龍の檻と青年

はる

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崩壊(精神的描写あり)

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如月「じゃあ、ちょっと、遊び方を変えるよ」

如月は低く笑った。
声にはほとんど感情がない。
だが、その冷たさが一番怖かった。

強く押さえつけられていた奏多の目に、アイマスクが覆われる。

視界を奪われた瞬間、世界は一層狭くなる。

耳には厚めの耳栓が押し込まれ、音がこもる。

口元にガムテープが貼られ、息苦しさに慌てると、如月は軽く頬を叩いた。

如月「焦るな。焦ると、もっと痛くなる」

何の前触れもなく、手が口元を塞ぎ、そのまま強い力で押し付けられ、息が詰まりかける。

奏多は必死に舌を噛まないように歯を食いしばる。

圧迫がやっと解けると、如月は手早く、玩具のように小さな注射器を取り出した。

針が刺さる冷たさだけが腕に一瞬走る。

如月「微量の鎮静......じゃない。副作用が強いやつだ。眠くなるけど、寝るんじゃねーぞ。」

注射の影響で意識が薄く揺れる。

世界が波打つように揺れ、現実と想像の境が曖味になる。

だが如月はそれを許さない。

薬の効き目が出始めるたびに、如月はわざと大声で奏多を罵り、過去の傷を抉るような言葉を浴びせる。

如月「お前の母親、最後に何を言ったか覚えてるか?"お前なんかいなくなれば”ってな。あれ、まだ心のどこかで響いてるだろ?」

言葉はナイフのように細く、何度も突き刺さる。

奏多はむせるように涙を流すが、目は閉ざされ、声は届かない。

音を奪われ、視界を奪われ、言葉だけが突き刺さる。

そこにあるのは、徹底した孤立感だ。

如月「お前の安心してた世界を、俺が壊す。で、その瓦礫の中で、誰を頼る?」

嘘と本当を混ぜて、如月は奏多の確かなものを一つずつ揺らしていく。

演出の巧妙さが息を呑む。

外界からの信号を巧みに装し、奏多の頭の中で"現実”が確かに崩れていく。

長く無意味に感じられる時間。

眠りに落ちかけるたびに、冷水が顔を打ち、
身体が現実へ引き戻される。

その繰り返しは、肉体の疲労よりもずっと大きな暴力となる。

脳は休まらず、思考は断片化し、恐怖が持続する。

あるとき如月は、奏多の耳元で囁くように言った。

如月「お前が本当に頼れるのは"誰”だ?誰の言葉が真実で、誰をじればいいか、分かるか?」

奏多は反射的に、桐谷の名をつぶやく。口元が震えて、かすれた声が漏れる。

如月「桐谷?そうか。じゃあ確認しようか。俺が電話で“お前はここにいる”って言ったら、どう反応するか。お前が本にじてるなら、騒ぐはずだ」

如月は冷ややかにスマホを取り出し、短い音声を再生する。

声は合成か、前に録った短い切れ端を繋いだものだ。一ー「心配するな、すぐ迎えに行く」その一文が、薄く編集された音声で流れる。

奏多はそれを聞いて体を震わせ、涙をあふれさせる。

胸の奥でぴくりと息をする希望の火が、如月の手でまた消えそうになる。

肉体の痛みが一時的に和らいでも、心を壊すやり方は効く。

奏多の抵抗力はじりじりと削られ、言葉を発する力も失わせられていく。

口を開けば、自分が情けなく思えてくる。

自分の意思がどれだけの価値を持つのかが、如月の策略によって見えなくなっていく。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

時間が、溶けていく。
 
何時からここにいて、何日たったのかもわからない。

照明は点いたままだったが、奏多の視界は暗く滲んでいた。

手足の痛みはもう感じない。

代わりに、何かが胸の奥でカタカタと揺れていた。

ひび割れたガラスのように、慎重に保たれていた心が、微かに震えている。

如月は目の前にいた。相変わらず薄く笑っていた。

如月「そろそろかな、?笑」

如月は、奏多の目元を隠していたものや
ガムテープ、耳栓を外し、手首は縛ったものの、椅子から解放した。
 
奏多の視界に如月の顔がうつる。

けれど、なぜかその顔が、さっきから何度も――桐谷に見える。

如月「ねえ、奏多。俺のこと、誰だと思ってんの?」

問われた奏多は、ゆっくりと首を傾けた。
 
無垢な、子どものような仕草だった。




奏多「……桐谷、さん……でしょ?」

 

如月が吹き出した。
 
だが、奏多にはそれが“優しい笑み”に見えた。

 
奏多「迎えにきてくれたんだよね。やっと……会えた……」

 
縛られた腕の痛みも、右足の冷えも、もう気にならなかった。
 
奏多はゆっくりと目を閉じ、微笑んだ。
 
その顔には、恐怖も苦しみもなかった。

ただ、安堵と信頼が宿っていた。

如月は笑みを引きつらせ、しゃがみ込む。

如月「……お前、マジかよ。俺の顔見て、桐谷とか言ってんの?」

奏多は頷いた。微かに。心から。

奏多「うん……来てくれるって……言ったから……あの人……」

そのまま壁にもたれ、目を細めた。
 
幻の中の桐谷が、自分に触れている。優しく髪を撫で、肩を抱きしめている。

(もう大丈夫。怖くない。……守ってくれる)

口元が、微かに動いた。

奏多「勝手にでて、、ごめんなさい……」

如月は無言で奏多を見下ろす。
 
その目は、あきれているようで、どこか――苛立ちすら含んでいた。

如月「……ああ、そうか。逃避してんのか笑笑
壊れちゃったかー?」

手を伸ばす。

如月の指先が頬を撫でる。奏多は微笑む。
  
奏多「やめてよ、桐谷さん……くすぐったい……」

幻覚と現実が、完全にねじれていた。
 
如月の顔を、まっすぐ見つめて。奏多は、心底嬉しそうに笑った。

奏多「探してくれて、ありがとう……ずっと、待ってたよ……」

その声は、涙で滲んでいた。
 
けれど、涙の理由を本人はもう理解していなかった。

笑いながら泣く。
 
泣きながら笑う。
 
壊れたおもちゃが再生を繰り返すように、同じ言葉を繰り返して。

奏多「ごめんね……役に立てなくて……でも、待ってたよ……ずっと……」


如月「ッッッは、はは、はははは笑笑
あぁ、最高だよ、奏多…笑なんて不憫な、、」


如月『あぁ‥もっとめちゃくちゃにしたい…』

 
如月「……なんで、言うこと聞かねぇんだよ」

バチン、と頬を打たれた。乾いた音が響く。

え?

思考が追いつかないまま、もう一発。

反対の頬に。

奏多「……桐谷、さ……なんで……?」

混乱が声ににじむ。けれど、目の前の“桐谷”は感情を押し殺すように言った。

如月「お前が悪いんだろ。俺の顔に泥を塗って」

蹴りが入った。肋骨のあたりに。
 
何かが中でひび割れる感覚。息ができない。

如月「……俺が誰のために庇ってやったと思ってんだ」

怒気と軽蔑が混ざった声が、あの“優しい声”のはずなのに――まるで別人だった。
 
でも、奏多にはもう判断ができなかった。

目の前にいる男の顔は、確かに桐谷だった。
 
声も、仕草も、眼差しも。――如月の“完璧な演技”だった。

奏多「わかってます……僕、悪い子だから……」

奏多は、口元を血で濡らしながらも、反射的にそう答えた。
 
信じていた人の怒りは、きっと自分のせいだと思い込むしかなかった。

奏多「もっと、殴って……ごめんなさい……だから、許して…僕……」

その姿に、如月――“桐谷の仮面をかぶった男”は一瞬、息を止めた。

如月『ああ、可愛い…笑
こいつ……完全に俺を“あいつ”として受け入れてやがる』

快感だった。
 
言葉が止まらない。止められない。

如月「……お前なんか、最初から俺の足引っ張ってただけだよ。情けで横に置いてやってたのになぁ」

奏多の表情が凍る。
 
――それは、“一番言われたくなかった言葉”だった。

奏多「……うそ、でしょ……?」

震えた声。
 
まるで、崖の上から突き落とされた子どもみたいな目。

奏多「僕、桐谷さんの役に立ちたくて……全部、頑張って……」

如月は、ほんの一瞬――言葉を詰まらせた。
 
それは、怒りでも嘲笑でもなく、ここで壊すのが惜しいという狂ったものだった。

けれど、その感情を押し殺し、吐き捨てる。

如月「お前みたいな壊れかけのガラクタに、期待してたわけねぇだろ」

ぽつり、と言ったその一言が、
 
奏多の心の奥の“最後の支え”を、粉々に砕いた。

奏多「……あ……ああ……」

床についた身体がうずくまり息苦しそうに胸に手をあてる。
 
呼吸がうまくできない。涙も、声も出ない。

でも、頭の中には“確かに桐谷が言った”という記憶だけが、焼きついてしまった。

如月は、黙ってドアの前に立ち、最後に一言だけ残す。

如月「……それが、お前の望んだ“桐谷”だろ?」

そして、静かに去っていった。

取り残された奏多は、声もなく、狂ったように笑い出した。

奏多「……あは……あ、あはは……うそだ……そんなわけ……」

 笑いながら、泣いていた。
 泣きながら、笑っていた。

 桐谷に裏切られたわけじゃない。
 
でも、自分の中では、あの人に“殴られた”“拒絶された”という記憶が刻まれた。

 ――それはもう、誰が何を言っても、消せない記憶。


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