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うおっ、しっぽ生えた@空のステージ
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風呂から上がった近間は、ソファに座ってぼんやりとしている。
直樹はカフェインレスのアイスティーを淹れて、その横に座った。
「疲れてますね」
「んー、今日はちょっとハードだった。上の顔色ばっか見て仕事する奴の巻き添え食らってさ」
「愚痴っていいですよ」
「おっさんの仕事の愚痴とか聞きたいか?」
「近間さんの声なら、全部睦言にしか聞こえません」
真顔で宣言すると、近間はアイスティーを飲みながら力無く笑った。からんと氷が溶けた。
「おまえ、そういうとこ安定だよな。んー、でも、愚痴はやめとく。余計疲れそうだし」
どうすれば元気になるだろうかと直樹は頭を巡らす。
直樹は酒を飲めば忘れるタイプだが、近間はヤケ酒を好まない。
仕事を忘れて頭空っぽにできること……疲れてるから運動っていう感じでもないし……あ!
思い付いた直樹は、玄関横のトランクルームに駆け込むと、ブツ一式を取り出した。2つのガジェットのスイッチを入れ、セッティングを済ませる。
手のひらサイズのそれを近間に差し出した。
「近間さん、一緒に姫を救いに行きましょう!」
近間は、渡されたメタリックブルーのゲーム機に首を傾げた。
小さな画面では、世界一有名な配管工兄弟が軽快にジャンプしている。
「これって」
「任天堂3DSです。マリオやりましょう」
「どうしたんだ、これ。二台も」
直樹も同じカラーのゲーム機を手に持っており、やはりオープニング画面が表示されている。
「前にビンゴで当てました。普段はゲームしないので、仕舞い込んでたんです」
直樹はくじ運がいい。
昔から、福引きやビンゴ、懸賞で賞品を当てることが多かった。
トランクルームには暦年の戦利品が山積みになっている。
「おまえの会社、ビンゴ多いな」
この前、たこ焼き器を当てたことを言っているのだろう。
「イベント好きな会社なんで。ゲーム、たまにやると、気分転換になりますよ」
ベッドに並んで転がって、ゲームスタート。
「近間さんがマリオで、俺はルイージってことで」
「おう。チカマリオって呼んでいいぞ」
「マリオが急に可愛く見えます」
パイロットである近間は、視力の低下を恐れて、スマホも最低限しか触らない。
ゲームは嫌がられるかと少し心配していたが、思いがけず乗り気のようだ。
近間は見慣れないDSの画面の美しさに驚いていたが、基本操作を教えると一瞬でマスターした。
脳と手をつなぐ勘とセンスが優れているのだ。
ザコキャラを軽快に踏んづけつつ、果敢に進んでいくルイージの周りを、マリオは飛んだり跳ねたりしながらついてくる。
近間の動きに、ちゃりりりーんという効果音が鳴り止まない。
「近間さん、コインばっかり取ってないで戦ってください」
「チカマリオは平和主義者だから。無用な殺生はしないのだ」
「いや、必要な殺生はしてください。ほら、前進みますよ。そのブロック動くんで、落ちないように気をつけて」
「まだコイン残ってるのに」
「守銭奴ですか」
軽口を叩きながら、ステージを進んでいく。
「なあ」
「はい? あ、そこパックン」
「うわ、危ねえ。おまえ、親父さん大丈夫なの」
「……分かりません」
惰性で指を動かしながら、直樹は正直に答えた。
「父自身が犯罪を犯したわけじゃないけど、仕事一筋だった人間がいきなり辞任に追い込まれて、どういう気持ちでいるのか、全く想像がつかなくて」
「無理にとは言わないけどさ、タイミング見て会いに行けよ。必要なら、俺もついてくし」
「ありがとうございます。姉にもそう言われました」
直樹は画面から目を離し、横にいる近間の頬に口付けた。
匂いを堪能していると、画面を見ていた近間が笑った。
「ルイージ、ちっちゃくなったぞ」
「あ」
もっぱらルイージの活躍で、ステージをクリアしていく。
次は空の国だ。
ぽこんとブロックを叩くと、木の葉が現れた。
「その葉っぱ取ってください」
「え、これ? うおっ、しっぽ生えた」
「助走すると飛べますよ」
「まじか、おおっ!」
しっぽチカマリオは加速すると、空に飛び出した。
直樹は、飛んでくる弾丸を巧みに倒しながら、ふとチカマリオの動きを見る。
あれ。
チカマリオはコインを取るでも敵を倒すでもなく、ふわふわと飛んでいる。
「近間さん、飛び回ってないで進まないと」
「え、でも飛んでたい」
「ゲームの中でまで飛びたがらないでください」
「うー」
「じゃあ、せめて右に進んでください。敵は俺が倒しておきますから」
「しょーがない、手伝ってやるか」
チカマリオは地上に降り立つと、シッポをくるくる回しながら敵をなぎ倒している。
「あ、甲羅掴めた」
「それ、前のノコノコに投げて倒しちゃってください」
「えいっ!」
「ちょっ、なんで俺に甲羅投げるんですか」
「ふふん」
「ふふんて」
近間のプレイは破茶滅茶だが、隣で漏らす声が子供っぽくていちいち可愛らしい。
スコアは伸びないし、クリアに相当な時間がかかっているが、ただただ楽しい。
ステージを進むにつれ、チカマリオの動きが格段に鈍くなった。
「どうしたんですか?」
尋ねると、近間はふわっと欠伸をした。目尻に涙が滲んでいる。
「んー、ちょっと眠くなってきた。おまえ、ぬくいし」
ベッドの上で寝転がっているが、半身がぴたりとくっついているので、そこから体温が流れ込むのだろう。
「近間さん、ピーチが待ってますよ!」
「え、なんかもうピーチ姫とかどうでもよくないか?」
「いやいや、姫ですよ、美人なお姫様!」
「姫、キョーミない。おまえだったら絶対助けるけど」
「じゃあピーチを俺だと思ってください」
「ビジュアル的に無理」
近間はもう一度欠伸をした。本当に眠そうだ。
動きを止めたチカマリオは、クリボーの餌食にされ、画面の下へ消えて行った。
ちゃらっららららっちゃっらっら♪
睡魔に逆らってまで遊ぶものでもない。
「じゃ、このへんにしときましょうか」
直樹は近間の手からゲーム機を取り上げると、サイドボードに置いた。
そのまま仰向けになって、布団をかぶる。
電気を消すと、暗闇の中で近間が訊いた。
「なあ、マリオとルイージって配管工だよな。姫と結婚して幸せになれんのかな。王族一同からいじめられるんじゃねえ?」
「シンデレラの後日談みたいですね」
直樹は布団の中で近間の手を握り、続けた。
「いじめられたら、2人で逃げちゃえばいいんですよ」
「うん。最後にはそれもありだよな。でも俺は、大事な人たち全員から祝福されたいって思うよ。だから、いじめられても、仲良くなれるよう頑張りたい」
話しながら、近間が手をぎゅっと握り返してくる。
マリオではなく、直樹の話だ。
「……近間さんは、幸せな家庭で育ったから」
そういう風に優しく前向きに考えるのだ。
「うん。ごめんな。でも」
近間は直樹の頭を胸に抱え込んだ。近間の匂いが鼻腔をくすぐる。
「苦しくても、過去に囚われて、大切なものを見失うなよ」
分かっている。頭ではちゃんと分かっているのだ。
けれど、近間は知らないから。
ひとつの家に家族がいるのに、会話がない奇妙な空間を。
安らげるはずの家が、どこよりも息苦しい場所であることの耐え難さを。
「近間さんは知らないから」
「うん。知らないのにごめん。でも、ゲームと違ってリセットできないから。何十年後とかに後悔が残らないようにしろよ」
「……はい」
目元が熱くなって、直樹は鼻をすすった。
「寝よ。おやすみ、直樹」
「おやすみなさい」
「サンキューな。仕事の嫌な事、吹っ飛んだ。またやろーな、マリオ」
目が慣れた暗闇の中で、近間は優しく微笑んだ。
直樹はカフェインレスのアイスティーを淹れて、その横に座った。
「疲れてますね」
「んー、今日はちょっとハードだった。上の顔色ばっか見て仕事する奴の巻き添え食らってさ」
「愚痴っていいですよ」
「おっさんの仕事の愚痴とか聞きたいか?」
「近間さんの声なら、全部睦言にしか聞こえません」
真顔で宣言すると、近間はアイスティーを飲みながら力無く笑った。からんと氷が溶けた。
「おまえ、そういうとこ安定だよな。んー、でも、愚痴はやめとく。余計疲れそうだし」
どうすれば元気になるだろうかと直樹は頭を巡らす。
直樹は酒を飲めば忘れるタイプだが、近間はヤケ酒を好まない。
仕事を忘れて頭空っぽにできること……疲れてるから運動っていう感じでもないし……あ!
思い付いた直樹は、玄関横のトランクルームに駆け込むと、ブツ一式を取り出した。2つのガジェットのスイッチを入れ、セッティングを済ませる。
手のひらサイズのそれを近間に差し出した。
「近間さん、一緒に姫を救いに行きましょう!」
近間は、渡されたメタリックブルーのゲーム機に首を傾げた。
小さな画面では、世界一有名な配管工兄弟が軽快にジャンプしている。
「これって」
「任天堂3DSです。マリオやりましょう」
「どうしたんだ、これ。二台も」
直樹も同じカラーのゲーム機を手に持っており、やはりオープニング画面が表示されている。
「前にビンゴで当てました。普段はゲームしないので、仕舞い込んでたんです」
直樹はくじ運がいい。
昔から、福引きやビンゴ、懸賞で賞品を当てることが多かった。
トランクルームには暦年の戦利品が山積みになっている。
「おまえの会社、ビンゴ多いな」
この前、たこ焼き器を当てたことを言っているのだろう。
「イベント好きな会社なんで。ゲーム、たまにやると、気分転換になりますよ」
ベッドに並んで転がって、ゲームスタート。
「近間さんがマリオで、俺はルイージってことで」
「おう。チカマリオって呼んでいいぞ」
「マリオが急に可愛く見えます」
パイロットである近間は、視力の低下を恐れて、スマホも最低限しか触らない。
ゲームは嫌がられるかと少し心配していたが、思いがけず乗り気のようだ。
近間は見慣れないDSの画面の美しさに驚いていたが、基本操作を教えると一瞬でマスターした。
脳と手をつなぐ勘とセンスが優れているのだ。
ザコキャラを軽快に踏んづけつつ、果敢に進んでいくルイージの周りを、マリオは飛んだり跳ねたりしながらついてくる。
近間の動きに、ちゃりりりーんという効果音が鳴り止まない。
「近間さん、コインばっかり取ってないで戦ってください」
「チカマリオは平和主義者だから。無用な殺生はしないのだ」
「いや、必要な殺生はしてください。ほら、前進みますよ。そのブロック動くんで、落ちないように気をつけて」
「まだコイン残ってるのに」
「守銭奴ですか」
軽口を叩きながら、ステージを進んでいく。
「なあ」
「はい? あ、そこパックン」
「うわ、危ねえ。おまえ、親父さん大丈夫なの」
「……分かりません」
惰性で指を動かしながら、直樹は正直に答えた。
「父自身が犯罪を犯したわけじゃないけど、仕事一筋だった人間がいきなり辞任に追い込まれて、どういう気持ちでいるのか、全く想像がつかなくて」
「無理にとは言わないけどさ、タイミング見て会いに行けよ。必要なら、俺もついてくし」
「ありがとうございます。姉にもそう言われました」
直樹は画面から目を離し、横にいる近間の頬に口付けた。
匂いを堪能していると、画面を見ていた近間が笑った。
「ルイージ、ちっちゃくなったぞ」
「あ」
もっぱらルイージの活躍で、ステージをクリアしていく。
次は空の国だ。
ぽこんとブロックを叩くと、木の葉が現れた。
「その葉っぱ取ってください」
「え、これ? うおっ、しっぽ生えた」
「助走すると飛べますよ」
「まじか、おおっ!」
しっぽチカマリオは加速すると、空に飛び出した。
直樹は、飛んでくる弾丸を巧みに倒しながら、ふとチカマリオの動きを見る。
あれ。
チカマリオはコインを取るでも敵を倒すでもなく、ふわふわと飛んでいる。
「近間さん、飛び回ってないで進まないと」
「え、でも飛んでたい」
「ゲームの中でまで飛びたがらないでください」
「うー」
「じゃあ、せめて右に進んでください。敵は俺が倒しておきますから」
「しょーがない、手伝ってやるか」
チカマリオは地上に降り立つと、シッポをくるくる回しながら敵をなぎ倒している。
「あ、甲羅掴めた」
「それ、前のノコノコに投げて倒しちゃってください」
「えいっ!」
「ちょっ、なんで俺に甲羅投げるんですか」
「ふふん」
「ふふんて」
近間のプレイは破茶滅茶だが、隣で漏らす声が子供っぽくていちいち可愛らしい。
スコアは伸びないし、クリアに相当な時間がかかっているが、ただただ楽しい。
ステージを進むにつれ、チカマリオの動きが格段に鈍くなった。
「どうしたんですか?」
尋ねると、近間はふわっと欠伸をした。目尻に涙が滲んでいる。
「んー、ちょっと眠くなってきた。おまえ、ぬくいし」
ベッドの上で寝転がっているが、半身がぴたりとくっついているので、そこから体温が流れ込むのだろう。
「近間さん、ピーチが待ってますよ!」
「え、なんかもうピーチ姫とかどうでもよくないか?」
「いやいや、姫ですよ、美人なお姫様!」
「姫、キョーミない。おまえだったら絶対助けるけど」
「じゃあピーチを俺だと思ってください」
「ビジュアル的に無理」
近間はもう一度欠伸をした。本当に眠そうだ。
動きを止めたチカマリオは、クリボーの餌食にされ、画面の下へ消えて行った。
ちゃらっららららっちゃっらっら♪
睡魔に逆らってまで遊ぶものでもない。
「じゃ、このへんにしときましょうか」
直樹は近間の手からゲーム機を取り上げると、サイドボードに置いた。
そのまま仰向けになって、布団をかぶる。
電気を消すと、暗闇の中で近間が訊いた。
「なあ、マリオとルイージって配管工だよな。姫と結婚して幸せになれんのかな。王族一同からいじめられるんじゃねえ?」
「シンデレラの後日談みたいですね」
直樹は布団の中で近間の手を握り、続けた。
「いじめられたら、2人で逃げちゃえばいいんですよ」
「うん。最後にはそれもありだよな。でも俺は、大事な人たち全員から祝福されたいって思うよ。だから、いじめられても、仲良くなれるよう頑張りたい」
話しながら、近間が手をぎゅっと握り返してくる。
マリオではなく、直樹の話だ。
「……近間さんは、幸せな家庭で育ったから」
そういう風に優しく前向きに考えるのだ。
「うん。ごめんな。でも」
近間は直樹の頭を胸に抱え込んだ。近間の匂いが鼻腔をくすぐる。
「苦しくても、過去に囚われて、大切なものを見失うなよ」
分かっている。頭ではちゃんと分かっているのだ。
けれど、近間は知らないから。
ひとつの家に家族がいるのに、会話がない奇妙な空間を。
安らげるはずの家が、どこよりも息苦しい場所であることの耐え難さを。
「近間さんは知らないから」
「うん。知らないのにごめん。でも、ゲームと違ってリセットできないから。何十年後とかに後悔が残らないようにしろよ」
「……はい」
目元が熱くなって、直樹は鼻をすすった。
「寝よ。おやすみ、直樹」
「おやすみなさい」
「サンキューな。仕事の嫌な事、吹っ飛んだ。またやろーな、マリオ」
目が慣れた暗闇の中で、近間は優しく微笑んだ。
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