幽霊部員は本物の幽霊でした。~オカルト部の日常と非日常~

風船色

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第11話:地下に眠る煉獄

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 そこは、世界から忘れ去られた場所のようだった。  先代部長(と名乗る幽霊)に案内された「裏口」は、旧校舎の掃除用具入れの床板を外した先にあった。  大人が一人ようやく通れるほどの狭いダクト。  だが、そこを流れているのは空気ではなく、もっと粘り気のある、腐った油のような冷気だった。

『へへっ、キツイか? ここは校舎の排気口であると同時に、霊的な「澱(おり)」が溜まるゴミ捨て場だからな』

 先行する先輩幽霊が、半透明な顔だけをこちらに向けてニヤリと笑う。  彼は壁をすり抜けて進めるが、生身の俺はそうはいかない。蜘蛛の巣と埃、そして正体不明のヌルヌルした液体にまみれながら、匍匐前進で進むしかない。

「……最悪だ」

 俺は悪態をつきながら、肘で体を前に引きずる。  膝が擦りむけて痛い。肺に入る空気が重く、息をするたびに鉄の味がする。  だが、止まるわけにはいかない。  この奥に、瑞希がいる。凛がいる。

『なぁ、後輩。お前、なんでそこまでするんだ?』

 不意に、先輩が問いかけてきた。

『瑞希ちゃんはもう死んでる。助けたって生き返るわけじゃねえ。九条院の嬢ちゃんも、言ってみれば自業自得だ。お前一人が逃げたって、誰も文句は言わねえぞ』

「……うるさいな」

 俺は汗を拭い、睨み返した。暗闇の中で、俺の目だけが霊気を帯びて光っているような感覚がある。

「死んでるとか生きてるとか、そんな定義はどうでもいいんです。俺はただ、あの部室での放課後が気に入っていた。瑞希が笑って、俺が本を読んで、たまに邪魔が入る。……あのくだらない日常を壊されたのが、腹立たしいだけです」

 それは本心だった。  正義感なんて大層なものじゃない。  ただ、俺の「聖域」を土足で踏み荒らし、俺の大事な部員を道具扱いした雨宮という男への、個人的な落とし前だ。

『……ハッ、言うじゃねえか。気に入ったぜ、そのエゴイズム』

 先輩は満足げに笑い、天井を指差した。

『着いたぜ。ここが「出口」だ』

 俺たちはダクトの切れ目から、下の空間へと飛び降りた。  着地した瞬間、視界が開ける。  そして俺は、目の前に広がる光景に言葉を失った。

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 そこは、広大な地下空洞だった。  学校の敷地全体がすっぽり収まるほどの巨大なドーム状の空間。  天井はずっと高く、鍾乳洞のように尖った岩が垂れ下がっている。だが、光源はないはずなのに、空間全体がぼんやりと明るかった。

 光の源は、空間の中央を流れる「川」だった。  いや、水ではない。  青白く発光するエネルギーの奔流。  地脈だ。この街の地下を流れる霊的な動脈、いわゆる「龍穴」のエネルギーそのものが、ここで剥き出しになり、荒れ狂っている。

「これが、この街の秘密……」

 俺は圧倒されながら呟いた。  その光景は美しく、そして致命的に禍々しかった。  青白い光の中には、無数の「何か」が混じっている。人の顔のようなもの、叫んでいる口のようなもの、千切れた記憶の断片。  あれが、雨宮が街の人々から奪った魂の欠片なのだろうか。

「……っ、瑞希!」

 俺は視線を巡らせ、叫んだ。  空洞の中央には、古墳のような巨大な石舞台が設置されていた。  その頂上に、小さな人影が見える。  白鷺瑞希だ。  彼女は空中に縫い付けられるように浮遊し、その体には無数の黒い管が突き刺さっていた。地脈から吸い上げられたエネルギーが、管を通して彼女の小さな体に無理やり注ぎ込まれている。

「あいつ……! 瑞希を風船みたいに膨らませて、爆発させる気かよ!」

 許さない。  俺は駆け出そうとした。  だが、その前に立ちはだかるものがあった。

 石舞台の手前、太い石柱に縛り付けられている人影。  九条院凛だ。  彼女は黒い影の蔦(つた)によって柱に拘束され、ぐったりと首を垂れていた。制服はボロボロで、白い肌には痛々しい痣がいくつも浮いている。

「凛!」

 俺は進路を変え、彼女の元へ走った。  石柱の周りには、番犬代わりの使い魔――黒い犬のような形をした影が数体、徘徊していた。  俺に気づいた影たちが、牙を剥いて飛びかかってくる。

『おっと、そいつらは俺の担当だな!』

 背後から先輩幽霊が飛び出した。  彼は空中で野球のバット(どこから出したんだ?)を構え、フルスイングを見舞う。  カキィィン!  快音と共に、影の犬が弾き飛ばされ、霧散する。

『俺も元・球児でね! ここは俺が食い止める! お前は会長ちゃんを助けろ!』

「恩に着ます、先輩!」

 俺は先輩の援護を受け、犬たちの隙間を縫って凛の元へと滑り込んだ。

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「凛! しっかりしろ!」

 俺は凛の頬を軽く叩いた。  彼女はうっすらと瞼を開け、虚ろな瞳で俺を見た。

「……八雲、くん……?」

 声が掠れている。  彼女の体を縛っている黒い蔦は、ただの物理的な拘束具ではなかった。脈動し、彼女の霊力を吸い取っているのだ。

「馬鹿ね……逃げなさいって言ったのに……ここはもう、彼の領域よ……」

「アンタを置いて逃げたら、一生寝覚めが悪いんでね」

 俺は蔦に手をかけた。  ジュッ、と音がして、掌が焼け付くような熱さを感じる。  強力な呪術障壁だ。普通の人間なら触れただけで手が炭化し、退魔師でも解呪に時間を要する代物だろう。

 だが。  俺は「普通」じゃない。  俺は霊を「掴める」。霊的なエネルギーを物理的な質量として認識し、干渉することができる。

「く……おおおおっ!!」

 俺は痛みを無視して、蔦を両手で鷲掴みにした。  熱い。痛い。指の皮が溶けるような感覚。  雨宮の悪意が、直接神経に流れ込んでくる。  『無駄だ』『諦めろ』『お前ごときに何ができる』  脳内に響くノイズ。

「黙れ……俺は、ノイズには慣れてるんだよ!」

 俺は叫び、全身全霊の力で蔦を引きちぎった。  ブチブチブチッ!!  鋼鉄のワイヤーを引きちぎるような重い手応えと共に、黒い影が寸断される。

「きゃっ!」

 拘束を解かれた凛が崩れ落ちる。俺は慌てて彼女を受け止めた。

「はぁ、はぁ……大丈夫か?」

 俺の両手は真っ赤に腫れ上がり、煙を上げていた。  凛は目を見開き、俺の手と、ちぎれた影の蔦を交互に見た。

「貴方……本当に、デタラメね……」

 呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな声。  凛は俺の肩を借りて、ふらつきながらも立ち上がった。  その瞳には、再び「鉄の生徒会長」としての強い光が宿っていた。

「借りは返すわ。……それに、あんな格好悪いところを見られたままじゃ、九条院の名折れよ」

 彼女は懐から、一枚だけ残っていたしわくちゃの呪符を取り出した。  たった一枚。だが、今の彼女の気迫があれば、それで十分に見えた。

「行きましょう、八雲くん。私たちの部員を取り戻しに」

「ああ、行こう」

 俺たちは並んで歩き出した。  目指すは中央の石舞台。  そこでは、黒い法衣を纏った雨宮誠が、指揮者のように両手を広げ、瑞希へのエネルギー充填を加速させていた。

4

 石舞台への階段を登る。  一段登るごとに、空気が重くなる。重力が増したかのような圧迫感。  濃厚な瘴気が、肌を刺す。  そして、あの甘い匂い――腐ったバニラの香りが、吐き気を催すほど濃密に漂っていた。

「ようこそ、煉獄へ」

 頂上に辿り着いた俺たちを、雨宮は拍手で迎えた。  背後には、磔にされた瑞希。  彼女は目を閉じ、意識を失っているようだったが、その表情は苦悶に歪んでいた。

「驚いたよ。あのダクトを通ってくるとはね。君たちの執念深さには感服する」

「御託はいい。瑞希を返せ」

 俺は睨みつけた。  雨宮は肩をすくめ、愛おしそうに瑞希の頬を撫でた。

「返す? 何を言っているんだ。彼女はもう『瑞希くん』じゃない。見てごらん」

 雨宮が指を鳴らす。  瑞希の体がカッと発光した。  その光の中に、別の映像が浮かび上がる。  知らない女性の笑顔。古い景色。見たこともない記憶の断片が、走馬灯のように周囲に映写される。

「注入は90%完了した。今、彼女の中身は、僕が愛した『彼女』の記憶と人格に書き換えられつつある。あと少しで、白鷺瑞希という人格は完全に消滅し、器としての肉体だけが残る」

 雨宮は恍惚とした表情で語る。

「美しいだろう? 一人の少女の犠牲で、死を超越した奇跡が起きるんだ。これは科学と魔術の融合、愛の勝利だよ!」

「ふざけるなッ!!」

 俺の怒号が響く。

「愛? そんなの愛じゃない! お前の自己満足だ! 死んだ人間は戻らない。だからこそ、今生きている人間を大切にするんだろ! お前がやってるのは、ただの現実逃避だ!」

「……現実逃避、か」

 雨宮の笑顔がスッと消えた。  氷点下の冷徹さが戻る。

「生者には分かるまい。永遠に失われたものを取り戻すために、どれほどの代償が必要か。……君のような小僧に説教される筋合いはない」

 雨宮が右手を掲げた。  地脈のエネルギーが彼の手元に収束し、巨大な黒い鎌のような形状を成す。

「儀式のフィナーレには少し早いが、君たちを生贄として捧げよう。九条院の血と、特異体質の少年の魂。……『彼女』の目覚めを祝うには、悪くない供物だ」

 ゴォォォォォ!!  雨宮の背後から、無数の黒い影が津波のように立ち上がった。  圧倒的な質量。  凛が身構えるが、今の消耗した彼女では防ぎきれないのは明らかだった。

 だが、俺は一歩も引かなかった。  俺には「視えて」いた。  雨宮の背後、磔にされた瑞希の指先が、微かに、本当に微かに動いたのを。

 あいつはまだ、消えていない。  あの中で、必死に戦っている。  なら、俺が諦めるわけにはいかない。

「凛、防御は任せる! 俺が道をこじ開ける!」

「……無茶苦茶ね。でも、信じるわ!」

 凛が最後の呪符を構える。  俺は拳を握りしめ、黒い津波に向かって駆け出した。

 勝算なんてない。  あるのは、意地と、約束と、瑞希の手の温もりの記憶だけ。  オカルト部・最終活動。  部長権限発動。  活動内容は――「幽霊部員の奪還」だ!
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