8 / 48
1章
8話 モブキャラ男爵令嬢の私、なぜか王子の恋人役になる。
しおりを挟む『黒の少女と白王子』の世界にやってきてから、かれこれ数週間。
私は、男爵令嬢アニータ・デムーロとしての生活にすっかりと慣れ始めていた。
はじめは朝目覚めるたび椿紋様の彫られたベッドの豪華さに圧倒されたものだが、今やそれも薄れた。
ハウスメイドにお世話されることも、ご令嬢方と話す際の華美な言葉遣いにも、身体は順応しはじめている。
「…………何回見ても、おもちゃのセットみたいな街よね」
ただ、王都の街並みだけは違った。
この世界をより詳しく理解するためには、アニータの記憶にだけ頼ってはいられない。
もう何度も散策したのだけど、未だに全てが新鮮なものとして目に飛び込んでくる。
ーー王都・シュバルツ。
海沿いにあるこの街は、あらゆる建物がライトブルーやライトグリーンなどの明るい色味で塗られている。
街の中心にあり、少し高台になっているこの大噴水横の時計台から見下ろせば、まるで絵の具のパレットを見ているかのよう。
それこそ作り物にしか見えない。
けれど、中に降りてみれば存外にごみごみとしていて、階段が多かったりなんかして、ちゃんと人の生活が根付いているのだ。
現代で言うなら、間違いなく映える光景ね……。
うまく撮ってインスタに投稿したなら、きっと2000いいねは確実!
私は束の間、霧崎祥子の気持ちに戻って景色に目をやる。
そうやって、アニータとしての感情から逃れようとしていた理由は一つだ。
「やぁ、もう来ていたんだね? 待ち合わせよりは早く来たつもりだったのだけど」
ちょうど靴音がして私は後ろを振り返る。
ハットのつばを上げて微笑むのは、今をときめくエリゼオ・メローネ第五王子その人だ。
変装用にと、私が贈った質素でシンプルな服を身につけていた。
けれど、その育ちのよさは隠しきれていない。
「………いえ、気にしないでください。そこまで待ってませんよ」
「そうだとしてもこういうものは、男が先に待っているものだと耳にする。次からはより早く来るようにするさ」
「それじゃ待ち合わせ時間の意味がありませんよ」
「あぁ、言われてみればそれもそうだね……。まぁいい、無事に会えたんだ。とりあえず、いこうか」
なんだろう、このデート1回めかのような初々しい会話は!
現代ですら遠い過去の記憶だ。
私は心で悲鳴をあげながら、無理に笑顔をこさえて、今に至る経緯を思い返す。
エリゼオを、王家のしがらみから救うため。
その名目のもと、私が考えついたシナリオは単純なものであった。
名付けて、『多感なお年頃ですものねぇ大作戦』だ。
まずエリゼオには、あたかも一人の女性に心酔したかのように振る舞ってもらう。
次に、その原因が「望まず政治の駒にされたことへの反発」だと王家側に思わせるよう仕向け、彼の扱いを改めさせるのだ。
あえて困った行動をとることで、相手の譲歩を引き出そうというわけである。
問題は、その偽恋愛相手だ。
あれだけ茶会で女性に囲まれる彼のことである。
よりどり選び放題だろうと思ったのだけど、関係が深いものは一人としておらず、頼めるような相手はいないらしかった。
「うーん。誰かいないかしら。たとえば、伯爵令嬢のリーナ嬢とかどうです?」
「……その役回りは、君じゃいけないのかな」
「えっ」
「君がその役になってくれれば、余計な人に話さずに済む。作戦が漏れる余計な可能性を減らせるだろう?」
私に白羽の矢が立ったのは、そこだ。
人って驚きすぎると本当に固まるんだ、とその時はじめて知った。
自分が偽の恋人役をやろうだなんて考えてもみなかった。
けれど、たしかに要素だけなら揃っていた。
身分差のある女性に恋焦がれてもらう方が、恋愛にのめり込んでいる感はぐっと増す。
その点、男爵令嬢である私はおあつらえむきであった。
そうなると自分から首を突っ込んだ以上、断れなかった。
「ではアニータさん、今日は事前の計画通りいこうか。シナリオとやらを書き換える第一歩を踏み出そう」
「は、はい。とりあえずはまず、城から抜け出して女性と密会していることを近臣の方々に気づいてもらうことからですね……!」
「えぇ、ではそのように」
デートプランは、事前に調査も済ませて、しっかりと組んであった。
シナリオライターとしての意地だ。
全てはリアルなお忍び感を演出するため、細部にまでこだわった。
ただし、それもこれも自分ではない誰かを彼女役に考えていたから妄想が捗ったのである。
そこに自分が収まると知っていたなら、もっと安パイなプランを組んだのに……。
「では、アニータさん。あの船着場でボートを借りれば良いのかな?」
「そ、そうみたいですね」
「みたい、って君が考えたんじゃないのかい?」
少なくとも、いきなり二人乗りボートはあり得ない。
初回デートとしては攻めすぎだ。
11
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」
魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
追放された令嬢ですが、隣国公爵と白い結婚したら溺愛が止まりませんでした ~元婚約者? 今さら返り咲きは無理ですわ~
ふわふわ
恋愛
婚約破棄――そして追放。
完璧すぎると嘲られ、役立たず呼ばわりされた令嬢エテルナは、
家族にも見放され、王国を追われるように国境へと辿り着く。
そこで彼女を救ったのは、隣国の若き公爵アイオン。
「君を保護する名目が必要だ。干渉しない“白い結婚”をしよう」
契約だけの夫婦のはずだった。
お互いに心を乱さず、ただ穏やかに日々を過ごす――はずだったのに。
静かで優しさを隠した公爵。
無能と決めつけられていたエテルナに眠る、古代聖女の力。
二人の距離は、ゆっくり、けれど確実に近づき始める。
しかしその噂は王国へ戻り、
「エテルナを取り戻せ」という王太子の暴走が始まった。
「彼女はもうこちらの人間だ。二度と渡さない」
契約結婚は終わりを告げ、
守りたい想いはやがて恋に変わる──。
追放令嬢×隣国公爵×白い結婚から溺愛へ。
そして元婚約者ざまぁまで爽快に描く、
“追い出された令嬢が真の幸せを掴む物語”が、いま始まる。
---
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる