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第二部 第四章 カスガイくんは、旅行の準備を一緒にしたい
4-5 普通に風邪だけどなにか文句でもある?
こちらに背中を向けてソワレと一緒に行ってしまったマオの後ろ姿を見送ってから、イリスたち三人も踵を返した。どこへ向かうのかはわからないまま、ユラと手をつないで、少し先を行くマチネのびよんびよんとはねるツインテールを眺める。
「ごめんね、イリスくん。せっかくの親子水入らずのお買い物を邪魔しちゃって」
首だけ振り返ったマチネの言葉に、思わず「いえ」と、普通に肯定しそうになった。慌てて「親子じゃないです!」と、全力で否定する。
「え、あ、そうだったー! 『ユラくんのおばあちゃんのカフェの人間の常連客の親戚の近所の子どもちゃん』だった! あんまり仲良しだったから、ついつい! てへぺろ!」
こんなに力強い『てへぺろ』は、初めて聞いた。お調子者なキャラでごまかしてはいるが、イリスたちの関係性について探りを入れてきているのは明らかである。裏表がなさそうに見せかけて、どうにも真意が読み切れない。
(これはボロを出さないように気をつけなくては……!)
「で? で? きょうは三人で何のお買い物だったの?」
「誰かさんが押しつけてくれたイベントに参加するための遠出の準備だよ」
「え、すごーい! その誰かさんってシゴデキー! いいじゃんいいじゃんよかったじゃーん! ぼくたちも現地に見学に行っちゃおうかなー!」
「別にいいけど、その場合は問答無用で俺たちと交代してもらうことになるけどね。もともとそっちの仕事だったんだから当然だよね」
切って捨てるようなユラの態度を珍しく思いながら、イリスは首をひねる。お仕事というのは、アンバーサスの仕事のことだろうか。
マオやユラからは「ちょっと遠くのイベントに参加することになったよ」くらいしか説明されていないが、今の会話から察するに、もともとはマチネとソワレの担当だったらしい。
(なんだろう、やっぱり博物館のトークイベントとかかな?)
双子の陽キャでパリピな様子からは想像しづらいが、実は仕事は真面目にこなすタイプなのかもしれない。それはそれでギャップが大きく、一部のファンにはたまらないことだろう。
「はいっ、聞いてもいいですか? マチネさんとソワレさんもアンバーサスなんですよね?」
「そうです! 双子のアンバーサスって呼ばれてるくらいそっくりな仲良しさんなんです!」
ユラと手をつないでいない左手を勢いよく挙げて質問するイリス以上に、マチネが元気に答える。とうとう体全体で振り返り、華麗なバックスキップまで決めてくれた。背中に目があるのかというくらいスムーズな動きから、彼の身体能力の高さがうかがえる。
「本当に双子みたいにそっくりです! でもマチネさんは人間で、ソワレさんは魔物なんですよね? どうしてそんなに似ているんですか?」
「おー、いい質問! 目の付けどころがスイートだね! でもそれにはゼリーの金魚鉢のように深い理由があるんだよー! つまりトップシークレットやつなんですな、ごめんね!」
「あっ、トップシークレットなら大丈夫です!」
それにしても、ゼリーの金魚鉢ってなんだろう。さっきもそんなことを言っていたが、この世界ではメジャーなジョーク、あるいは流行語のひとつなんだろうか。
「マチネさんとソワレさんも、お買い物に来たんですか?」
「うん、買い物兼息抜き兼お仕事って感じかな。ぼくたちのアンバーサスとしての管轄がユラくんたちと近いから、たまにこうやってニアミスすることもあるんだ。イリスくんも、またどこかであったらよろしくしてくれるとうれしいな!」
「そうなんですか! はい、こちらこそよろしくお願いします!」
一筋縄ではいかない人であるが、悪い人ではなさそうだ。なにより、一緒にいるととても楽しいので、できれば仲良くしたいという気持ちに嘘はない。
「えへへっ、ありがとう! ということだから、ぼくもイリスくんたちの旅行準備のお手伝いをしちゃうよっ! なに持ってく? 枕? アイマスク? ポータブルな空気清浄機と加湿器もいる? あっ、ディフューザーも大事だよね!」
「睡眠グッズばっかりです!」
「そんなの、イリスのおもちゃとかイリスの本とかイリスの生活用品とかに決まってるでしょ」
「やっぱりぼくのばっかりです、ママ――」
「ママ?」
テンション高く先導していたマチネだったが、急にかかとでブレーキをかけると、そのままイリスの目の前にダッシュで滑り込んできた。さっきのソワレと全く同じ動作だ。双子のシンクロに驚きつつも、イリスは「ママにどことなく似ているユラさん、です…!」と、何度目かのごまかしにかかる。
「え、イリスくんのママってユラくんにどことなく似てるの? とてつもないね!」
「そうなんです、とてつもないんです! めちゃくちゃきれいでかわいくてかっこよくて優しくて強いので大好きなんです!」
なかばヤケクソ気味にさけべば、つながっていたユラの手に軽く力がこもった。その感覚が気になって視線を上げると、ユラがさりげなく顔を逸らす仕草が目に入る。あっ、そうだった! この人ってばストレートに好意を伝えると照れるんだった!
(ああ、尊い! その顔、もっとじっくり見たい! 推しの照れ顔だけでごはん三杯余裕でいけちゃう!)
「あれれー? ユラくん、なんかお顔赤くなーい? どしてどしてー? なんでなんでー?」
「普通に風邪だけどなにか文句でもある? っていうか、ホントについてくる気? もう帰ってくれていいよ?」
「やだやだー! つれないこと言わないでー! ほら、マオくんを取り上げちゃった手前、僭越ながらこのマチネちゃんが精いっぱい代役を務めあげようかなと思ってさ!」
満面の笑みを浮かべながら、マチネがイリスの左手を握る。まさにそこはマオの定位置だったので、ちょっとだけ複雑な気持ちになってしまった。当たり前だが、マオとは手の大きさも厚みも何もかもが違う。心が温かいひとは手が冷たいという俗説通りの、あの優しいぬくもりが恋しくてたまらない。
いまごろ、マオはどうしているんだろう。ソワレと二人でなにをしてるんだろう。仲良しなのかな。こそこそ話してたもんな。自分たちとの買い物の予定を中断してでも一緒に行ってしまう用事ってなんだろう。急なお仕事なら仕方ないけど、ひょっとして親密な関係だったりするのかしら。
(まさかまさか、そんな! 最強にかわいくてかっこいいママというものがありながら……!)
くうっと天井を見上げて妄想していると、ついつい踏み出す足に力が込もってしまった。そんなぎこちないロボットのような動きをするイリスを挟んで、勇者たちが会話を重ねていく。
「まあ、魔王さまが一緒にいたところで買い物が捗るわけじゃないから別にいいんだけどね。ってか、魔王さまを連れてくくらいなら、ソワレじゃなくてマチネが一緒に行ったほうがよかったんじゃないの?」
「んー? ああ、そういうことね。へーきへーき、ホントに大したことないことだから。ぼくたちだけでも九十九パーセント穏便にいくところを、マオくんがいてくれたら二千パーセント安全だよねってだけの話だから。それに、ソワレの個人的な用事もあったみたいだし」
「ふーん」
「あ、嫉妬だー! ユラくん、ジェラってるー!」
「する必要ないでしょ。ジェラートならさっき食べたし」
「マオくん、めちゃくちゃモテるもんねー! とんでもない人たらしだもんねー!」
「なんで話ちゃんと聞かないの?」
「パパにそれとなく似ているマオさんって、そんなにモテるんですか!?」
聞き捨てならない言葉に思わずイリスが反応すれば、マチネが軽く身を屈めて「うんうんうんうん」と、うなずきながら顔を覗き込んできた。
「そうなんだよそうなんだよ。イリスくんのパパにそれとなく似ているマオくんってモテるんだよー? 老若男女どころか魔物や人間、精霊や動物問わずメロメロになっちゃうんだよー! すごいよねー!」
「ちょっと。子どもの前で、そういうこと言うのやめてくれる? まだ早すぎるでしょ」
「ふむぅ、子どもかなぁ? イリスくんは見た目ほど子どもじゃないと思うんだけどなぁ?」
ねぇ? と、マチネが笑いながら視線を合わせてくる。その目の奥で輝く光を浴びたイリスは、思わず息を呑んだ。まるでイリスの中にいる『春日井亮太』を見透かすような、どこまでも強く眩しい夏の日差しのような光が降り注いでくる。
(キラキラ具合がとんでもない…!)
ユラも相当だが、マチネもすさまじい。勇者というのは皆、そういう人種なんだろうかとドギマギしている間に、マチネの興味が別のものに変わる。
「あっ、とりあえずあそこ入ってみようよ!」
そう言うなり、手近なお店に飛び込んでいくマチネ。とりあえず寝具店ではなかったことにホッとしながら、イリスはユラと一緒にツインテールの尻尾を追いかけた。
「ごめんね、イリスくん。せっかくの親子水入らずのお買い物を邪魔しちゃって」
首だけ振り返ったマチネの言葉に、思わず「いえ」と、普通に肯定しそうになった。慌てて「親子じゃないです!」と、全力で否定する。
「え、あ、そうだったー! 『ユラくんのおばあちゃんのカフェの人間の常連客の親戚の近所の子どもちゃん』だった! あんまり仲良しだったから、ついつい! てへぺろ!」
こんなに力強い『てへぺろ』は、初めて聞いた。お調子者なキャラでごまかしてはいるが、イリスたちの関係性について探りを入れてきているのは明らかである。裏表がなさそうに見せかけて、どうにも真意が読み切れない。
(これはボロを出さないように気をつけなくては……!)
「で? で? きょうは三人で何のお買い物だったの?」
「誰かさんが押しつけてくれたイベントに参加するための遠出の準備だよ」
「え、すごーい! その誰かさんってシゴデキー! いいじゃんいいじゃんよかったじゃーん! ぼくたちも現地に見学に行っちゃおうかなー!」
「別にいいけど、その場合は問答無用で俺たちと交代してもらうことになるけどね。もともとそっちの仕事だったんだから当然だよね」
切って捨てるようなユラの態度を珍しく思いながら、イリスは首をひねる。お仕事というのは、アンバーサスの仕事のことだろうか。
マオやユラからは「ちょっと遠くのイベントに参加することになったよ」くらいしか説明されていないが、今の会話から察するに、もともとはマチネとソワレの担当だったらしい。
(なんだろう、やっぱり博物館のトークイベントとかかな?)
双子の陽キャでパリピな様子からは想像しづらいが、実は仕事は真面目にこなすタイプなのかもしれない。それはそれでギャップが大きく、一部のファンにはたまらないことだろう。
「はいっ、聞いてもいいですか? マチネさんとソワレさんもアンバーサスなんですよね?」
「そうです! 双子のアンバーサスって呼ばれてるくらいそっくりな仲良しさんなんです!」
ユラと手をつないでいない左手を勢いよく挙げて質問するイリス以上に、マチネが元気に答える。とうとう体全体で振り返り、華麗なバックスキップまで決めてくれた。背中に目があるのかというくらいスムーズな動きから、彼の身体能力の高さがうかがえる。
「本当に双子みたいにそっくりです! でもマチネさんは人間で、ソワレさんは魔物なんですよね? どうしてそんなに似ているんですか?」
「おー、いい質問! 目の付けどころがスイートだね! でもそれにはゼリーの金魚鉢のように深い理由があるんだよー! つまりトップシークレットやつなんですな、ごめんね!」
「あっ、トップシークレットなら大丈夫です!」
それにしても、ゼリーの金魚鉢ってなんだろう。さっきもそんなことを言っていたが、この世界ではメジャーなジョーク、あるいは流行語のひとつなんだろうか。
「マチネさんとソワレさんも、お買い物に来たんですか?」
「うん、買い物兼息抜き兼お仕事って感じかな。ぼくたちのアンバーサスとしての管轄がユラくんたちと近いから、たまにこうやってニアミスすることもあるんだ。イリスくんも、またどこかであったらよろしくしてくれるとうれしいな!」
「そうなんですか! はい、こちらこそよろしくお願いします!」
一筋縄ではいかない人であるが、悪い人ではなさそうだ。なにより、一緒にいるととても楽しいので、できれば仲良くしたいという気持ちに嘘はない。
「えへへっ、ありがとう! ということだから、ぼくもイリスくんたちの旅行準備のお手伝いをしちゃうよっ! なに持ってく? 枕? アイマスク? ポータブルな空気清浄機と加湿器もいる? あっ、ディフューザーも大事だよね!」
「睡眠グッズばっかりです!」
「そんなの、イリスのおもちゃとかイリスの本とかイリスの生活用品とかに決まってるでしょ」
「やっぱりぼくのばっかりです、ママ――」
「ママ?」
テンション高く先導していたマチネだったが、急にかかとでブレーキをかけると、そのままイリスの目の前にダッシュで滑り込んできた。さっきのソワレと全く同じ動作だ。双子のシンクロに驚きつつも、イリスは「ママにどことなく似ているユラさん、です…!」と、何度目かのごまかしにかかる。
「え、イリスくんのママってユラくんにどことなく似てるの? とてつもないね!」
「そうなんです、とてつもないんです! めちゃくちゃきれいでかわいくてかっこよくて優しくて強いので大好きなんです!」
なかばヤケクソ気味にさけべば、つながっていたユラの手に軽く力がこもった。その感覚が気になって視線を上げると、ユラがさりげなく顔を逸らす仕草が目に入る。あっ、そうだった! この人ってばストレートに好意を伝えると照れるんだった!
(ああ、尊い! その顔、もっとじっくり見たい! 推しの照れ顔だけでごはん三杯余裕でいけちゃう!)
「あれれー? ユラくん、なんかお顔赤くなーい? どしてどしてー? なんでなんでー?」
「普通に風邪だけどなにか文句でもある? っていうか、ホントについてくる気? もう帰ってくれていいよ?」
「やだやだー! つれないこと言わないでー! ほら、マオくんを取り上げちゃった手前、僭越ながらこのマチネちゃんが精いっぱい代役を務めあげようかなと思ってさ!」
満面の笑みを浮かべながら、マチネがイリスの左手を握る。まさにそこはマオの定位置だったので、ちょっとだけ複雑な気持ちになってしまった。当たり前だが、マオとは手の大きさも厚みも何もかもが違う。心が温かいひとは手が冷たいという俗説通りの、あの優しいぬくもりが恋しくてたまらない。
いまごろ、マオはどうしているんだろう。ソワレと二人でなにをしてるんだろう。仲良しなのかな。こそこそ話してたもんな。自分たちとの買い物の予定を中断してでも一緒に行ってしまう用事ってなんだろう。急なお仕事なら仕方ないけど、ひょっとして親密な関係だったりするのかしら。
(まさかまさか、そんな! 最強にかわいくてかっこいいママというものがありながら……!)
くうっと天井を見上げて妄想していると、ついつい踏み出す足に力が込もってしまった。そんなぎこちないロボットのような動きをするイリスを挟んで、勇者たちが会話を重ねていく。
「まあ、魔王さまが一緒にいたところで買い物が捗るわけじゃないから別にいいんだけどね。ってか、魔王さまを連れてくくらいなら、ソワレじゃなくてマチネが一緒に行ったほうがよかったんじゃないの?」
「んー? ああ、そういうことね。へーきへーき、ホントに大したことないことだから。ぼくたちだけでも九十九パーセント穏便にいくところを、マオくんがいてくれたら二千パーセント安全だよねってだけの話だから。それに、ソワレの個人的な用事もあったみたいだし」
「ふーん」
「あ、嫉妬だー! ユラくん、ジェラってるー!」
「する必要ないでしょ。ジェラートならさっき食べたし」
「マオくん、めちゃくちゃモテるもんねー! とんでもない人たらしだもんねー!」
「なんで話ちゃんと聞かないの?」
「パパにそれとなく似ているマオさんって、そんなにモテるんですか!?」
聞き捨てならない言葉に思わずイリスが反応すれば、マチネが軽く身を屈めて「うんうんうんうん」と、うなずきながら顔を覗き込んできた。
「そうなんだよそうなんだよ。イリスくんのパパにそれとなく似ているマオくんってモテるんだよー? 老若男女どころか魔物や人間、精霊や動物問わずメロメロになっちゃうんだよー! すごいよねー!」
「ちょっと。子どもの前で、そういうこと言うのやめてくれる? まだ早すぎるでしょ」
「ふむぅ、子どもかなぁ? イリスくんは見た目ほど子どもじゃないと思うんだけどなぁ?」
ねぇ? と、マチネが笑いながら視線を合わせてくる。その目の奥で輝く光を浴びたイリスは、思わず息を呑んだ。まるでイリスの中にいる『春日井亮太』を見透かすような、どこまでも強く眩しい夏の日差しのような光が降り注いでくる。
(キラキラ具合がとんでもない…!)
ユラも相当だが、マチネもすさまじい。勇者というのは皆、そういう人種なんだろうかとドギマギしている間に、マチネの興味が別のものに変わる。
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