幽霊部員は本物の幽霊でした。~オカルト部の日常と非日常~

風船色

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第3話:鉄の生徒会長と見えない部員

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 九条院 凛(くじょういん りん)。  青藍高校の生徒会長にして、成績優秀、眉目秀麗。  しかし、そのあまりの規律への厳格さと、違反者に対する容赦ない言動から、ついたあだ名が『鉄の女』、あるいは『青藍の断頭台』。

 そんな学園の絶対権力者が今、俺の目の前で仁王立ちしていた。

「……もう一度聞くわ、八雲零士くん」

 凛とした、しかし絶対零度の響きを持つ声が、夕暮れの下駄箱に響く。  彼女は腕組みをし、鋭い眼光で俺を射抜いていた。

「貴方は先程まで、誰もいない空間に向かって話しかけ、あまつさえ笑っていた。……違法薬物の類か、あるいは精神的な疲労か。どちらにせよ、見過ごすわけにはいかないわね」

 彼女の視線の先には、俺と――俺の隣で「うわぁ、怖い顔~」と能天気にピースサインをしている白鷺瑞希がいる。  もちろん、凛に瑞希は見えていない。

「……独り言です」

 俺は極力表情を動かさずに答えた。

「役作りをしていたんです。今度、演劇の手伝いをする予定でして」 「演劇? 貴方、オカルト部所属よね?」

 眉がピクリと跳ねる。  やはり、俺の素性は既に割れているらしい。生徒会長の情報網を甘く見ていたか。

「オカルト部……。部員一名、活動実績ゼロ。部室を私物化し、電気代の無駄遣いをしているだけの不良債権」

 凛が一歩、俺に近づく。  その迫力に、俺は思わず半歩下が……ろうとしたが、背後に下駄箱があって下がれない。

「単刀直入に言うわ。オカルト部は今月末をもって廃部とします」

 俺の隣で、瑞希が「ええーっ!?」と叫んだ。  鼓膜にキンと響くが、俺は無視して凛を見返す。

「廃部……ですか。入部届は受理されているはずですが」 「部としての体を成していないからよ。それに……」

 凛はふと、鼻を鳴らした。  彼女の視線が、俺の隣――瑞希がいる空間へとスライドする。  その瞳が、怪訝そうに細められた。

「……あの部屋、空気が淀んでいるのよ。校舎の管理上、不衛生な場所を放置するわけにはいかないわ」

 ドキリとした。  「空気が淀んでいる」。それは一般的な衛生の話ではない。  彼女の家系――九条院家は、由緒正しい退魔師の一族だという噂を聞いたことがある。まさか、瑞希の気配を感じ取っているのか?

「とにかく、明日放課後、生徒会室に来なさい。退部届と部室の鍵を提出してもらうわ」

 凛はそれだけ言い放つと、長い黒髪を翻して去っていった。  カツ、カツ、カツ……と、規律正しいローファーの音が遠ざかっていく。

 後に残されたのは、俺と、幽霊一匹。

「ど、どうしよう零士くん! 廃部だって! 私の家がなくなっちゃう!」

 瑞希が俺の腕にすがりついてくる。  体温共有(バッテリー充電)のせいで、彼女の焦りが直接肌に伝わってきた。

「……俺にとっても死活問題だ」

 ようやく見つけた静寂の聖域(もっとも、今は騒がしい幽霊付きだが)。それを失えば、俺はまた「ノイズ」だらけの学園生活に放り出されることになる。  それだけは阻止しなければならない。

2

 翌日の放課後。  オカルト部の部室は、お通夜のような雰囲気……ではなく、緊急作戦会議の熱気に包まれていた。

「絶対反対! 断固拒否! 生徒会長だからって何でも決めていいと思ったら大間違いだよ!」

 瑞希が机の上で抗議のデモ行進をしている。プラカードはないが、拳を突き上げる姿は勇ましい。

「騒ぐな。……問題は『活動実績がない』と言われたことだ」

 俺は椅子に座り、腕を組んだ。  廃部を回避するには、オカルト部が存在する意義を証明しなければならない。だが、何をすればいい? こっくりさんでもやるか? それともUFO召喚か?

 その時、ガララッ! と引き戸が乱暴に開けられた。  現れたのは、昨日の今日で再び登場の「鉄の女」、九条院凛だった。

「来ないから、こちらから来てあげたわ」

 凛は部室に入ってくるなり、眉を顰めて室内を見回した。  彼女の手には、退去命令書のような書類が握られている。

「……相変わらず、嫌な気配ね」

 彼女は独り言のように呟き、瑞希が座っている机の方を睨んだ。  瑞希が「ひっ」と声を上げて俺の背後に隠れる。  やはり、見えてはいなくても「感じる」らしい。

「八雲くん。この書類にサインを。今すぐ部室を明け渡しなさい」 「断る、と言ったら?」 「強制執行よ。生徒会権限を行使します」

 問答無用か。  俺が反論の言葉を探していると、背中から瑞希の小さな声が聞こえた。

「……ねえ、零士くん。取引を持ちかけてみて」 「(取引?)」 「うん。実績がないなら、作ればいいじゃない。『学園の七不思議を解決したら、部として認める』って!」

 なるほど。  オカルト部らしい活動で成果を出せば、文句はないはずだ。  俺は意を決して、凛に向き直った。

「会長。廃部の理由は『活動実績がない』ことでしたね」 「ええ。学校への貢献度が皆無だわ」 「ならば、証明してみせます。オカルト部が、この学園の『平穏』を守るために必要だと」

 凛が怪訝な顔をする。  俺は瑞希のアドバイスに従い、ハッタリをかました。

「最近、学園内で噂になっている『開かずの音楽室』の怪異。ご存知ですか?」 「……音楽室?」

 凛の表情がわずかに動いた。  図星だ。彼女は生徒会長として、あるいは退魔師の家系として、学園内の「異変」には敏感なはずだ。

「夜な夜なピアノの音が聞こえるという噂。さらに、そこに近づいた生徒が高熱を出して寝込む事件が相次いでいる……。オカルト部がその原因を究明し、解決してみせます」

 俺が言い切ると、凛は目を細め、値踏みするように俺を見た。

「……フン。ただのオカルトマニアかと思っていたけれど、その件を知っているとはね」

 彼女は持っていた書類を下げた。

「いいでしょう。実はその件、生徒会……いえ、私の家の方でも調査対象になっていたの」

 ボロが出た。やはり「家」絡みか。

「期限は一週間。もし貴方がその怪異を解決できたら、オカルト部の存続を認めましょう。ただし、失敗すれば即刻廃部。さらに貴方には、生徒会の雑用係として奉仕活動をしてもらうわ」

 凛は不敵に笑った。その笑顔は美しかったが、捕食者のそれだった。

「乗ります」

 俺の返答に、彼女は満足そうに頷き、「期待しているわよ、オカルトくん」と言い残して部室を出て行った。

3

 嵐が去った部室で、俺は大きく息を吐いた。

「……言っちゃったな」 「言っちゃったねー! かっこよかったよ零士くん!」

 瑞希が俺の背中から飛び出し、パチパチと拍手をする。

「でも、大丈夫? 『開かずの音楽室』って、結構ヤバい噂だよ? 前の部長さんも『あそこには近づくな』って言ってたし」 「お前が提案したんだろうが」 「勢いで! てへ!」

 瑞希は悪びれもせず舌を出す。  だが、俺には勝算がないわけではない。  俺には「視える」目がある。そして何より、こちらの世界に詳しい「ガイド役」がいる。

「瑞希。お前の出番だ」 「え?」 「幽霊のことは幽霊に聞け、だ。音楽室に何がいるのか、偵察に行くぞ」

 俺は立ち上がった。  こうして、俺と瑞希の――オカルト部の初仕事が始まった。  学園の七不思議、その一つ『開かずの音楽室』。  だが俺たちはまだ知らなかった。  それが単なる幽霊騒ぎではなく、もっと根深い、この街全体を巻き込む陰謀の入り口に過ぎないということを。

「よし! しゅっぱーつ! ……あ、零士くん、手! 手繋いで!」 「……移動中だけだぞ」

 俺が差し出した手を、瑞希が嬉しそうに握る。  冷たくて温かいその感触と共に、俺たちは夕闇の校舎へと歩き出した。
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