龍の檻と青年

はる

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目を開けると、天井の模様がぐるぐると渦を巻いて見えた。

体が鉛のように重い。汗で貼りついたTシャツが気持ち悪い。

久しぶりの悪夢だった。

母の叫び、血の匂い、泣きながらドアを叩いていた自分。

それがいつの間にか入れ替わって、今度は自分が母を殺している――そんな夢。

奏多「……違う……僕じゃない……」

吐き気と震えが同時に襲ってくる。

手の甲に爪を立てるようにぎゅっと握る。

少しでも“今”に戻るための手段。

頭がぼんやりして、何か大事なことを忘れているような気がした。

…違う、薬だ。

ベッドの横に置いた引き出し、手探りで開けて、ピルケースを取り出す。

奏多「お願いだから……効いて」

錠剤を口に含み、水で流し込む。

指が震えて、コップの中の水がこぼれ、手元が濡れた。

こんなふうにして、ようやく“人間のふり”をしている。

これがなかったら、まともに呼吸することさえ、できない。

最近は桐谷さんとの時間もあまりない。

仕事が立て込んでるらしい。

奏多「……僕も頑張らないと……」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カツン、と廊下を歩く革靴の音。

事務所の中は朝から騒がしかった。

電話の応対、帳簿の確認、来客の準備――。

ヤクザの仕事が荒っぽいだけじゃないことは、ここにいれば嫌でもわかる。

奏多はデスクに向かい、黙々と書類の整理をしていた。
一見すれば、ただの地味な事務作業。
けれど、膨大な伝票や組織内の金の流れは、一つ間違えば大問題になる。

組員「おい、この書き方、違ってるぞ」

隣にいた年配の組員が、声をかけてくる。

彼は悪気はない。むしろ親切な方だ。

奏多「あ、すみません……すぐ直します」

奏多は丁寧に頭を下げ、指摘された箇所を修正する。

(集中しろ。ちゃんとやらなきゃ。失敗は許されない)

キーボードを打つ指が、気づけば震えていた。

脳が熱を持ったようにぼんやりする。

時間の感覚も、距離感も、どこかずれている。

昨夜はほとんど眠れていない。

ベッドに入ると、母の声が聞こえてくる。

罵声、泣き声、割れる皿の音。

錯覚だとわかっていても、心が勝手に記憶を再生する。

組員「橋本、ちょっとこっち手伝ってくれ」

奏多「はい」

立ち上がろうとしたとき、右足がぐらりと崩れかけた。

慌てて机に手をつく。誰も気づいていない。

(大丈夫。バレてない。やれる。ちゃんとやれるから)

声には出さず、心の中で繰り返す。

不安をねじ伏せるように、息を止める。

けれど、ノイズは増える一方だった。

時計の針の音がうるさい。

誰かの笑い声が、自分を笑っているように聞こえる。

吐き気がする。寒い。手が痺れる。

「……奏多、お前さ」

声をかけてきたのは、組員の長谷川だった。
休憩中のタバコ片手に、気だるげな表情。

奏多はまたかと思いながらも堪えた。

長谷川「なんか、顔色悪くね? ちゃんと飯食ってんのかよ」

奏多「……はい。大丈夫です」
奏多は無理に笑顔を作った。

長谷川「あー、そっか。薬があるから平気なんだっけ?」
長谷川は冗談めかして笑う。

その瞬間、奏多の心臓が跳ねた。
(なんで知ってる? 誰にも言ってないのに)

奏多「なんで、それ……」

長谷川「あ? いや~たまたま見たってだけだって。お前、朝あれ飲んでたろ? ちっこい白いやつ」
「ストレスに効くんだろ? メンタル病んでるって噂、マジだったんだな」

ドクン、と胸が痛む。

頭の中がぐらぐらする。

(バレてる……笑われてる……役立たずだって思われてる……)

長谷川「俺らの仲間にさ、そんな病人いたんだな~って、ちょっと驚いただけ」

冗談交じりのその声が、嘲笑にしか聞こえなかった。

血の気が引いていく。吐きそうだった。

目の端がチカチカして、音が遠ざかる。

(だめだ、今、飲まないと――)


奏多「すみません、少し席外します。」

と言って、慌ててその場を後にした。

その光景をみて長谷川はニヤリと口端をあげた。
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