幽霊部員は本物の幽霊でした。~オカルト部の日常と非日常~

風船色

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第13話:瑞希の記憶、雨宮の絶望

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 世界が崩壊していく音がする。

 地下空洞の天井から、巨大な鍾乳石が次々と落下し、地面を砕く。  中央を流れる地脈の川は、もはや美しい青色ではない。ドス黒く濁った赤色の泥流となり、渦を巻きながら水位を上げている。  行き場を失った膨大なエネルギーが、臨界点を超えて暴発しようとしているのだ。

「――八雲くん、伏せて!」

 下から駆け上がってきた凛の声。  俺は瑞希を抱きかかえたまま、石舞台の床に伏せた。  頭上を、黒い衝撃波が通り過ぎていく。

「なんなんだよ、これ……! あいつ、心中する気か!?」

 俺が顔を上げると、そこには異形の姿があった。  雨宮誠だ。  彼は半身を黒い泥のようなエネルギーに飲み込まれながら、なおも執念でそこに立っていた。  白衣は破れ、端正だった顔の半分は影に侵食され、崩れ落ちている。

「あぁ……ああぁ……僕の、僕だけの『陽子(ようこ)』……!」

 雨宮が虚空に向かって手を伸ばす。  その口から漏れるのは、呪詛ではなく、哀れなほどの愛の言葉だった。

「なぜだ……なぜ戻ってこない……器は完璧だったはずだ……君のために、最高の素材を用意したのに……!」

 彼が見ているのは、俺たちではない。  過去の幻影だ。  俺は瑞希を凛に預け、ふらつく足で立ち上がった。

「陽子……それが、お前が蘇らせようとした相手か」

「……そうだ。僕の妻だ。才能ある魔術師だったが、実験中の事故で……魂ごと、虚無に消えた」

 雨宮の残った片目が、狂気と涙で濡れていた。

「魂の残滓を集めるのに10年かかった。彼女を入れる器を探すのに、さらに数年……。そして見つけたのが、その子だ」

 雨宮の指が、瑞希を指差す。

「霊的適性が高く、無垢で、そして何より――『自分』という確固たる執着を持たない、空っぽの少女。彼女こそが、陽子を迎えるための揺り籠(クレイドル)だったんだ!」

2

「空っぽ……?」

 凛に支えられていた瑞希が、ふらりと前に出た。  彼女の顔色は悪い。だが、その瞳には、今までに見せたことのない静かな光が宿っていた。

「違うよ、先生」

 瑞希の声は、崩壊音の中でもはっきりと響いた。

「私は空っぽなんかじゃない。……私、全部思い出したから」

 彼女は俺の制止を振り切り、異形と化した雨宮へと歩み寄る。

「瑞希、近づくな!」

「大丈夫だよ、零士くん。……ちゃんと、お別れしなきゃいけないの」

 瑞希は石舞台の縁に立ち、雨宮を見下ろした。  3年前の記憶。  封印されていた「死の瞬間」が、彼女の口から語られる。

「あの日、先生は私をこの地下に連れてきたよね。『街の霊脈が暴走しそうだ。君の力があれば、みんなを助けられる』って」

 雨宮の動きが止まる。

「……私は、怖かった。死ぬことになるかもしれないって、なんとなく分かってた。でも、先生が必死だったから。私の大好きなこの街と、学校と、友達を守るためだって言ってくれたから」

 瑞希は悲しげに微笑んだ。

「だから私、頷いたんだよ。『私でいいなら、使ってください』って」

 その言葉を聞いた瞬間、雨宮の顔が憎悪に歪んだ。

「黙れ……! 黙れ黙れ黙れッ!!」

 雨宮が激昂し、影の腕を振り回す。

「その顔だ……! 儀式の祭壇に座った時、君は笑っていた! 自分の命が奪われるというのに、恐怖に泣き叫ぶこともなく、聖女のように微笑んで! それがどれほど僕を苛立たせたか!」

 雨宮は叫ぶ。

「僕は君を人柱にするために騙したんだぞ! 君の善意を利用して、殺したんだ! なのに、なぜ君は僕を恨まなかった! なぜ、『私のせいで奥さんが戻らなくて残念ですね』なんて顔ができるんだ!」

 それは、雨宮自身の罪悪感の裏返しだったのかもしれない。  彼は瑞希の純粋すぎる自己犠牲を前にして、自分の醜いエゴイズムを突きつけられたのだ。だからこそ、彼女の人格を消し去り、ただの「器」にすることに固執した。

「恨んでないよ、先生」

 瑞希は静かに首を振った。

「先生は奥さんに会いたかっただけなんでしょ? その気持ちは、今の私には分かる気がするから」

 彼女は俺の方をちらりと見て、頬を染めた。

「でもね、今はちょっとだけ怒ってる。……私、やっぱり生きたかった。零士くんと出会って、クレープ食べて、水族館に行って……『生きる』ってこんなに楽しいんだって知っちゃったから」

 瑞希は胸に手を当て、力強く宣言した。

「だから、私の体も心も、もう先生にはあげない。これは私のものです!」

3

 瑞希の拒絶。  それは、雨宮の計画の完全なる破綻を意味していた。  器自身が強い意志を持って「生」を主張したことで、反魂の術式は根底から崩れ去ったのだ。

「あ……あああ……」

 雨宮が崩れ落ちる。  彼を構成していた影が溶け出し、足元の濁流へと混ざっていく。

「終わった……僕の夢が……陽子……」

 絶望に染まったその姿は、もはや魔術師ではなく、ただの哀れな敗北者だった。  だが。  彼の絶望は、最悪のトリガーを引いてしまった。

 ゴォォォォォォォッ!!

 地脈の濁流が、雨宮の負の感情を吸収し、爆発的に膨れ上がったのだ。  制御を失ったエネルギーが、巨大な柱となって天井を突き破ろうとする。

「まずい! 八雲くん、逃げて! ここが吹き飛ぶわ!」

 凛が叫ぶ。  だが、逃げ場などない。ダクトへ戻る道は、崩落した岩で塞がれている。

「クソッ……ここまで来て、終わりかよ!」

 俺は瑞希を抱き寄せ、飛んでくる礫から彼女を庇った。  その時。  俺の腕の中で、瑞希が呟いた。

「……ねえ、零士くん。怒らないで聞いてね」

「なんだ、こんな時に!」

「私、やっぱり『楔』なんだと思う」

 瑞希は俺を見上げた。その瞳は、3年前に雨宮に向けたものと同じ――あまりにも穏やかで、慈愛に満ちた「微笑み」を浮かべていた。

「この暴走を止められるのは、私しかいない。私がもう一度、人柱になって地脈に溶ければ、エネルギーを鎮められる」

 俺の頭の中が真っ白になった。

「は……? 何を言って……」

「みんなを助けたいの。凛ちゃんも、先輩も、街の人たちも。そして何より、零士くんを死なせたくない」

 瑞希の手が、俺の頬に触れる。  冷たくて、優しい手。

「ありがとう、零士くん。私のこと、見つけてくれて。名前を呼んでくれて。……私の人生、最後の数日間が一番幸せだったよ」

 彼女の体が、光の粒子となって分解し始める。  自らの魂をエネルギーに変え、暴走する地脈と相殺しようとしているのだ。

「ふざけるなッ!!」

 俺は彼女の手首を掴んだ。  火傷だらけの手で、力任せに。

「痛っ……」

「自己犠牲? 美しい話だな! 感動的だよ! でもな、俺はそれが一番嫌いなんだよ!」

 俺は怒鳴った。  雨宮への怒り以上の激情が、腹の底から湧き上がってくる。

「『私でいいなら』? 『みんなのために』? 自分を安売りするな! お前の命は、お前だけのものだろ! 誰かの踏み台になって満足するような人生で、俺が納得するとでも思ったか!」

「で、でも……このままだと零士くんが……」

「俺がどうなろうと知ったことか! 俺はな、お前が消えるくらいなら、世界が滅んだ方がマシだと思ってる最低の男なんだよ!」

 俺の言葉に、瑞希が目を丸くする。  凛も、そして幽霊の先輩も、唖然として俺を見ている。  知るか。俺は本気だ。

「瑞希。お前が3年前に浮かべたその『笑顔』。雨宮はそれに絶望したかもしれないが、俺にとっては最高にムカつく笑顔だ。……二度とそんな顔をするな」

 俺は彼女を強く引き寄せ、抱きすくめた。  光になりかけた彼女の体を、俺の「認識」と「執着」で、無理やりこの世に繋ぎ止める。

「生きたいって言っただろ。なら、最後まで足掻け。綺麗な自己犠牲で終わらせるな。泥臭くても、わがままでも、明日も明後日も俺のそばにいろ!」

「零士くん……う、うわぁぁぁん!」

 瑞希が俺の胸で泣きじゃくる。  光の粒子が収まり、彼女の体温が戻ってくる。  だが、状況は変わらない。  地脈の暴走は止まらず、赤い濁流はついに石舞台を飲み込もうとしていた。

「……じゃあ、どうするのよ八雲くん! このエネルギーをどうにかしないと、結局みんな死ぬわよ!」

 凛が悲鳴交じりに叫ぶ。  そうだ。人柱を使わずに、この膨大なエネルギーを処理する方法。  俺は濁流を見つめた。  触れる。掴める。干渉できる。  俺の能力。  霊的な物質を、物理的な質量として扱える力。

「……ある。一つだけ、方法が」

 俺は瑞希を凛に預け、一歩前へ出た。  石舞台の縁。眼下には、煮えたぎるエネルギーの渦。

「俺が『アース』になる」

「は?」

 凛が素っ頓狂な声を上げた。

「俺の体を通して、この暴走エネルギーを掴み取り、安全な場所へ放電する。……俺にしかできない荒技だ」

「死ぬわよ!? 街一つ分のエネルギーよ!? 人間の体が耐えられるわけない!」

「やってみなきゃ分からないだろ」

 俺はボロボロの両腕を掲げた。  震えが止まらない。怖い。当たり前だ。  でも、背後で泣いている瑞希を、二度と「人柱」になんかさせない。  そのためなら、俺は喜んで避雷針になってやる。

「凛、瑞希を頼む。……先輩、もし俺が消し炭になったら、幽霊部員としてよろしく頼みますよ」

『へっ、威勢がいいこった。特等席を用意して待っててやるよ』

 先輩がニヤリと笑う。  俺は深呼吸を一つ。  そして、眼下の赤い濁流に向かって、身を投げ出した。


 視界が赤に染まる。  熱。圧力。絶叫のようなノイズ。  俺は両手を広げ、暴れ狂う龍の顎へと手を伸ばした。

 来い。  全部、俺が受け止めてやる。
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