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第2話:幽霊部員の賞味期限
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結論から言おう。俺の平穏は死んだ。 完全に、跡形もなく、木っ端微塵に砕け散った。
放課後のオカルト部室。 昨日まで「静寂の聖域」だったその場所は、今やもっとも騒々しい空間と化していた。
「ねえねえ零士くん! 見てこれ、去年の体育祭の写真! 私が写ってる……はずなんだけど、やっぱりここだけ白い光になってるねー。心霊写真じゃん! ウケる!」 「……本人がウケてどうする」
俺は文庫本を開いたまま、こめかみを指で押さえた。 目の前には、俺の机に身を乗り出し、古いアルバムを広げる幽霊・白鷺瑞希の姿がある。 昨日、うっかり彼女に「触れて」しまってからというもの、瑞希の俺に対する距離感はバグり続けていた。物理的にも、心理的にもだ。
彼女は俺が「視える」だけでなく「触れる」人間だと知って以来、ことあるごとに接触を求めてくる。 曰く、「バッテリー充電」らしい。俺に触れている間だけ、彼女は生身の感覚を取り戻せるのだとか。 おかげで俺は、読書中も常に彼女に袖を掴まれたり、肩に寄りかかられたりしている。冷たくはない。むしろ、俺の体温が循環して戻ってくるような、不思議な温かさがあるのが余計にタチが悪い。
「で、だ」
俺は本を閉じ、瑞希に向き直った。 このままズルズルと幽霊のペット扱いされるのは御免だ。俺は合理的解決策を提示しなければならない。
「お前、いつまでここに居座るつもりだ?」 「えー? ずっとだよ? ここは私の部室だし」 「そうじゃなくて。……成仏しないのか、って聞いてるんだ」
幽霊がこの世に留まるには理由がある。 一般的には「未練」だ。やり残したこと、恨み、心残り。それらを解消すれば、霊は満足してあの世へ旅立つ――というのが、オカルトの定説だ。 つまり、彼女をさっさと成仏させてしまえば、俺の静寂な放課後は戻ってくる。
瑞希はキョトンとして、それから「あー……」と視線を宙に漂わせた。
「それがさぁ、分かんないんだよね」 「分からない?」 「うん。自分がなんで死んだのか、覚えてないの」
瑞希はあっけらかんと言った。 死の記憶がない。それは地縛霊にしては珍しいケースだ。死の瞬間の恐怖や苦痛こそが、霊を縛る鎖になることが多いからだ。
「気づいたらここにいたの。3年前の春くらいかな。最初は夢かと思ったけど、誰にも気づかれないし、お腹も減らないし、壁はすり抜けるし。『あ、これ死んでるわ』って」 「……順応性が高すぎるな」 「でもね、寂しいなーとは思うよ。みんな楽しそうだし。私もあの中に入りたいなー、ってずっと思ってた」
彼女は窓の外、グラウンドで部活動に励む生徒たちを見下ろして、少しだけ寂しげに微笑んだ。 その横顔を見て、俺の中にまた、昨日感じた奇妙な感情が湧き上がる。 放っておけない、という厄介なお人好しの精神だ。
「……なら、やりたいことを全部やればいい」 「え?」 「未練が分からないなら、片っ端から潰していくしかないだろう。お前が『やり残した』と感じていることを全部叶えれば、記憶が戻るかもしれないし、満足して成仏するかもしれない」
これは取引だ。 俺は平和を取り戻すために。彼女は前に進むために。
瑞希は目を丸くし、それからパァッと顔を輝かせた。 その笑顔の出力が高すぎて、直視すると目が眩みそうになる。
「それ! 名案かも! さすが零士くん、頭いい!」 「おだてなくていい。とりあえず、何か思いつくことはないのか。『これをやりたかった』みたいな具体的な願望は」
瑞希は顎に手を当てて考え込み、ポンと手を叩いた。
「ある!」 「言ってみろ」 「学食の、『天使のベリークレープ』!」
俺は耳を疑った。
「……は?」 「だーかーら! 学食で限定販売してるクレープ! 私が生きてた頃から人気で、いつも売り切れで食べられなかったの! あれを一度でいいから食べてみたい!」
世界平和とか、犯人への復讐とか、そういう壮大なものではないのか。 食い気かよ。
「却下だ。お前は食えないだろう。幽霊なんだから」 「そこで零士くんの出番じゃん!」
瑞希は俺の手をガシッと掴んだ。
「零士くんが食べるの! で、私と手を繋ぐの! そしたら感覚が共有されるから、私も味が分かるはず!」 「……本気で言ってるのか」 「本気も本気、大マジだよ! お願い零士くん! 一生のお願い! あ、もう死んでるから死後のお願い!?」
俺は深く、深く溜息をついた。 男子高校生が一人で、ファンシーな名前の限定クレープを買い、誰もいない場所でニヤニヤしながら食べる。 想像しただけで地獄絵図だ。社会的死のリスクがある。
だが、目の前で手を合わせて懇願する上目遣いの幽霊に、俺は勝てなかった。
「……分かった。行くぞ」 「やったー! 零士くん大好き!」 「そういう軽はずみな発言はやめろ」
俺は立ち上がった。 これが「成仏プロジェクト」第一弾。 ミッション名、『天使のベリークレープ捕獲作戦』。
2
放課後の学食は、戦場のようなピークタイムを過ぎ、まばらに生徒が残る程度だった。 だが、スイーツコーナーの前だけは別だ。女子生徒たちの行列ができている。 その最後尾に、俺は並んだ。
身長178センチ。無愛想な顔つき。制服を着崩すこともない堅物男子。 周囲の女子生徒たちが、「え、男子?」「一人で?」とヒソヒソ囁いているのが聞こえる。 痛い。視線が痛い。
(耐えろ……これも平和のためだ……)
俺は虚空を見つめて無心を装う。 その隣で、誰にも見えない瑞希が大はしゃぎしていた。
「うわー、いい匂い! 甘い匂いがするよ零士くん! ねえ見て、前の人が持ってるあれ! イチゴたっぷりで美味しそう!」 「……静かにしてろ」 「楽しみだねー、楽しみだねー!」
瑞希は俺の周りをくるくると飛び回っている。 彼女には重力も行列も関係ない。ショーケースの中身を覗き込んだり、厨房の中をすり抜けて偵察に行ったりとやりたい放題だ。
やがて、俺の順番が回ってきた。 店員のおばちゃんが、不思議そうな顔で俺を見る。
「はい、ご注文は?」 「……『天使のベリークレープ』を、一つ」 「あいよ。トッピングはどうする? 今ならチョコソースとスプレーチョコが無料だけど」
俺が答えようとする前に、瑞希が横から叫んだ。
「両方! 絶対両方!」
「……両方でお願いします」 「はいよ!」
手渡されたクレープは、暴力的なまでに可愛らしかった。 ピンク色の包み紙。溢れんばかりの生クリーム。真っ赤なイチゴに、カラフルなスプレーチョコ。 俺のような男が持っていい代物ではない。
俺は逃げるように学食を出て、人の気配がない中庭のベンチへと移動した。 ここなら誰にも見られない。
「さあ! 食べよ食べよ!」
瑞希が隣に座る――ふりをして、少し浮いている。 彼女の瞳はクレープに釘付けだ。
「いいか、やるぞ」 「うん!」
俺はクレープを右手に持ち、左手を差し出した。 瑞希がその手を両手で包み込むように握る。
ヒヤリとした感触の直後、じんわりとした温もりが広がる。 パスがつながった。感覚共有(シンクロ)開始。
「いただきます」
俺は覚悟を決めて、クリームの山にかぶりついた。
瞬間。 濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。 生クリームの滑らかさ、イチゴの酸味、クレープ生地のモチモチとした食感。
「――んんっ!」
隣で、瑞希が声を上げた。 彼女は目を瞑り、恍惚とした表情を浮かべている。
「あま……っ! おいひぃ……!」 「……喋るな、気が散る」 「だって、だってすごいよこれ! クリームがふわふわで、イチゴが甘酸っぱくて……! これが、味……!」
俺の味覚情報が、そのまま彼女に流れている。 俺がイチゴを噛み砕けば、彼女も口を動かす仕草をする。 俺が冷たいアイスの層に到達すれば、彼女も「ひゃっ」と肩をすくめる。
奇妙な体験だった。 俺一人で食べているはずなのに、二人で一つの食事を分け合っているような。 彼女の感動が、喜びが、手のひらを通じて俺の方にも逆流してくる。
普段なら「甘すぎる」と顔をしかめるような味だ。 だが、瑞希が隣で「美味しい、美味しい!」と心底嬉しそうに笑っていると、不思議と悪くない味に思えてくる。 胸の奥が、むず痒いような、温かいような感覚で満たされていく。
「……そんなに美味いか」 「うん! 世界一美味しい! 生きててよかったー! あ、死んでるんだった!」
瑞希はケラケラと笑う。 その笑顔を見て、俺は思わず口元を緩めてしまった。
最後のひと口を食べ終え、包み紙を丸める。 瑞希は名残惜しそうに口元を拭う仕草(実際には何もついていないが)をした。
「ごちそうさまでした! あー、満足!」
彼女は俺の手を離し、満足げに伸びをした。
「ありがとう、零士くん。本当に美味しかった。3年越しの夢が叶ったよ」 「そいつは良かったな。……で?」
俺は彼女を見た。 未練を一つ解消したのだ。何か変化があってもいいはずだ。 光に包まれて昇天するとか、体が透けて消えていくとか。
だが、瑞希はそこにいた。 相変わらずくっきりと、元気そうに。
「あれ? 消えないね」 「……みたいだな」 「クレープじゃ足りなかったのかな? あ、分かった! デザートの次はやっぱりお肉だよ! 次は唐揚げ棒が食べたい!」 「調子に乗るな」
俺は立ち上がり、彼女の頭にチョップを落とした――つもりだったが、手はすり抜けてしまった。 接触していない時の彼女は、やはりただの幻影だ。
だが、俺の手には、さっきまで繋いでいた手の温もりが微かに残っていた。
「ま、一つずつ片付けていくしかないか」 「うん! リスト作らなきゃね。『死ぬまでにしたい100のこと』リスト!」 「死んだ後にやってどうする」
俺たちは並んで歩き出す。 夕日が、校舎をオレンジ色に染めている。 成仏への道はまだ遠そうだ。 だが、隣で鼻歌を歌う幽霊の足取りは軽く、それを見ている俺の気分も、そう悪くはなかった。
少なくとも、あのクレープの甘さは、しばらく記憶に残りそうだ。
その時。 校舎の入り口、下駄箱の前で、鋭い視線を感じて俺は足を止めた。 そこに立っていたのは、長い黒髪をなびかせた、凛々しい立ち姿の女子生徒。 腕には「生徒会長」の腕章。
「……そこの貴方」
氷のような声が飛んでくる。
「一人で虚空に向かって話しかけて、何をしているのかしら?」
最悪のタイミングだ。 俺と瑞希は顔を見合わせた。 オカルト部の日常に、新たな「ノイズ」が介入してこようとしていた。
放課後のオカルト部室。 昨日まで「静寂の聖域」だったその場所は、今やもっとも騒々しい空間と化していた。
「ねえねえ零士くん! 見てこれ、去年の体育祭の写真! 私が写ってる……はずなんだけど、やっぱりここだけ白い光になってるねー。心霊写真じゃん! ウケる!」 「……本人がウケてどうする」
俺は文庫本を開いたまま、こめかみを指で押さえた。 目の前には、俺の机に身を乗り出し、古いアルバムを広げる幽霊・白鷺瑞希の姿がある。 昨日、うっかり彼女に「触れて」しまってからというもの、瑞希の俺に対する距離感はバグり続けていた。物理的にも、心理的にもだ。
彼女は俺が「視える」だけでなく「触れる」人間だと知って以来、ことあるごとに接触を求めてくる。 曰く、「バッテリー充電」らしい。俺に触れている間だけ、彼女は生身の感覚を取り戻せるのだとか。 おかげで俺は、読書中も常に彼女に袖を掴まれたり、肩に寄りかかられたりしている。冷たくはない。むしろ、俺の体温が循環して戻ってくるような、不思議な温かさがあるのが余計にタチが悪い。
「で、だ」
俺は本を閉じ、瑞希に向き直った。 このままズルズルと幽霊のペット扱いされるのは御免だ。俺は合理的解決策を提示しなければならない。
「お前、いつまでここに居座るつもりだ?」 「えー? ずっとだよ? ここは私の部室だし」 「そうじゃなくて。……成仏しないのか、って聞いてるんだ」
幽霊がこの世に留まるには理由がある。 一般的には「未練」だ。やり残したこと、恨み、心残り。それらを解消すれば、霊は満足してあの世へ旅立つ――というのが、オカルトの定説だ。 つまり、彼女をさっさと成仏させてしまえば、俺の静寂な放課後は戻ってくる。
瑞希はキョトンとして、それから「あー……」と視線を宙に漂わせた。
「それがさぁ、分かんないんだよね」 「分からない?」 「うん。自分がなんで死んだのか、覚えてないの」
瑞希はあっけらかんと言った。 死の記憶がない。それは地縛霊にしては珍しいケースだ。死の瞬間の恐怖や苦痛こそが、霊を縛る鎖になることが多いからだ。
「気づいたらここにいたの。3年前の春くらいかな。最初は夢かと思ったけど、誰にも気づかれないし、お腹も減らないし、壁はすり抜けるし。『あ、これ死んでるわ』って」 「……順応性が高すぎるな」 「でもね、寂しいなーとは思うよ。みんな楽しそうだし。私もあの中に入りたいなー、ってずっと思ってた」
彼女は窓の外、グラウンドで部活動に励む生徒たちを見下ろして、少しだけ寂しげに微笑んだ。 その横顔を見て、俺の中にまた、昨日感じた奇妙な感情が湧き上がる。 放っておけない、という厄介なお人好しの精神だ。
「……なら、やりたいことを全部やればいい」 「え?」 「未練が分からないなら、片っ端から潰していくしかないだろう。お前が『やり残した』と感じていることを全部叶えれば、記憶が戻るかもしれないし、満足して成仏するかもしれない」
これは取引だ。 俺は平和を取り戻すために。彼女は前に進むために。
瑞希は目を丸くし、それからパァッと顔を輝かせた。 その笑顔の出力が高すぎて、直視すると目が眩みそうになる。
「それ! 名案かも! さすが零士くん、頭いい!」 「おだてなくていい。とりあえず、何か思いつくことはないのか。『これをやりたかった』みたいな具体的な願望は」
瑞希は顎に手を当てて考え込み、ポンと手を叩いた。
「ある!」 「言ってみろ」 「学食の、『天使のベリークレープ』!」
俺は耳を疑った。
「……は?」 「だーかーら! 学食で限定販売してるクレープ! 私が生きてた頃から人気で、いつも売り切れで食べられなかったの! あれを一度でいいから食べてみたい!」
世界平和とか、犯人への復讐とか、そういう壮大なものではないのか。 食い気かよ。
「却下だ。お前は食えないだろう。幽霊なんだから」 「そこで零士くんの出番じゃん!」
瑞希は俺の手をガシッと掴んだ。
「零士くんが食べるの! で、私と手を繋ぐの! そしたら感覚が共有されるから、私も味が分かるはず!」 「……本気で言ってるのか」 「本気も本気、大マジだよ! お願い零士くん! 一生のお願い! あ、もう死んでるから死後のお願い!?」
俺は深く、深く溜息をついた。 男子高校生が一人で、ファンシーな名前の限定クレープを買い、誰もいない場所でニヤニヤしながら食べる。 想像しただけで地獄絵図だ。社会的死のリスクがある。
だが、目の前で手を合わせて懇願する上目遣いの幽霊に、俺は勝てなかった。
「……分かった。行くぞ」 「やったー! 零士くん大好き!」 「そういう軽はずみな発言はやめろ」
俺は立ち上がった。 これが「成仏プロジェクト」第一弾。 ミッション名、『天使のベリークレープ捕獲作戦』。
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放課後の学食は、戦場のようなピークタイムを過ぎ、まばらに生徒が残る程度だった。 だが、スイーツコーナーの前だけは別だ。女子生徒たちの行列ができている。 その最後尾に、俺は並んだ。
身長178センチ。無愛想な顔つき。制服を着崩すこともない堅物男子。 周囲の女子生徒たちが、「え、男子?」「一人で?」とヒソヒソ囁いているのが聞こえる。 痛い。視線が痛い。
(耐えろ……これも平和のためだ……)
俺は虚空を見つめて無心を装う。 その隣で、誰にも見えない瑞希が大はしゃぎしていた。
「うわー、いい匂い! 甘い匂いがするよ零士くん! ねえ見て、前の人が持ってるあれ! イチゴたっぷりで美味しそう!」 「……静かにしてろ」 「楽しみだねー、楽しみだねー!」
瑞希は俺の周りをくるくると飛び回っている。 彼女には重力も行列も関係ない。ショーケースの中身を覗き込んだり、厨房の中をすり抜けて偵察に行ったりとやりたい放題だ。
やがて、俺の順番が回ってきた。 店員のおばちゃんが、不思議そうな顔で俺を見る。
「はい、ご注文は?」 「……『天使のベリークレープ』を、一つ」 「あいよ。トッピングはどうする? 今ならチョコソースとスプレーチョコが無料だけど」
俺が答えようとする前に、瑞希が横から叫んだ。
「両方! 絶対両方!」
「……両方でお願いします」 「はいよ!」
手渡されたクレープは、暴力的なまでに可愛らしかった。 ピンク色の包み紙。溢れんばかりの生クリーム。真っ赤なイチゴに、カラフルなスプレーチョコ。 俺のような男が持っていい代物ではない。
俺は逃げるように学食を出て、人の気配がない中庭のベンチへと移動した。 ここなら誰にも見られない。
「さあ! 食べよ食べよ!」
瑞希が隣に座る――ふりをして、少し浮いている。 彼女の瞳はクレープに釘付けだ。
「いいか、やるぞ」 「うん!」
俺はクレープを右手に持ち、左手を差し出した。 瑞希がその手を両手で包み込むように握る。
ヒヤリとした感触の直後、じんわりとした温もりが広がる。 パスがつながった。感覚共有(シンクロ)開始。
「いただきます」
俺は覚悟を決めて、クリームの山にかぶりついた。
瞬間。 濃厚な甘さが口いっぱいに広がる。 生クリームの滑らかさ、イチゴの酸味、クレープ生地のモチモチとした食感。
「――んんっ!」
隣で、瑞希が声を上げた。 彼女は目を瞑り、恍惚とした表情を浮かべている。
「あま……っ! おいひぃ……!」 「……喋るな、気が散る」 「だって、だってすごいよこれ! クリームがふわふわで、イチゴが甘酸っぱくて……! これが、味……!」
俺の味覚情報が、そのまま彼女に流れている。 俺がイチゴを噛み砕けば、彼女も口を動かす仕草をする。 俺が冷たいアイスの層に到達すれば、彼女も「ひゃっ」と肩をすくめる。
奇妙な体験だった。 俺一人で食べているはずなのに、二人で一つの食事を分け合っているような。 彼女の感動が、喜びが、手のひらを通じて俺の方にも逆流してくる。
普段なら「甘すぎる」と顔をしかめるような味だ。 だが、瑞希が隣で「美味しい、美味しい!」と心底嬉しそうに笑っていると、不思議と悪くない味に思えてくる。 胸の奥が、むず痒いような、温かいような感覚で満たされていく。
「……そんなに美味いか」 「うん! 世界一美味しい! 生きててよかったー! あ、死んでるんだった!」
瑞希はケラケラと笑う。 その笑顔を見て、俺は思わず口元を緩めてしまった。
最後のひと口を食べ終え、包み紙を丸める。 瑞希は名残惜しそうに口元を拭う仕草(実際には何もついていないが)をした。
「ごちそうさまでした! あー、満足!」
彼女は俺の手を離し、満足げに伸びをした。
「ありがとう、零士くん。本当に美味しかった。3年越しの夢が叶ったよ」 「そいつは良かったな。……で?」
俺は彼女を見た。 未練を一つ解消したのだ。何か変化があってもいいはずだ。 光に包まれて昇天するとか、体が透けて消えていくとか。
だが、瑞希はそこにいた。 相変わらずくっきりと、元気そうに。
「あれ? 消えないね」 「……みたいだな」 「クレープじゃ足りなかったのかな? あ、分かった! デザートの次はやっぱりお肉だよ! 次は唐揚げ棒が食べたい!」 「調子に乗るな」
俺は立ち上がり、彼女の頭にチョップを落とした――つもりだったが、手はすり抜けてしまった。 接触していない時の彼女は、やはりただの幻影だ。
だが、俺の手には、さっきまで繋いでいた手の温もりが微かに残っていた。
「ま、一つずつ片付けていくしかないか」 「うん! リスト作らなきゃね。『死ぬまでにしたい100のこと』リスト!」 「死んだ後にやってどうする」
俺たちは並んで歩き出す。 夕日が、校舎をオレンジ色に染めている。 成仏への道はまだ遠そうだ。 だが、隣で鼻歌を歌う幽霊の足取りは軽く、それを見ている俺の気分も、そう悪くはなかった。
少なくとも、あのクレープの甘さは、しばらく記憶に残りそうだ。
その時。 校舎の入り口、下駄箱の前で、鋭い視線を感じて俺は足を止めた。 そこに立っていたのは、長い黒髪をなびかせた、凛々しい立ち姿の女子生徒。 腕には「生徒会長」の腕章。
「……そこの貴方」
氷のような声が飛んでくる。
「一人で虚空に向かって話しかけて、何をしているのかしら?」
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