幽霊部員は本物の幽霊でした。~オカルト部の日常と非日常~

風船色

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第5話:街を蝕む違和感

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 音楽室での騒動が収束した後、現場検証――という名の事後処理は、深夜にまで及んだ。

 月明かりだけが照らす音楽室。  破壊されたパイプ椅子を片付けながら、俺は大きく息を吐いた。隣では、俺の裾を掴んで離さない白鷺瑞希が、申し訳なさそうに小さくなっている。

「……それで、結論は出ましたか、会長」

 俺が問いかけると、部屋の中央でしゃがみ込んでいた九条院凛が立ち上がった。  彼女の手には、黒く焼け焦げた『杭』のようなものが握られている。長さは15センチほど。何かの動物の骨を削って作ったような、禍々しい質感をしていた。

「ええ。最悪の予想が当たったわ」

 凛の声は硬い。彼女はハンカチでその杭を包み込むと、鋭い視線を俺たちに向けた。

「あの合成霊(キメラ)は、自然発生したものではない。誰かが意図的に霊を集め、蠱毒(こどく)のように共食いさせて作り出した『養殖物』よ」 「養殖……?」 「この杭が核になっていたの。これは呪術的な『集音器』のようなもの。学校中の負の感情や浮遊霊を吸い寄せ、一点に凝縮させるための装置だわ」

 俺は背筋が寒くなるのを感じた。  ただの怪談だと思っていた『開かずの音楽室』。だがその正体は、何者かが設置した悪意ある実験場だったということだ。

「誰がそんなことを……」 「分からない。でも、素人の仕業じゃないわ。九条院の家紋こそ入っていないけれど、術式の組み方が古流のそれに近い。……私の家以外にも、この街にはまだ『術者』が潜んでいるのかもしれない」

 凛は悔しげに唇を噛んだ。  彼女にとって、学園の風紀を守ることは使命だ。その足元で、こんな冒涜的な真似が行われていたことが許せないのだろう。

「八雲くん。そして……そこにいる白鷺瑞希さん」

 凛が、俺の隣の何もない空間を見る。  今は俺が瑞希を抱きしめていないため、凛の目には瑞希の姿が見えていない。だが、確信を持ってそこに語りかけていた。

「この件、まだ終わっていないわ。犯人はまだこの杭を回収していない。おそらく、実験はまだ『途中』だったのよ」 「えっ、まだ続くの!?」

 瑞希が怯えた声を上げる。俺はため息交じりに通訳した。

「『まだ続くのか』とビビっています」 「ふふ、幽霊のくせに臆病なのね。……ええ、続くわ。だからこそ、貴方たちの協力が必要なの」

 凛は真っ直ぐに俺を見た。

「八雲くん、貴方のその『霊を実体化させる体質』。そして白鷺さんの『霊的感覚』。この二つは、犯人を追うための切り札になる。……廃部は取り消してあげる。その代わり、私の捜査に協力しなさい」

 それは命令というより、どこか縋るような響きを含んでいた。  俺は瑞希と顔を見合わせる(彼女には俺が見えている)。  瑞希は「どうする?」と首を傾げたが、その顔には「面白そう」という好奇心と、「放っておけない」というお人好しな色が混ざっていた。

 まったく、似たもの同士だ。  俺は頭を掻きながら答えた。

「……分かりました。乗り掛かった船だ。それに、俺の平穏な生活のためにも、変な術者がウロウロしているのは困りますからね」

2

 翌日の放課後。  オカルト部の部室は、正式に「特別捜査本部」として機能し始めていた。

「失礼するわ」

 凛が当然のように部室に入ってくる。昨日の今日で、その手にはコンビニの袋が提げられていた。中身は高級そうな紅茶のティーバッグと、お茶請けのクッキー。意外と気遣いができるらしい。

「いらっしゃーい! 会長、お茶入れるね! あ、私お湯持てないんだった! 零士くんお願い!」 「……へいへい」

 俺がポットのお湯を注ぐ間、凛は部屋の隅に置かれた段ボールの山を見て眉をひそめた。

「相変わらず汚い部室ね。霊的な澱みも酷いし。……でも、不思議と居心地は悪くないわ」 「そりゃどうも。強力な座敷童(ざしきわらし)が住み着いてますから」 「誰が座敷童よ! ちゃんとした美少女幽霊ですー!」

 瑞希が俺の背中をポカポカと殴る(感触はない)。  そんな日常的なやり取りをしていると、不意に部室のドアが乱暴に叩かれた。

「たのもう! オカルト部! いるか八雲!」

 返事も待たずに転がり込んできたのは、眼鏡をかけた小太りの男子生徒だった。首からは一眼レフカメラをぶら下げ、手にはボイスレコーダー。  新聞部……改め、『ニュース研究部』の部長、早見(はやみ)だ。

「うおっ、生徒会長!? なんでこんな吹き溜まりに!?」 「失礼ね。風紀の視察よ。……それより早見くん、ノックもなしに入室とは感心しないわ」 「ひえっ、す、すみません!」

 早見は凛の威圧感に縮み上がりながらも、すぐに俺の方へ向き直った。彼の目は、特ダネを見つけた時の興奮で血走っている。

「八雲、お前らが『音楽室』をシメたって噂は本当か?」 「……どこ情報だ」 「壁に耳あり障子に目あり、ニュース研に死角なしだ! いや、そんなことはどうでもいい。大変なんだよ、街が!」

 早見は机の上に、数枚の写真をばら撒いた。  それは、登校中の生徒や、街中を歩くサラリーマンを隠し撮りしたものだった。  一見するとただの風景写真だが、よく見ると違和感がある。  写っている人物の目が、全員一様に虚ろなのだ。焦点が合っておらず、まるで魂が抜けたようにフラフラと歩いている。

「『記憶喪失』のパンデミックだ」

 早見は声を潜めた。

「ここ数日、急に記憶をなくす奴が増えてる。自分の名前、住所、家族の顔……スポット的に記憶が抜け落ちて、呆然としているところを保護される事件が多発してるんだ。警察は『新型のドラッグか?』なんて言ってるが、検査しても何も出ない」

 俺と凛は顔を見合わせた。  記憶。魂。  昨夜の音楽室にあった「集音器」の話と繋がる。

「それだけじゃない。逆のパターンもある」 「逆?」 「『周りの人間が、特定の誰かのことを忘れる』んだ。昨日までクラスにいたはずの奴のことを、誰も思い出せない。机はあるのに、そこに誰が座っていたのか分からない……『神隠し』の現代版みたいなことが起きてる」

 ゾクリとした。  それは、まさに瑞希の状況と同じではないか。

 俺は横目で瑞希を見た。  彼女は写真の一枚を覗き込み、青ざめた表情で立ち尽くしていた。

「……似てる」 「え?」 「この写真の人たち……中身がスカスカなの。まるで、私みたい」

 瑞希の声は震えていた。  俺は早見に礼を言い、早々に追い返すと、すぐに凛に向き直った。

「会長。昨日の『杭』は、ただ霊を集めるだけじゃなかったのかもしれません」 「……ええ。人間の精神、記憶そのものをエネルギーとして吸い上げる装置。だとしたら、被害は学園内だけじゃ済まないわ」

3

 俺たちはすぐに調査へ乗り出した。  向かったのは、早見の情報にあった「記憶喪失者」が出たという駅前の商店街だ。

 夕暮れの雑踏。  多くの人が行き交う中、俺たちはベンチに座り込んでいる一人の女子高生を見つけた。うちの制服ではない。隣町の高校の生徒だ。  彼女の周りには警官がいて、身元を聞いているようだが、彼女はただ首を横に振るばかりだった。

「……見てられないな」

 俺が呟くと、凛が「少し離れていて」と言って警官の方へ向かった。生徒会長という肩書きと、彼女の家が持つ警察へのコネクションを使って、少しの間だけ話を聞く許可を取るつもりらしい。有能すぎる。

 凛が警官を遠ざけている間に、俺と瑞希(もちろん他人には見えない)は少女に近づいた。

「ねえ、君。大丈夫?」

 瑞希が少女の顔を覗き込む。  少女の目は、ガラス玉のように光を反射するだけで、何の感情も宿していなかった。

「……空っぽだ」

 瑞希が悲痛な声を漏らす。

「何も感じないの。悲しいとか、怖いとか、そういう感情の根っこごと持っていかれてる。……零士くん、私、分かるよ。これ、すっごく乱暴なやり方だ」 「乱暴?」 「うん。昨日の音楽室は『集める』感じだったけど、これは『奪う』感じ。掃除機で無理やり吸い取ったみたいに、魂の一部を千切られてる」

 俺は少女の肩に、そっと手を触れた。  自分の能力で、何か感じ取れないか試みる。

 ――冷たい。  そして、乾いている。  人の温もりがあるはずの場所に、ポッカリと穴が空いているような感覚。  その穴の底に、微かに残る「匂い」があった。

 薬品のような、消毒液のような匂い。  そして、微かな「甘い香り」。

(……どこかで?)

 この甘い香りには覚えがあった。  どこで嗅いだ? 学食? いや、違う。もっと最近、もっと身近な場所で――。

「八雲くん」

 凛が戻ってきた。顔色が悪い。

「警察の話だと、これで今週に入って15人目よ。しかも全員、何らかの『悩み』や『強い願望』を持っていた形跡があるわ。進路、恋愛、家庭環境……」

「心の隙間を狙われた、ということか」

 俺は立ち上がった。  点と点が繋がり始めている。  誰かが、人々の「未練」や「執着」をエネルギー源として回収している。  そして、その犠牲者たちが抜け殻になり、あるいは存在そのものを忘れ去られていく。

「……まるで、何かデカい儀式の準備でもしているみたいだな」

 俺の言葉に、凛はハッとして空を見上げた。

「街全体を使った儀式……。もしそうなら、音楽室の杭はただの『実験』か、あるいは街中に設置された『中継点』の一つに過ぎない」

 空は茜色から群青色へと変わりつつあった。  その空の色が、俺にはどす黒い「染み」が広がっていくように見えた。

「帰りましょう、八雲くん。一度持ち帰って対策を練るわ。……それに、顧問の先生にも報告しておかないと」

「雨宮先生に?」

「ええ。彼は化学教師だけど、オカルト部の顧問でしょう? それに、古い文献の知識も豊富だから、この『杭』について何か知っているかもしれないわ」

 雨宮誠。  いつも白衣を着て、ニコニコと笑っている優男の教師。  俺が入部届を出した時も、「へえ、珍しいねえ。いいよいいよ、好きに使って」と軽い調子でハンコを押してくれた。

 なぜだろう。  凛の口からその名前が出た瞬間、さっき少女から感じた「甘い香り」が、鼻の奥でツンと蘇った気がした。

「……そうですね。明日、聞いてみますか」

 俺は喉の奥に引っかかった違和感を飲み込んだ。  隣では、瑞希が自分の身体を抱くようにして震えていた。

「ねえ、零士くん。私……もしかして、3年前に『これ』をやられたのかな?」

 その問いに、俺は答えることができなかった。  ただそっと、誰にも見えない彼女の手を握りしめることしか、今の俺にはできなかった。
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