会社をクビになった私。郷土料理屋に就職してみたら、イケメン店主とバイトすることになりました。しかもその彼はーー

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】

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二章 とり天

二章 とり天(3)

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郷土料理をあてに、酒を浴びるように飲んだのは、落ち込んでいるはずの国見さんではなく坂倉教授の方だった。
慰めることなど完全に忘れているらしい。度数の高いお酒を次々と一人干していく。

「江本は本当に逸材だったんだ」

酔いの回ってきただろう彼は、酒臭い息でこう呟いた。
国見さんはまだ失意の中にいて、薄い反応をするのみだった。お酒を注ぐ機械と化している。となれば、捕まるのはカウンターの奥の私だ。

「並行して、夜間に調理師学校に行っとったのは知っとったたけどな。まさかすぐに店を開くと思わんやろ。それも、店をやるなら、せめて京都にしてくれへんかって頼んだんやけどなぁ。
それなら店の合間に研究を進めてもらえるかもしれへんやろ? でも、親御さんも京都におるって言うのに、江本は東京に拘ったんや」

教授はよっぽど京都が好きらしい。東京まで来たのに、京都の郷土料理・ちりめん山椒をつまむ。至福といった表情をしつつ教授が次々と漏らしていくのは江本さんの個人情報。

「そ、そうなんですか」

気にならないわけじゃないけれど、聞いてしまっていいものか。葛藤の末、私は曖昧な返事をする。
が、その私の微妙な心理は、アルコールでフィルタのかかった先には伝わらないらしい。

「東京になんかあるんかって聞いたら、全国のものが集まる場所だから、って言うんやけど、それなら京都でも変わらんと思うんや。なぁ?」
「えーと、まぁどこでもなんでも届く時代ですし……?」

トンチンカンで偏差値の低い答えだと、自覚はあった。けれどどういうわけかそれが、教授の講義スイッチを押してしまったらしい。

「そう、まさにそう。物が運搬されることで、それに付随する文化も、場所を問わず平均的になっていくんやこれから先は。だからこそ現代においてもなお、他と一線を画す京都という街でこそ郷土料理を振る舞う価値が──」

む、難しい。私はたまらずキッチンへ救いを求めるSOSを、念じる。
テレパシーが通じたのか、いやたまたま、ちょうど江本さんが料理を置きにきてくれた。私はその隙にそろーっと場を離れる。

今日は使ってもないのだけど、ポーズとしてテーブル席の整備に当たることにした。ただ耳だけは、そのままカウンターへ置いてきていた。

「そういう時代だからこそ、ここ上野を選んだんですよ。文化の変遷の中に身を置きたかったのです」
「そうはいっても、変遷しないものにも魅力はある。京都は君の故郷やろう? なんで縁もゆかりもない東京に」

「いえ、僕の生まれは関東ですよ。多少なり縁はございます。幼い頃から転々として落ち着いたのが京都とというだけです。明白に故郷たる場所はありません」
「ならなおさら京都や。日本人の故郷のような側面もある」
「とにかく移るつもりはございません。ここも素敵な場所で、いい方がいらっしゃいますから」

二週間前、人の悪意に晒されたばかりなのに、そう言い切れる江本さんはすごいなと思った。冷淡なように見えて、根底には優しさがある。

見習うならば、やるべきは働いているフリでないのは明白だった。私はたぶん学術的なのだろう論議を繰り広げ始める男二人の横、変わらずしおれている国見さんの隣に座る。

「美味しいんですよ、ここの料理!」

教授の前から、料理の小皿を彼女の方へ引き寄せた。
さすがにまだ全てのメニューは把握していないけれど、主役級は食べさせてもらっているうちに、覚えはじめていた。鹿児島・つけあげに、高知・カツオのたたき、と努めて明るく紹介する。

つけあげは、いわゆるさつまあげで、魚肉を練って揚げたもの。滑らかな食感が、スーパーに置いているのとは段違いで、噛むごとに鰆や鱈の身から旨みが染み出す。カツオのたたきは、キモである皮の炙り加減が絶妙で、塩で叩くことにより鮮度を保った身は、噛んだ時の弾力がもう堪らない。

「ぜひ、どうぞ!」

思いの乗った私の押しっぷりに、

「……あ、えっと、……はい」

国見さんは負けてくれたらしい。彼女は気乗りしなさそうながら、割っただけ、醤油の一滴も染みていない箸を取る。

まず、つけあげを小さく齧って、少しだけ微笑んだ……ような気がした。気のせいにしても、このチャンスは逃す手はなかった。

「データ消しちゃったこと、私もありましたよ」
「……そうなんですか?」
「うん。それも会社の大事なプレゼンでやっちゃってもう最悪。上司にかなり怒られまして」

初めはほとんど、一方向的に私が喋るだけだった。けれどそれがよくも悪くも苦にならないのが私だ。次々に話を膨らませていく。

そうしているうち、徐々に彼女も口を開いてくれるようになった。

「うち、あやかしの研究してるんです」

コアな妖怪にまつわる歴史の話、

「最近はありあわせばっかりで」

一人暮らしのご飯事情に、

「大学ではみんなやってるんです」

今風なインスタグラムのことまで。
彼女は、自分のアカウントを見せてくれる。綺麗なスイーツの写真ばかりで、女子トークが盛り上がった。
けれど、投稿の中に突如としておどろおどろしい妖怪の絵が出てきたときには、私はぎょっと驚いてしまった。さすが京大生、感性が幅広い。

合間に皿洗いなどをこなしつつ、話を掘り下げる。残念ながら他のお客様が来店することもなかったので、時間は十分にあった。帰り際になる頃には、私たちはすっかり打ち解けていた。

「うち、話しすぎですね。……えっと、お姉さん話しやすくて」

国見さんは、少し生気を取り戻したようだった。こう屈託なく笑う。

「ありがとうございます。でもたぶん私のおかげじゃないですよ」

きっかけになったのは、間違いなく江本さんの作る郷土料理だ。美味しいご飯は箸だけでなく、話も進めてくれるらしい。
けれど作った本人はと言えば、

「明後日までいらっしゃるのですよね。……よければ、また明日いらしてください」

げんなりとした顔をしていて、丁寧な口ぶりも少し重かった。

「なんや、明日もかいな。美味かったけど、今日も結構食ったからなぁ」

舌戦の末、店主をそこまで追いやっただろう坂倉教授は、泥酔一歩手前だったとは思えないほどぴんぴんとして顎をひねる。お会計時には、細かいの出すわ、と小銭を揃えてくれる余裕まで見せていた。
江本さんは、エネルギーを吸われたのかもしれない。

「……とっておきの料理があるのです。今、一週間かけて仕込んでおりますのが、明日完成いたします」
「ほんまか、そらまた凝ってるな」
「えぇ、力作でございます。ですから、ぜひお二人でいらしてください」

そんなものあったかな、と私は疑問に思う。フルタイムで詰めているが、見た覚えがない。江本さんがこっそり作っているものが別にあるのだろうか。

「ほんならまぁまたくるわ。俺はまだ江本を学会に連れていくこと諦めてへんしなぁ。そういうわけで明日もここで飯やけどえぇか、国見?」
「は、はいっ!」

国見さんは、まだ帰り支度を整えているところだった。少し焦ったように鞄へ財布やらスマホやらを突っ込む。

「ほな明日な」

先々店を出た教授を追うように、彼女は扉の前まで行って、しかしそこでこちらを振り返り深々と礼を一つ、二つ。早足で駆けていった。
見送ってから、

「いい子だなぁ」

自然そんな言葉が口をついた。
所作からなにから、性格のよさが滲み出ている。それに私と違って、小動物的な可愛さも持ち合わせていた。
助けてあげてほしい、と思ってしまうのは仕方ないというものだ。

「代わりに発表してあげてもいいんじゃ?」

ちらっと横目にお願いしてみる。可愛くないとは知りつつも、ぱちっと片目を閉じてウインクもした。しかし、

「いたしません」

取りつく島がないのは不変だった。なに食わぬ顔で、江本さんは後片付けに入っていく。
まぁ私の媚びが通用しなかったのはそれとして、全くこの人は分からない。優しいんだかなんなんだか。

「佐田さん、それよりホールの掃除をお願いしても──」

私が不満顔をしているのに、彼はここでやっと気づいたらしい。クールな瞳が探るようにこちらを見つめる。

「すいません、晩ご飯を失念しておりましたね。片付けが終わったら、賄いを作りましょうか。先ほどのリベンジで、とり天というのはお気に召しますでしょうか」
「えっ、いや、そうじゃなくて国見さんの話……。てか、私そんなに食い意地張ってないです! それに、もうこんな時間だから揚げ物は」

ダメ絶対! 太る、厳禁! なのに、間の悪いアンニュイな音がぐぅ~っと二人の間を通り抜けていった。
私は狐目で江本さんの顔と、お腹をきっと睨む。

「僕ではなく、佐田さんのものでは」

言わないでくれてもいいよね、と思った。

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