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四章 スーパーバイザーとして
61話 お泊り
しおりを挟む「すいません、こんな時間まで」
長い長い、打ち明け話になってしまった。
鴨志田は、なにも言わずに首を横へ振る。
お茶は手をつけられておらず、好物たるクッキーさえ一枚も減っていなかった。
「それで、後輩。明日のデモは、どうするつもりだったんだ」
「……やりますよ、仕事ですもん」
「できないだろうが、そのままじゃあ」
「だから練習しようと思ったら、鴨志田さんが」
そんな域でないことは、分かっているのだけど、諦めたくはなかった。
鴨志田はクッキーを一気に口へ詰めると、それを流すかのようにお茶を飲み干した。
でんと胡座をかくと、腕組みをして目を閉じる。
「なぁ後輩。今日泊まっていってもいいか」
「…………はい?」
希美の頭が真っ白になった。
「人を泊める用意ぐらいあるんだろ? 友達が来た時用とか」
「そりゃありますけど……。でも、鴨志田さんの家みたいに高級な奴じゃないですよ。通販で買ったやつで──」
と、普通に答えてしまったがそうではない。
「それで十分だよ。まだ床に寝て腰を痛める歳でもないし」
えぇ、と希美が声を上げたのは間もなくだった。隣人迷惑という常識が、一時的に吹き飛ばされてしまった。
「な、なんで! たしかにもう遅いですけど、車があったら帰れますよ!」
「俺がいなくなったら、すぐ包丁使うつもりだろ。顔に書いてんぞ」
図星だった。いとも簡単に見抜いてしまうのだから、その慧眼は恐ろしい。
「使いませんから! 絶対、きっと、たぶん……!」
「どんどん信憑性薄れてんの気付いてるかー」
希美は、鴨志田の肩を揺すってみる。石像のごとく、頑として動かない。
「ちなみに、余計な心配はするなよ。誓って変なことはしないから。きゅう、なんて鳴かないよ、俺は。それに──帰るの面倒くさいしな」
「この省エネ男め!」
鴨志田は、そのまま後ろへ倒れる。あくびを一つ、今にも眠りそうな調子だ。
ふざけているのかと思うが、鴨志田の本意が別にあることは希美にはもう分かっていた。
この人は、純粋に希美のことを案じてくれている。
そう思うと、その美丈夫を極めたような寝顔に関係なく、希美の心にぽっと火が灯る。
「分かりました、分かりましたから。鴨志田さん、せめてお風呂入ってください。スーツのまま寝たら、べとべとになりますよ」
鴨志田は返事をしない。でこをピシッと叩けば、
「……助かるよ」
やっぱり狸寝入りだった。
急な来客、それも男性を泊めるなど、思ってもみないことだった。
彼氏ゼロで二十余年間を生きてきた希美の家に、男性用のアイテムがあるはずもない。
あるものは使っていいからとしたうえで、近くのコンビニで物を補給した。
日付が変わった頃、あっさり消灯する。
鴨志田の公言通り、なにも起こらなかった。
彼が寝ている布団から、すぐに寝息が立つ。変な意識をしているわけでもないが、希美は眠れなかった。
暗闇に目が慣れてくる。うつ伏せに肘をついて、鴨志田を見つめた。
この人がいてよかった。なにも今日に限った話ではなく、この部署にきてからはずっと彼に支えられている。
「……ありがとうございます、鴨志田さん」
「ちゃんと面と向かって言えよ」
起きてんのかい! と希美は、即座に突っ込んでいた。
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