近間家の人々

ナムラケイ

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「ヤンキーDKの献身」番外編

Morning Relay 1

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 午前6時のマドリード。
 古めかしい木扉を開いて外に出ると、冷え切った外気が身体を包みこんだ。
 昨夜は雨が降ったので、空気はしっとりと潤い、濡れたままの石畳は黒く光っている。
「何キロにする?」
 武部みのりは屈伸をしながら、ルームメイトのソヨンを振り返った。
「5キロかな。ニューイヤーパーティで食べすぎだし」
 アディダスのオシャレなスポーツウェアに身を包んだソヨンは、その場でぴょんぴょんとジャンプをした。ポニーテールが軽やかに揺れる。
 白い肌に艶のある黒髪、ティントで色づいた薄い唇は典型的な韓国美女だ。
「じゃ、行こっか」
「オッケー」
 二人は朝もやの立ち込めるマドリードの街を軽快に走り出した。

 クリスマスと新年の休暇で観光客が溢れるマドリードだが、早朝は人もまばらだ。
 マヨール広場を抜けてコルテス地区に向かい、プラド美術館を横目に眺めながら、手足を動かす。
 かつてピカソが館長を務めたことでも有名な美術館は、冷徹な朝の空気の中で荘厳に佇んでいる。
 マドリードに来たばかりの頃は、歴史ある建築物のひとつひとつに大仰に感動したものだが、半年経った今では古き街並みも日常に一部だ。
 みのりとソヨンはマドリード・コンプルテンセ大学に短期留学中だ。美容と健康のために、毎朝一緒にジョギングすることを日課としている。
 スピードはゆっくり。今日の朝ごはんは何にしようとか、苦しくない程度におしゃべりをしながら走る。

「ソヨン、今日の予定は?」
「午前中は課題やって、お昼はアパートで食べて、夕方からはヒロシとデート」
 ソヨンは、みのりと同じ大学から交換留学に来ている日本人学生と付き合っている。
 国が変われば慎みの基準も変わるのか、人前でも堂々といちゃついていて羨ましい限りだ。
「いいわね。じゃあ、夜は遅い?」
「遅いか、朝になるかも」
 ソヨンは素敵なウィンクを飛ばしてくる。
「ちゃんと送ってもらってね。ソウルよりも治安悪いんだから」
「勿論。で、みのりは何するの?」
「私も午前中は冬休みの課題を終わらせて、昼からは飲み会」
「え、例の日本の彼氏と? 良かったじゃない」
 早とちりするソヨンに、みのりは走りながら肩をすくめてみせた。
「残念ながら、彼氏は相変わらずレスポンスなし。今日は、高校の同級生とオンライン飲みなの。時差がるあるから、私はお昼飲みになっちゃって」
 みのりは同じ外大の中国語学科の先輩と付き合っていたが、留学してからは分かりやすく連絡回数が減った。最初は毎日だったラインは今や風前の灯だ。
 遠距離を頑張る情熱がなかった。お互いに。多分もう、彼氏ではなく、モトカレだ。
 吐き出す息は白い。冷えた肺が運動の熱量で温まっていく。
 ソヨンは眉を下げて、元気づけるように背中を叩いてくれた。
「でも楽しみだね、オンライン飲み」
「うん。すごく楽しみ」
 楽しみすぎて、ちょっといいワインを奮発してしまった。
「あ、じゃあ、お昼兼おつまみにキンパ作ってあげる!」
 ソヨンが走りながらその場でくるっとステップを踏む。器用な子だ。
 留学生といえば文化交流。みのりが紹介する日本料理は親子丼とかカレーとか簡単なものだが、ソヨンは手の込んだ韓国料理を振舞ってくれる。
 キンパは、ソヨン十八番の韓国風巻きずしだ。
「ありがとう。でも、炭水化物の塊じゃない。ソヨン、ダイエット中じゃないの?」
 茶々を入れると、ソヨンはにっこり微笑んだ。
「故郷の味は別。チャンジョリム(豚肉とうずらの煮込み)も作ろうかな」
「あれ、ビールに合うのよね」
「そこはマッコリって言ってよね」
 おしゃべりをしながらジョギングを終え、シャワーを浴びて、りんごのスムージーとオムレツの朝食を取った。
「じゃあ、後でね」
 手を振り合って、それぞれの自室に籠る。勉強机には、付箋だらけのスペイン語の文献と辞書。
 みのりはヘアバンドで前髪を上げて、ラジオをつけた。
 楽しみの前に、まずお勉強だ。小さい頃からの夢だった外交官になるために。
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