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一章 山梨・ほうとう、群馬・おっきりこみ
一章 山梨・ほうとう、群馬・おっきりこみ(7)
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「佐田さん、どういたしましょう?」
「えっ、私ですか」
「はい。あなたのご意見をください」
私は真剣に考えはじめんとして、首を振る。いやいや、ただのバイト(それも臨時)に任されていい判断ではなかろう。法学に聡いわけでもない。
「申し訳ありません。言葉が足りませんでした。私は彼が妨害行為を取りやめ、心を入れ替えて営業なさるなら、許してもいいと思っております。けれど害を被ったのは私だけではありませんから」
彼ははじめから、私が被害者だと気づいていたようだ。なるほど、そういうことなら。
「私は、別に大した怪我もなかったので大丈夫です」
「……とのことです。もしあなたに、お客様に来て欲しい、という思いがあるなら。やることはライバル店に居座ることではないと思いますが」
「……ライバルか、そうか」
「えぇ、私は、あなたの店を格下などと思ったことはございません」
「……すぐ店に戻る。なぁお願いだ、このほうとうとおっきりこみの分は、お金を払わせてくれ。
いや、ここにいる客の分はみんな払わせてくれないか。今回は巻き込んじまったしな。それだけでこれまでのことが許されるとは思っていないが、せめてもだ。頼む」
にわかに沸き上がる店内を見て、店長は苦そうに顔を歪める。
そりゃあそう、こうなったら断れるものでもない。渋々といった様子だが彼は首を縦に振った。
男が代金を払って、深々と頭を下げて退店をしたら、騒ぎは収束となった。
「少し休みます」
と残して、江本さんはキッチンの裏へ引き下がっていく。よほど疲れたのか、若干よろめきながら。
「普段はあんまり喋らないからねぇ、あの人。でもたまに今みたいに郷土料理のことで熱くなると一気に話して、今度はスイッチ切れちゃうみたいのなのよねぇ」
「あぁなったらしばらくダメになるみたいよ」
「難儀ねぇ、お料理探偵も」
とは、おばさま方の雑談。
「お料理探偵…………」
聞き慣れない単語の組み合わせだ。だが、たしかに彼にはぴったりの呼称かもしれない。さっきの推理はよく冴えていた。それに、探偵ってホームズしかり変な人が多い。その点、あの人は十分に変わっている。
「そう勝手に呼んでるのよ、私たちが。たまーにこうしてお店でなにかあるとすっぱり解決しちゃうから。あなた、新しいバイトさん?」
「あ、はい! まぁ」
「悪いけど、注文聞いてくれる? またスイッチ入れるには、郷土料理しかないらしいのよ」
なんだか郷土料理がガソリンみたいだ。江本さんは、燃費の悪いかわりに爆発力があるレースカーといったところか。
私は注文つまりは燃料を集めて、キッチンのさらに奥、江本さんが消えていった店の裏手に行く。ぱっと見では、人影はなかった。どこにいるのだろう、捜索を始めて少し、音がしたのは、日本酒棚の奥から。
まさかと思って引くと、簡単に開く。どうやら隠し扉になっていたらしい。中は、それなりに幅のある倉庫だった。
そこに、彼はいた。だが見つけなければよかったかも、と私は後悔をした。
両脇に山積みになった材料たちの真ん中、パイプ椅子に座る江本さんは
「これは佐田さん。……違います。俗に、いももちという北海道の郷土料理でして。糖分を補給するには最適なのです。それだけではなくてチーズが疲労の回復に有効で──」
がっつりスイーツタイム、そしてがっつり言い訳。
ちょうど、白く生地が横に伸びるのを見てしまった。慌てて隠そうとしたのだろう、もちを後ろへもっていこうとするが、どうも熱かったらしい。お手玉のように、いももちを弄ぶ。いや、弄ばれている、といったほうが正確だ。
私は、こういうのには弱い。そして私は残念なことに我慢が苦手だ。
「あははっ、もち! 美味しそうですけど、もちって!」
「ただのもちではございませんが。いりますか」
この人はすごいんだか、なんなんだか。もう笑いが止まらなくなってしまう。むせ込んだりなんかまでして。そうしつつ、私は彼に感謝をした。
二度も、現実を忘れさせてもらった。夢を見させてくれた。これで少しは、明日からの気力を取り戻せた気がする。
まだしばらくは、地面に這いつくばらずにやっていけそうだ。
「えっ、私ですか」
「はい。あなたのご意見をください」
私は真剣に考えはじめんとして、首を振る。いやいや、ただのバイト(それも臨時)に任されていい判断ではなかろう。法学に聡いわけでもない。
「申し訳ありません。言葉が足りませんでした。私は彼が妨害行為を取りやめ、心を入れ替えて営業なさるなら、許してもいいと思っております。けれど害を被ったのは私だけではありませんから」
彼ははじめから、私が被害者だと気づいていたようだ。なるほど、そういうことなら。
「私は、別に大した怪我もなかったので大丈夫です」
「……とのことです。もしあなたに、お客様に来て欲しい、という思いがあるなら。やることはライバル店に居座ることではないと思いますが」
「……ライバルか、そうか」
「えぇ、私は、あなたの店を格下などと思ったことはございません」
「……すぐ店に戻る。なぁお願いだ、このほうとうとおっきりこみの分は、お金を払わせてくれ。
いや、ここにいる客の分はみんな払わせてくれないか。今回は巻き込んじまったしな。それだけでこれまでのことが許されるとは思っていないが、せめてもだ。頼む」
にわかに沸き上がる店内を見て、店長は苦そうに顔を歪める。
そりゃあそう、こうなったら断れるものでもない。渋々といった様子だが彼は首を縦に振った。
男が代金を払って、深々と頭を下げて退店をしたら、騒ぎは収束となった。
「少し休みます」
と残して、江本さんはキッチンの裏へ引き下がっていく。よほど疲れたのか、若干よろめきながら。
「普段はあんまり喋らないからねぇ、あの人。でもたまに今みたいに郷土料理のことで熱くなると一気に話して、今度はスイッチ切れちゃうみたいのなのよねぇ」
「あぁなったらしばらくダメになるみたいよ」
「難儀ねぇ、お料理探偵も」
とは、おばさま方の雑談。
「お料理探偵…………」
聞き慣れない単語の組み合わせだ。だが、たしかに彼にはぴったりの呼称かもしれない。さっきの推理はよく冴えていた。それに、探偵ってホームズしかり変な人が多い。その点、あの人は十分に変わっている。
「そう勝手に呼んでるのよ、私たちが。たまーにこうしてお店でなにかあるとすっぱり解決しちゃうから。あなた、新しいバイトさん?」
「あ、はい! まぁ」
「悪いけど、注文聞いてくれる? またスイッチ入れるには、郷土料理しかないらしいのよ」
なんだか郷土料理がガソリンみたいだ。江本さんは、燃費の悪いかわりに爆発力があるレースカーといったところか。
私は注文つまりは燃料を集めて、キッチンのさらに奥、江本さんが消えていった店の裏手に行く。ぱっと見では、人影はなかった。どこにいるのだろう、捜索を始めて少し、音がしたのは、日本酒棚の奥から。
まさかと思って引くと、簡単に開く。どうやら隠し扉になっていたらしい。中は、それなりに幅のある倉庫だった。
そこに、彼はいた。だが見つけなければよかったかも、と私は後悔をした。
両脇に山積みになった材料たちの真ん中、パイプ椅子に座る江本さんは
「これは佐田さん。……違います。俗に、いももちという北海道の郷土料理でして。糖分を補給するには最適なのです。それだけではなくてチーズが疲労の回復に有効で──」
がっつりスイーツタイム、そしてがっつり言い訳。
ちょうど、白く生地が横に伸びるのを見てしまった。慌てて隠そうとしたのだろう、もちを後ろへもっていこうとするが、どうも熱かったらしい。お手玉のように、いももちを弄ぶ。いや、弄ばれている、といったほうが正確だ。
私は、こういうのには弱い。そして私は残念なことに我慢が苦手だ。
「あははっ、もち! 美味しそうですけど、もちって!」
「ただのもちではございませんが。いりますか」
この人はすごいんだか、なんなんだか。もう笑いが止まらなくなってしまう。むせ込んだりなんかまでして。そうしつつ、私は彼に感謝をした。
二度も、現実を忘れさせてもらった。夢を見させてくれた。これで少しは、明日からの気力を取り戻せた気がする。
まだしばらくは、地面に這いつくばらずにやっていけそうだ。
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