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第9話:九条院の家訓と街の楔
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目が覚めると、そこは白い天井だった。
消毒液の匂いが鼻をつく。またか、と思った。最近、俺の周りは薬品の匂いばかりだ。
「……気がついた?」
ベッドの脇から、硬い声が聞こえた。 九条院凛だ。パイプ椅子に座り、腕組みをして俺を見下ろしている。その表情は厳しく、だが瞳の奥には隠しきれない安堵の色が揺れていた。
「……俺は、どれくらい寝てたんですか」
「丸一日よ。雨宮先生が、廊下で倒れている貴方を発見して保健室に運んだそうよ。『貧血だろう』ってね」
凛は忌々しげに吐き捨てた。
「貧血なわけがない。貴方の首筋には、はっきりと締められた跡が残っていたわ」
俺は首に手をやった。まだ鈍い痛みが残っている。 雨宮誠。あの男は俺を殺さなかった。ただの警告か、あるいは俺を「儀式」の観客として生かしておくつもりか。
「会長。あいつの目的が分かりました」
俺は上体を起こし、雨宮との会話をすべて話した。 街の人々から奪ったエネルギー。瑞希の殺害。そして、彼女の体を「器」として使い、別の死者を蘇らせる計画。 話し終える頃には、凛の顔からは血の気が失せていた。
「……反魂(はんごん)の術。それも、他人を器にする外法(げほう)……」
凛は震える手で自身のスカートを握りしめた。
「まさか、そんなことが……。いえ、あり得るわ。あの男の技術と、この街の『特殊性』があれば」
「街の特殊性?」
凛は立ち上がり、保健室のカーテンを閉め切った。そして、誰も聞いていないことを確認してから、重い口を開いた。
「八雲くん。貴方に話さなければならないことがあるわ。私の家――九条院家と、この街の成り立ちについて」
彼女の声は、懺悔のように響いた。
2
凛の話は、俺の想像を超えるものだった。
この街は、巨大な霊脈の交差点――いわゆる「龍穴(りゅうけつ)」の上に作られているという。 豊富な霊的エネルギーは土地を豊かにし、経済を発展させた。だが同時に、溢れ出るエネルギーは「瘴気」となって災いをもたらす危険性を孕んでいた。
「だから、私の先祖は『楔』を打ったの」
「楔?」
「……人柱よ」
凛が視線を落とす。
「数十年に一度、霊的適性の高い人間を選び、その魂を土地に縛り付けることで、荒ぶるエネルギーを制御する。九条院家は代々、その儀式の管理者だった」
俺は息を呑んだ。 風紀を守る生徒会長。正義感の塊のような彼女の家系が、そんな血塗られた歴史の上に成り立っていたとは。
「もちろん、現代ではそんな野蛮な儀式は行われていない……はずだった。少なくとも、父は『今は護符と結界で代用している』と言っていたわ。でも」
凛は唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。
「違ったのね。3年前、霊脈が不安定になった時期があった。その時、父は……九条院家は、雨宮誠という外部の術者に協力を仰いだ。そして彼が用意した『解決策』を、黙認した」
点と点が線になる。 3年前。瑞希が死んだ年だ。
「つまり、瑞希は……」
「ええ。彼女は事故で死んだんじゃない。九条院家が街を守るために依頼し、雨宮が実行した『人柱』としての生贄(いけにえ)だったのよ」
ドンッ!! 俺はベッドの柵を殴りつけた。 金属音が保健室に響き渡る。
「ふざけるな……! 街のため? そんな勝手な理屈で、あいつは殺されたのか!?」
怒りで視界が赤く染まる。 瑞希の笑顔が浮かぶ。学食のクレープで喜ぶ顔。水族館で目を輝かせる顔。「生きててよかった」という言葉。 それら全てを奪ったのが、この街の「平和」を守るシステムだったなんて。
「……殴りたければ殴りなさい。私には、貴方を止める資格はない」
凛は逃げずに俺を見た。その瞳には涙が溜まっていたが、決して流そうとはしなかった。
「でも、雨宮はさらにその上を行っていたわ。彼は瑞希を単なる人柱として消費せず、魂を『幽霊』として温存し、自分の目的――死者蘇生の『器』として利用する準備をしていた。九条院家すらも、彼に利用されていたのよ」
俺は拳を震わせながら、深く息を吐き出した。 凛を責めても瑞希は戻らない。彼女もまた、家という呪いに縛られた被害者の一人だ。
「……行くぞ」
俺はベッドから降りた。
「どこへ?」
「決まってる。部室だ。瑞希が待ってる」
俺は凛の方を見ずに、靴を履いた。
「九条院家の因縁とか、街の平和とか、知ったことか。俺はオカルト部の部長として、部員を守る。……協力しろ、凛。お前が『鉄の生徒会長』なら、自分の家の不始末くらい、自分でケリをつけろ」
凛は一瞬驚いた顔をし、それからフッと自嘲気味に笑った。
「……生意気ね、後輩のくせに」
彼女が顔を上げた時、そこにはいつもの凛とした強さが戻っていた。
「いいわ。私の全てを懸けて、雨宮を討つ。行きましょう」
3
放課後のオカルト部室は、朱色に染まっていた。 窓から差し込む夕日が、舞い上がる埃を照らしている。 その光の中に、瑞希はいた。 膝を抱えて、部屋の隅のパイプ椅子に座り込んでいる。その姿は、昨日よりもさらに透けて見えた。
「……瑞希」
俺が声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
「あ、零士くん……。よかった、目が覚めたんだね」
彼女は笑おうとした。だが、その笑顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「ごめんね。私、いろいろ思い出しちゃった」
瑞希の声は、風に消え入りそうなほど弱々しい。
「雨宮先生のこと。……自分がどうやって死んだのか。全部、思い出したよ」
記憶の封印が解けかけている。雨宮との接触がトリガーになったのか、あるいは死期(儀式)が近づいているからか。
「私ね、選ばれたんだって。街のみんなを災害から守るための、大切な役目に」
瑞希は自分の半透明な手を見つめた。
「先生は言ってた。『君のおかげで多くの人が助かるんだ』って。……だから私、怖かったけど、痛かったけど、我慢したの。私が我慢すれば、みんな幸せになれるならって」
なんてことだ。 この期に及んで、こいつはまだ「誰かのため」なんて思っているのか。 雨宮は、そんな彼女の善性を利用したのだ。純粋な自己犠牲の精神ほど、強力な呪術の触媒になるから。
「でもね、零士くん」
瑞希の目から、光る粒が落ちた。 床には落ちず、空中で霧散する幽霊の涙。
「やっぱり私、嫌だったみたい。死にたくなかった。もっと学校に行きたかった。恋もしたかったし、大人になりたかった……!」
彼女の叫びと共に、部室の窓ガラスがガタガタと共鳴した。 ポルターガイスト現象。彼女の感情の昂ぶりが、物理世界に干渉し始めている。
「瑞希!」
俺は駆け寄り、彼女を抱きしめようとした。 だが。 スカッ。 俺の腕は、彼女の体をすり抜けた。
「え……?」
空振った自分の腕を見て、俺は愕然とした。 今までなら、触れられたはずだ。俺の意志があれば、彼女を実体化できたはずだ。
「無駄だよ、零士くん」
瑞希が悲しげに首を振る。
「私、もう『個』としての輪郭が保てないの。街の楔としての機能が動き出しちゃったから。もうすぐ私は、ただのエネルギーの塊になって……雨宮先生の人形になる」
彼女の体が、ノイズのように激しく明滅する。
「来ないで! 近くにいたら、零士くんの命まで吸い取っちゃう!」
拒絶。 彼女は後ずさり、壁際へと逃げる。 俺は歯を食いしばった。 ふざけるな。ここまで来て、指をくわえて見てろって言うのか。
「関係ない!」
俺は叫んだ。
「吸いたきゃ吸え! 俺の命くらい、いくらでもくれてやる!」
俺は躊躇なく踏み込んだ。 拒絶する彼女の懐に潜り込み、無理やりその細い肩を――「掴む」イメージを全力で叩き込む。 バチバチバチッ!! 激しいスパークが散る。静電気なんてレベルじゃない。魂が削れるような激痛が走る。 だが、俺は離さなかった。
「俺を見ろ、瑞希!」
俺の手が、霧の向こうにある「芯」を捉えた。 ガシッ、という感触。
「いやっ、熱い! 零士くんが死んじゃう!」
「死なない! 俺はしぶといんだよ!」
俺は彼女を引き寄せ、正面から抱きすくめた。 痛い。熱い。冷たい。 全ての感覚が混ざり合うカオスの中で、俺は彼女の耳元で怒鳴った。
「お前は楔なんかじゃない! 人柱でもない! お前はオカルト部の白鷺瑞希だ! 俺がそう決めた! 文句があるなら化けて出てこい!」
「う、うわぁぁぁぁん!!」
瑞希が俺の胸で泣き出した。 その泣き声と共に、彼女の体が急速に熱を帯び、確かな「重み」を取り戻していく。 俺の生命力が削られていくのが分かる。だが、不思議と恐怖はなかった。 後ろで見ていた凛が、呪符を構えながら叫んだ。
「八雲くん! 結界が解けるわ! 街の位相が変わり始めてる!」
窓の外。 夕焼けだった空が、毒々しい紫色に変色していた。 校庭の地面から、黒い靄が立ち上っている。 文化祭の前夜祭。 雨宮の言っていた「儀式」の時間が、始まろうとしていた。
4
俺はぐったりとした瑞希を背負い、部室を出た。 隣には、木刀を抜いた凛がいる。
「行くわよ、八雲くん。敵の本丸は地下――旧校舎の真下にある霊脈の制御室だわ」
「地下?」
「ええ。そこが九条院家が管理していた儀式場。雨宮はそこに陣取っているはず」
背中の瑞希が、うわ言のように呟く。
「……聞こえる。先生の声が……呼んでる……」
「聞かなくていい。耳を塞いでろ」
俺は背中の感触を確かめるように、瑞希の足を抱え直した。 温かい。生きている人間の重さだ。 これを「器」だなんて呼ばせない。
「殴り込みだ。オカルト部の活動の一環として、悪徳教師を退治しに行く」
「……フフ。退部届はまだ受理していないものね」
凛が不敵に笑う。 廊下の向こうから、顔のない黒い人影が数体、這いずりながら近づいてくるのが見えた。雨宮の使い魔だ。
「露払いはお任せを。貴方は荷物を落とさないようにしなさい!」
凛が疾駆する。 青い閃光が闇を切り裂く。
俺たちは走り出した。 日常を取り戻すための、最初で最後の夜が始まった。
消毒液の匂いが鼻をつく。またか、と思った。最近、俺の周りは薬品の匂いばかりだ。
「……気がついた?」
ベッドの脇から、硬い声が聞こえた。 九条院凛だ。パイプ椅子に座り、腕組みをして俺を見下ろしている。その表情は厳しく、だが瞳の奥には隠しきれない安堵の色が揺れていた。
「……俺は、どれくらい寝てたんですか」
「丸一日よ。雨宮先生が、廊下で倒れている貴方を発見して保健室に運んだそうよ。『貧血だろう』ってね」
凛は忌々しげに吐き捨てた。
「貧血なわけがない。貴方の首筋には、はっきりと締められた跡が残っていたわ」
俺は首に手をやった。まだ鈍い痛みが残っている。 雨宮誠。あの男は俺を殺さなかった。ただの警告か、あるいは俺を「儀式」の観客として生かしておくつもりか。
「会長。あいつの目的が分かりました」
俺は上体を起こし、雨宮との会話をすべて話した。 街の人々から奪ったエネルギー。瑞希の殺害。そして、彼女の体を「器」として使い、別の死者を蘇らせる計画。 話し終える頃には、凛の顔からは血の気が失せていた。
「……反魂(はんごん)の術。それも、他人を器にする外法(げほう)……」
凛は震える手で自身のスカートを握りしめた。
「まさか、そんなことが……。いえ、あり得るわ。あの男の技術と、この街の『特殊性』があれば」
「街の特殊性?」
凛は立ち上がり、保健室のカーテンを閉め切った。そして、誰も聞いていないことを確認してから、重い口を開いた。
「八雲くん。貴方に話さなければならないことがあるわ。私の家――九条院家と、この街の成り立ちについて」
彼女の声は、懺悔のように響いた。
2
凛の話は、俺の想像を超えるものだった。
この街は、巨大な霊脈の交差点――いわゆる「龍穴(りゅうけつ)」の上に作られているという。 豊富な霊的エネルギーは土地を豊かにし、経済を発展させた。だが同時に、溢れ出るエネルギーは「瘴気」となって災いをもたらす危険性を孕んでいた。
「だから、私の先祖は『楔』を打ったの」
「楔?」
「……人柱よ」
凛が視線を落とす。
「数十年に一度、霊的適性の高い人間を選び、その魂を土地に縛り付けることで、荒ぶるエネルギーを制御する。九条院家は代々、その儀式の管理者だった」
俺は息を呑んだ。 風紀を守る生徒会長。正義感の塊のような彼女の家系が、そんな血塗られた歴史の上に成り立っていたとは。
「もちろん、現代ではそんな野蛮な儀式は行われていない……はずだった。少なくとも、父は『今は護符と結界で代用している』と言っていたわ。でも」
凛は唇を噛み切りそうなほど強く噛んだ。
「違ったのね。3年前、霊脈が不安定になった時期があった。その時、父は……九条院家は、雨宮誠という外部の術者に協力を仰いだ。そして彼が用意した『解決策』を、黙認した」
点と点が線になる。 3年前。瑞希が死んだ年だ。
「つまり、瑞希は……」
「ええ。彼女は事故で死んだんじゃない。九条院家が街を守るために依頼し、雨宮が実行した『人柱』としての生贄(いけにえ)だったのよ」
ドンッ!! 俺はベッドの柵を殴りつけた。 金属音が保健室に響き渡る。
「ふざけるな……! 街のため? そんな勝手な理屈で、あいつは殺されたのか!?」
怒りで視界が赤く染まる。 瑞希の笑顔が浮かぶ。学食のクレープで喜ぶ顔。水族館で目を輝かせる顔。「生きててよかった」という言葉。 それら全てを奪ったのが、この街の「平和」を守るシステムだったなんて。
「……殴りたければ殴りなさい。私には、貴方を止める資格はない」
凛は逃げずに俺を見た。その瞳には涙が溜まっていたが、決して流そうとはしなかった。
「でも、雨宮はさらにその上を行っていたわ。彼は瑞希を単なる人柱として消費せず、魂を『幽霊』として温存し、自分の目的――死者蘇生の『器』として利用する準備をしていた。九条院家すらも、彼に利用されていたのよ」
俺は拳を震わせながら、深く息を吐き出した。 凛を責めても瑞希は戻らない。彼女もまた、家という呪いに縛られた被害者の一人だ。
「……行くぞ」
俺はベッドから降りた。
「どこへ?」
「決まってる。部室だ。瑞希が待ってる」
俺は凛の方を見ずに、靴を履いた。
「九条院家の因縁とか、街の平和とか、知ったことか。俺はオカルト部の部長として、部員を守る。……協力しろ、凛。お前が『鉄の生徒会長』なら、自分の家の不始末くらい、自分でケリをつけろ」
凛は一瞬驚いた顔をし、それからフッと自嘲気味に笑った。
「……生意気ね、後輩のくせに」
彼女が顔を上げた時、そこにはいつもの凛とした強さが戻っていた。
「いいわ。私の全てを懸けて、雨宮を討つ。行きましょう」
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放課後のオカルト部室は、朱色に染まっていた。 窓から差し込む夕日が、舞い上がる埃を照らしている。 その光の中に、瑞希はいた。 膝を抱えて、部屋の隅のパイプ椅子に座り込んでいる。その姿は、昨日よりもさらに透けて見えた。
「……瑞希」
俺が声をかけると、彼女はビクリと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
「あ、零士くん……。よかった、目が覚めたんだね」
彼女は笑おうとした。だが、その笑顔は今にも泣き出しそうに歪んでいた。
「ごめんね。私、いろいろ思い出しちゃった」
瑞希の声は、風に消え入りそうなほど弱々しい。
「雨宮先生のこと。……自分がどうやって死んだのか。全部、思い出したよ」
記憶の封印が解けかけている。雨宮との接触がトリガーになったのか、あるいは死期(儀式)が近づいているからか。
「私ね、選ばれたんだって。街のみんなを災害から守るための、大切な役目に」
瑞希は自分の半透明な手を見つめた。
「先生は言ってた。『君のおかげで多くの人が助かるんだ』って。……だから私、怖かったけど、痛かったけど、我慢したの。私が我慢すれば、みんな幸せになれるならって」
なんてことだ。 この期に及んで、こいつはまだ「誰かのため」なんて思っているのか。 雨宮は、そんな彼女の善性を利用したのだ。純粋な自己犠牲の精神ほど、強力な呪術の触媒になるから。
「でもね、零士くん」
瑞希の目から、光る粒が落ちた。 床には落ちず、空中で霧散する幽霊の涙。
「やっぱり私、嫌だったみたい。死にたくなかった。もっと学校に行きたかった。恋もしたかったし、大人になりたかった……!」
彼女の叫びと共に、部室の窓ガラスがガタガタと共鳴した。 ポルターガイスト現象。彼女の感情の昂ぶりが、物理世界に干渉し始めている。
「瑞希!」
俺は駆け寄り、彼女を抱きしめようとした。 だが。 スカッ。 俺の腕は、彼女の体をすり抜けた。
「え……?」
空振った自分の腕を見て、俺は愕然とした。 今までなら、触れられたはずだ。俺の意志があれば、彼女を実体化できたはずだ。
「無駄だよ、零士くん」
瑞希が悲しげに首を振る。
「私、もう『個』としての輪郭が保てないの。街の楔としての機能が動き出しちゃったから。もうすぐ私は、ただのエネルギーの塊になって……雨宮先生の人形になる」
彼女の体が、ノイズのように激しく明滅する。
「来ないで! 近くにいたら、零士くんの命まで吸い取っちゃう!」
拒絶。 彼女は後ずさり、壁際へと逃げる。 俺は歯を食いしばった。 ふざけるな。ここまで来て、指をくわえて見てろって言うのか。
「関係ない!」
俺は叫んだ。
「吸いたきゃ吸え! 俺の命くらい、いくらでもくれてやる!」
俺は躊躇なく踏み込んだ。 拒絶する彼女の懐に潜り込み、無理やりその細い肩を――「掴む」イメージを全力で叩き込む。 バチバチバチッ!! 激しいスパークが散る。静電気なんてレベルじゃない。魂が削れるような激痛が走る。 だが、俺は離さなかった。
「俺を見ろ、瑞希!」
俺の手が、霧の向こうにある「芯」を捉えた。 ガシッ、という感触。
「いやっ、熱い! 零士くんが死んじゃう!」
「死なない! 俺はしぶといんだよ!」
俺は彼女を引き寄せ、正面から抱きすくめた。 痛い。熱い。冷たい。 全ての感覚が混ざり合うカオスの中で、俺は彼女の耳元で怒鳴った。
「お前は楔なんかじゃない! 人柱でもない! お前はオカルト部の白鷺瑞希だ! 俺がそう決めた! 文句があるなら化けて出てこい!」
「う、うわぁぁぁぁん!!」
瑞希が俺の胸で泣き出した。 その泣き声と共に、彼女の体が急速に熱を帯び、確かな「重み」を取り戻していく。 俺の生命力が削られていくのが分かる。だが、不思議と恐怖はなかった。 後ろで見ていた凛が、呪符を構えながら叫んだ。
「八雲くん! 結界が解けるわ! 街の位相が変わり始めてる!」
窓の外。 夕焼けだった空が、毒々しい紫色に変色していた。 校庭の地面から、黒い靄が立ち上っている。 文化祭の前夜祭。 雨宮の言っていた「儀式」の時間が、始まろうとしていた。
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俺はぐったりとした瑞希を背負い、部室を出た。 隣には、木刀を抜いた凛がいる。
「行くわよ、八雲くん。敵の本丸は地下――旧校舎の真下にある霊脈の制御室だわ」
「地下?」
「ええ。そこが九条院家が管理していた儀式場。雨宮はそこに陣取っているはず」
背中の瑞希が、うわ言のように呟く。
「……聞こえる。先生の声が……呼んでる……」
「聞かなくていい。耳を塞いでろ」
俺は背中の感触を確かめるように、瑞希の足を抱え直した。 温かい。生きている人間の重さだ。 これを「器」だなんて呼ばせない。
「殴り込みだ。オカルト部の活動の一環として、悪徳教師を退治しに行く」
「……フフ。退部届はまだ受理していないものね」
凛が不敵に笑う。 廊下の向こうから、顔のない黒い人影が数体、這いずりながら近づいてくるのが見えた。雨宮の使い魔だ。
「露払いはお任せを。貴方は荷物を落とさないようにしなさい!」
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