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1章 追放と受け入れ
11話 ありがとう、の言葉はなぜかベッドの上で
しおりを挟むちょうどお昼時ということもあった。
女性ーーレティ・アレンの家へと招かれたハイネらはまず、食卓のご相伴に預かることになる。
彼女はここ数年で両親を亡くし、妹のサリと二人暮らしだったらしい。
その話を聞いたナナは、
「妹のために働いて、しかも身代わりまで申し出るなんて……! なんて素敵な方なんでしょう」
うるうると涙を溜め、いたく感心していた。
天使らしいというべきか、人情噺に弱いらしい。
実際、レティは心の優しい女性だった。
ハイネらのためなら、と喜んで料理に当たってくれる。
その気分はよさそうだったが、料理をテーブルに運んでくる段になって、ややトーンダウンする。
「すいません、ハイネさん。命の恩人様に、これくらいしか出せなくて。本当はもっと、豪勢に仕上げたかったんですが……」
「……? 十分な量だと思います。むしろ、こんなにいただいても構わないんですか?」
「えっ、はい、これくらいでよいのなら…………。あの、少ないですよね?」
レティは、たしかめるように問いかけてくる。
が、ハイネには、そうは思えなかった。
テーブルの上には、大根を湯がいたものに、白菜、白米まで。
色味こそ寂しいが、十分に豪勢でさえある。
「いえ、まったく思いませんよ。むしろ、こんなにありがとうございます」
ハイネが教会で食べてきたご飯はもっと貧相なものばかりだ。
米がふやかさずに食べられることなんて、祭りの日以外はなかった。乾パンでさえ、いつも水に浸して食べていた。
むしろ贅沢だとまで、ハイネは思う。
ナナも、とくに気にしてはいないようだった。
呪いの首輪により、ハイネの中に閉じ込められているうち、同じ感性になったのかもしれない。
申し分のない、満面の笑みを浮かべていた。
ちなみに、天使といえど姿現しをしている以上は、人となんら変わらないらしい。
「お腹は空くし、疲れるんですよ。不便ですよね」
とのことだった。
たしかに、これまで不要だった身からすれば、そうかもしれない。
二人の反応に、レティは何度も瞬きをして、戸惑った声で尋ねる。
「ハイネさん、あの代官を追い払った方なんですよね?」
「一応、そうなりますね」
「あれだけの人数を一人で追い払えるくらい、強い方なら、もっと裕福な食事をされているものかと…………」
踏み込みすぎた、とここで思ったらしい。
レティは「すいません、忘れてください」と口を覆い、フォークを手にする。
「自らを律して質素な生活をなされているなんて、やはり、とても素敵な方ですね」
わざわざここで、自分が捨て子であったことを言う必要もないだろう。
ハイネはレティに感謝しつつ、出してもらった料理を食べすすめた。
丸一日ぶりの食事は、身に心に、沁み渡るように美味かった。
「うーん!! ご飯って10年ぶりに食べましたけど、やっぱりいいですね!」
言い方は若干誤解を生みそうではあったが、ナナも大満足だったらしい。
また羽が強くはためいていた。
ただ一点、
「ミーネ様、今日も美味しゅうございました」
レティとサリが食後、こんなふうな祈りを捧げていたとき、ナナは可愛い顔をむっと顰めていた。
この国に住む人で、あの儀式を行わない者はほとんどいない。
つい先日まで、ハイネも盲信的にそれにならってきたわけだが…………
ここは、愛想笑いで誤魔化しておいた。
もう、なんの疑念もなしに、創造神・ミーネを信奉することはできない。
♢
その後、ハイネとナナは交互に、簡易浴場にて身を清めた。
加熱、保温効果のある魔石で井戸水を沸かした、お湯だ。
教会にいた頃は、数分、冷水しか浴びさせてもらえていなかったハイネは、つい長風呂をしてしまう。
そののち、二人は階上へと通された。
至れり尽くせりだ。
藁のベッドが用意してあり、自由に使ってよいのだと言う。
早速、腰を下ろさせてもらうと、ちょうどよい弾力だ。
いつも寝ていた、教会の角ばったベッドよりずっと柔らかい。
「サリが用意したの。……どう?」
「うん、よくできてるね」
「よかった、嬉しい。お兄ちゃんたちのためだから、頑張った」
その心遣いは素直にありがたかったのだが、一つだけ問題があるとすれば、
「仲良く一緒に寝て。夫婦は同じお布団被るって聞いてる」
用意されたベッドが、1台であるということ。
「まぁ♡」
と、ナナは頬を赤に染める。
とんだ勘違いをされてしまっていたらしい。サリが一階へと降りていってから、
「……ナナさん、使わせてもらうといいよ。僕、床で寝るから」
ハイネは頭を抱えつつ言った。
別に、床で寝ることに抵抗感はないのだ。埃まみれの倉庫よりひどい環境でないかぎり、問題なく休める。
「えぇ、ダメですよ。せっかく、わたくしたち二人のために、用意してくれたんですし~」
「……それは、そうだけど。ナナさんはそれでいいの? 僕なんかと同じベッドで寝て…………」
「もちろんです! むしろ待ち侘びていました、この時を! もう我慢の限界だったんですよ」
「えぇっと、どういうこと?」
「ハイネ様の中にいたときから、夢だったんです。こうして同衾することが!」
ナナは跳ねるようにして心地よさげに鼻歌を鳴らして、ベッドへと飛び乗る。
天使の服装は自由自在らしい。
衣装をあっという間に、寝巻きへ着替えてしまって、女の子座りになった。
背中から羽をはためかせて、
「……さ? 来てください。わたくしと一緒に気持ちよくなりましょ」
「な、な、ナナさん!?」
「ただ一緒に寝るだけじゃないですかぁ~、ハイネ様♪」
上半身をベッドから迫り出すように伸ばしてきて、彼女は俺の腰にしがみつく。
思いがけないことに、対処できなかった。
ぐいっと引き寄せてくるので、そのままベッドの中へと引き摺り込まれる。
ナナの身体は、もうかなり火照っていた。
「あぁ、あぁ、ハイネ様が、こんなに近くに! 抱きしめても?」
「……よくないよ」
「えぇ、いいじゃないですかぁ」
ナナの綺麗に整った、天使らしい顔に見つめられれば、勝手に顔が熱くなる。
ハイネは、身体を反対へと返した。
が、それが悪手だったらしい。天使様は、ハイネの体を背中から抱いて、
「これで幸せに寝られそうです~」
などと言う。
胸も柔らかければ、身体は熱いし、這う指は冷たい。
ハイネにしてみれば、むしろ寝られる気がしなかったのだが……
溜まっていた疲労が、緊張に勝った。
意外なことに、ハイネはすぐ眠りに落ちた。
未知ばかりの体験に、知らぬうちにかなり疲れていたらしい。
そのまま丸一日弱寝て、翌朝。
ハイネが目を覚ませば、なぜかベッドの上では、少女・サリまで健やかな寝息をたてていた。
「なんだろう、これ」
とハイネは寝起きで思考がはっきりしないことも相まって、頭を抱える。
だが、
「……お兄ちゃん、ありがとう」
こんなサリの言葉を聞いて、優しく微笑むのだった。
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