ」

「あら、見たの?」

「昼休みの時にあまりにも顔色悪いから寝かしつけた時に」

「……そっかぁ」

 手を止めてソファに座るミラージュの元に行くと、隣に座った母は亜梨子を思いながら話し出す。

「……15歳くらいからなのよね、いきなり魘されだして。泣いて怖がるから色々病院とかも行ったけどダメで……ちょっとどうすればいいか悩んでたりして」 

 苦笑して言った母に、ミラージュも痛ましそうに顔を歪ませる。
 そして迷い悩み、そして口を開いた。

「雅子さん、俺さ……俺も夢を見てるんだよね、子供の頃からずっと」

「…………え?」

「亜梨子と似た夢で……いや、同じ夢かな……俺はもう亜梨子みたいに寝不足になったりはしないし、もう見る頻度もだいぶ落ち着いてきたんだけどね」

「……ミラ君?」

 ぼう……っと天井を見て話すミラージュに母は驚いて体をミラージュに向ける。

「夢はね、今からずっと昔で多分前世……そこに俺たちはいて……俺は取り返しのつかないことをした…………時代の風習や決まりに流されて……」

 まるで懺悔のように話し出したミラージュは母を見て苦笑した。 

「ごめんね、亜梨子の事でも悩んでいるのにこんな話をしちゃって。雅子さん、亜梨子の事心配してるから俺が知ってる事を教えた方が良いかなって思って」

「…………ミラ君」


 
 苦笑しながらまた天井に視線を向けたミラージュは、次第にぼんやりとした眼差しをしてきた。
 亜梨子を思っているのか、それとも前世の風景が写っているのか。

 カタン……と扉の方から音がしてミラージュはビクリと体を揺らす。
 バッと振り向くと亜梨子が佇んでいて、真っ直ぐにミラージュを見ている。

「……あ、ありす……」

「……それは、私も聞いていいものですか?」
 
「……あ…………」

「それが、貴方の隠していた秘密ですか?」

「……………………うん」

 亜梨子は黙って歩いてきてミラージュの前に座った。
 そして、もう一度同じ言葉を言った。

「それは、私が聞いていいものですか?」

「………………はい」 

 諦めたように目を瞑り、泣きそう表情で俯いたミラージュに、母は肩に触れた。

「…………ミラ君、正直気になるんだけど、亜梨子の事だから物凄く気になるんだけど。でも、今は2人で話した方がいいかしら。それなら亜梨子の部屋に行く?」 
 
 ミラージュは顔を上げて母を見て亜梨子を見る。

「…………亜梨子は、どうしたい?」

「心配を掛けているから、夢の理由がわかるのならこのままでお願いします」

「……うん。先に言っておくね。気持ちのいい話じゃないんだ。前に話した…………きっと亜梨子が俺を憎むって……言ってたヤツだから」










「前にも言いましたが、それは聞いた後に決めます」
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