龍の檻と青年

はる

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目覚め

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まぶたの裏に、白い光が滲んでいた。

けれどそれは朝の陽ではなく、どこまでも冷たい、白い光。

息を吸うと、空気が喉に張りつくように重たく、胸の奥に小さな痛みが走った。

奏多は、ゆっくりと意識を浮かび上がらせた。

視界がぼやけて、最初は何がどこなのか分からなかった。

けれど、白い天井を見た瞬間、胸の奥がざわついた。

――ここはどこだ。

首を動かすと、視界の端に点滴のチューブが映った。

右腕に細い針が刺さり、透明な液体がゆっくりと滴っている。

それがポタ、ポタと落ちるたびに、小さな音が響く。

奏多「……っ……」

喉が乾いて、言葉にならない。

針の周囲には薄く痣が残り、皮膚が冷たい。

無意識のうちに腕を引こうとしたが、
身体が痛みで鉛のように重く、思うように動かなかった。

視線を横にやると、机の上に銀色のトレーが置かれている。

ガーゼ、包帯、そして使われた注射器。

整然と並んでいるその光景が、逆に異様だった。

――何を、されている……。

不安が喉の奥を這い上がる。

昨日の痛みと恐怖が思い出される。

鼓動が速くなるのを感じたそのとき、
扉の向こうで、靴音がひとつ、鳴った。

「……」

金属のきしむ音とともに、ドアが静かに開く。

現れたのは、見間違うはずのない男――如月。
黒いスーツのまま、穏やかに笑っている。

如月「起きたか。」

その一言で、背中が凍るように強張った。

声は柔らかい。

けれど、その柔らかさの奥に、氷のような支配がある。

如月は一歩、二歩と近づき、

無言で点滴のチューブを指先でたどった。

如月「まだ少し、薬が残ってる。
 体を慣らすためのものだ。……安心しろ、毒ではない。」

奏多「なに……勝手に……」
かすれた声で抗うように言うと、如月はふっと笑った。

如月「口のきき方に気をつけろ。まだ躾が足りないか??」

奏多「ッッッ」

如月「それに、勝手に? お前がここに来たんだろ。」

奏多「俺は……そんなつもりじゃ……!」

如月はテーブルに腰を下ろし、
奏多をまっすぐに見つめた。

如月「俺はな、奏多。
 ――俺の思う“形”にしたいだけだ。」

奏多「形……?」

如月「そうだ。」

如月はゆっくりと点滴のスイッチを止め、
針を抜くと、ガーゼで軽く押さえた。

その仕草が、異様に丁寧で、優しい。

奏多「なにを……する気だっ、……ですか?」

如月の唇がわずかに上がった。

如月「それは、これから少しずつ教えてやる。」

心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど鳴る。

逃げ場はない。

けれど、奏多は必死に視線を逸らさなかった。

その目に宿る、かすかな抵抗の色を、如月は確かに見た。

如月「……その目だ。」

如月の声が低く落ちる。

奏多「俺を睨むその目が、壊れるまで、
 何度でも、な?」

その言葉が、白い部屋にゆっくりと染み渡っていった。

如月は立ち上がり、ドアの前で振り返る。

如月「また来る。」

そして、静かに扉が閉まる。


ガチャ――。

その音が、異様なまでに大きく感じられた。

まるで、自分の心臓の音と重なっているかのように。

そして、また奏多の瞼は重くなり再び暗闇に包まれた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

どれほど眠っていたのか、もう分からなかった。

照明の明るさは変わらず、窓も時計もないこの白い部屋では、

時間の流れというものがまるで存在しない。

そして、感覚が麻痺したように身体がフワフワする。

今朝――いや、“朝”という概念が正しいのかも分からない――

目を開けたとき、部屋の隅からかすかに漂う匂いに気づいた。

スープのような、出汁のような……
“あたたかい”匂い。

その違和感に気づいた瞬間、
扉の向こうから、靴音が響いた。

一定のリズムで、落ち着いた歩調。

ギィ……。

静寂を切り裂くように、扉が開く。
入ってきたのは、やはり如月だった。

今日はいつもの黒いスーツではなく、
薄手のシャツに腕時計だけ。

その姿が逆に異様で、妙に生活感を伴っていることが、不気味だった。

如月「起きてたか。」

如月の声は、いつものように穏やかだった。

手にしているトレイの上には、
温かい湯気を立てるスープと、小さなパン、そして水のグラス。

奏多「……それ、俺に?」

奏多が問うと、如月はわずかに笑みを浮かべた。

如月「他に誰がいる?」

そう言って、彼はトレイをベッド横の小さなテーブルに置いた。

金属が軽く触れ合う音がして、
部屋の白さに似つかわしくない、現実の生活音が響いた。

奏多「……毒とか入ってませんよね、?」
半分冗談のつもりだったが、声は震えていた。

如月は何も言わず、
そのままスープのスプーンをすくい、自分の口へと運んだ。

如月「ほらな。問題ない。」

喉を通る音が、やけに静かに響いた。

如月「食え。」

短い命令。

だがそれは命令というよりも、
“観察”されているような冷たい響きを持っていた。

奏多『正直、昨日のせいで口内がボロボロで痛いから食べたくない…』

奏多は視線を逸らしながら、恐る恐るスプーンを手に取る。


奏多「…い'''った…い…味、しない。」

小さく呟いた声に、如月が答える。

如月「薬のせいだ。」
「そして昨日の傷は治るのには時間かかるだろうなー。しっかり反省しろ。」

奏多「ッッッ…薬……?」

奏多「点滴に入れてたのは、昨日の解毒剤と鎮静、安定剤などだ。余計なことを考えずに済むようにな。」

淡々としたその言葉が、
なによりも冷たく、恐ろしかった。

奏多「俺に、何させたいんですか。」

如月は答えず、奏多の正面に座った。

距離が近い。

奏多はスプーンを握りしめ、視線を合わせないようにする。

如月「俺はお前に、何も“させる”気はない。」

如月の声が、低く静かに落ちる。

如月「ただ――“ここにいること”を、慣れてもらうだけだ。そして、俺のためだけに生きるんだー。」

奏多「……嫌です。帰してください。」

その言葉に、如月は微かに目を細めた。

如月「強がるな。
昨日だって、抵抗するより先に震えてたじゃないか。」

奏多「……黙れ。」

如月は立ち上がり、ベッドの縁に手を置いた。

奏多との距離、指先ひとつ分。

如月「黙れ、だと? いいな、その目。」

囁くような声。

如月「そうやって睨んでいられるのも今のうちだ。」

そう言って、彼はトレイの上のグラスを軽く指先で押した。

水面が揺れ、光を反射する。

如月「飲め。」

奏多は迷った。

けれど、喉の渇きに抗えず、グラスを手に取る。

冷たい水が唇を濡らし、喉を通った瞬間、
心のどこかが少しだけ緩む。

如月はそれを見届けて、
静かに言った。

如月「いい子だ。」

その一言が、何よりも屈辱だった。

奏多は唇を噛みしめる。

目を逸らすことができなかった。

如月はトレイを片づけながら、背中越しに言葉を残す。

如月「待ってろ。準備してくる。」

奏多「??」

そして、ドアが静かに閉まる。

部屋に残ったのは、湯気の消えたスープの匂いと、自分の心臓の音だけだった。

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