龍の檻と青年

はる

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すれ違い

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時計の針が、17時を少し過ぎた頃。
 
静まり返った部屋の中で、わずかな物音すら緊張を帯びていた。

桐谷は、無言で黒のスーツに袖を通している。
 
その横で、奏多は手際よく机の上に装備を並べていた。

黒革の手袋、薄型の銃、小型の通信機。

奏多『はじめて触ったものばかりだ‥』
 
冷静な手つきのはずなのに、指先がわずかに震えていた。

組員「銃、メンテ済みです。弾倉、フルです」

組員が淡々と告げると、桐谷は短く頷いた。
 
だが空気はどこか張り詰めていて、どちらからともなく、言葉が遠ざかっていく。

奏多「……ネクタイ、こっちに替えた方がよくないですか?」

奏多が差し出したのは、濃紺の落ち着いた色のものだった。
 
今つけている派手なストライプよりも、相手に威圧感を与えにくい。

桐谷「理由は?」

奏多「心理的にも、“敵意が薄い”と感じさせやすいって、前に聞きました」

桐谷は数秒間沈黙したのち、無言でネクタイを外して差し出されたものに替えた。

桐谷「……気が利くな」

低くぽつりとこぼされたその言葉に、奏多の胸がふっと揺れた。
 

奏多「……僕は何をすれば?」

その言葉は、考えるより先に口から出ていた。

桐谷の手が止まり、ゆっくりとこちらを振り返る。

桐谷「奏多」

奏多「はい」



桐谷「お前は、ここで待っとけ」

 


奏多はわずかに目を見開いた。

奏多「……え? それ、どういう……」

一瞬、出かけた反論を押し込め、敬語に言い直す。

奏多「……すみません。ですが、それは……僕は同行するつもりで、、」

桐谷はその瞳をまっすぐ向けたまま、揺るぎない声で告げる。

桐谷「それでも、お前はここで待て。……俺の判断だ」

胸の奥が、きゅう、と締めつけられた。



奏多「どうして、そんなに僕だけを特別扱いするんですか」



奏多の声が少しだけ低くなる。


桐谷の目がわずかに細められるが答えは返ってこない。

奏多「僕は、他の方たちみたいに、怒鳴られたことも、殴られたこともありません。どんなミスをしても、桐谷さんは僕にだけ、甘い」


言葉を選んでいるはずなのに、口から出る声には熱がこもっていた。


奏多「それが優しさだって、わかってます。でも……そのせいで、周りからどう見られてるか、わかってますか?」


桐谷「周りの目なんか気にするな」


奏多「気になりますよ。……僕が“桐谷さんのお気に入り”って言われて、他の人から浮いてるの、知ってますか?」

桐谷は黙ったまま、じっと奏多を見つめていた。


奏多「僕は、借金を返すためにここにいさせてもらってる立場です。でも、必死で、自分の意味を探してるんです。……それなのに、“そこにいるだけでいい”みたいに扱われたら、何のためにここにいるのか、わからなくなる」


手が、震えていた。
でも目は逸らさなかった。


桐谷「情けで、お前ををそばに置いてるわけじゃねえ」


奏多「じゃあ、なぜ?僕は側近です、よね?」

桐谷「……」


奏多「役に立ちたいんです。……ただ守られて、飼われてるだけの存在には、なりたくない」


桐谷「飼ってるつもりなんかねぇよ」


その一言が、やけに強く響いた。
 
けれど奏多は、冷静な顔のまま、静かに言葉を重ねる。


奏多「だったら、俺のことを……“対等”に扱ってください」


桐谷の目がわずかに動いた。


桐谷「無理だ」


奏多「……どうしてですか」


桐谷「お前を、他の奴らと同じように見ろって言うのか。――そんなの、できるわけねぇだろ」


その声には、何かを抑えるような熱がにじんでいた。


奏多「……それって、俺を“特別”って言葉で縛ってるだけですよね」


不意に、桐谷の足が動く。


数歩、距離を詰められても、奏多は一歩も引かなかった。


桐谷「……お前、今のがどういう意味に聞こえるか、わかって言ってんのか」


奏多「はい。わかってますよ」


痛いほどの沈黙が、二人の間を満たした。


その静けさを破ったのは、桐谷の低く抑えた声だった。


桐谷「……お前のその足と、今の精神状態じゃ、連れていけねぇよ」

 
奏多の目が揺れた。


桐谷「今回の密会は何が起きるかわからねぇ。下手すりゃ交渉じゃなくて殺し合いだ。そんな場所で、お前は自分自身を守れるのか?正しい判断ができるのか?……こっちが全滅する可能性だってあるんだ。この世界はそんなに甘くないんだ。」


奏多「……っ」


桐谷「だから待ってろって言ってんだ。これは命令だ」


その言葉は、冷たく突き放すように響いた。
 

さっきまで“特別”だとまで言った男の口から出たのが、“足を引っ張る”という意味のような言葉だったことに、胸の奥が静かにひび割れる。


奏多「……もういいです。言っても、どうせ伝わらない」

 
背を向けて、静かに言葉を吐き出す。


奏多「密会、気をつけて行ってください」

 
その声は、淡々としているのに、どこか震えていた。
 
桐谷は、その小さな後ろを姿をみて立ち尽くすしかなかった。
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