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二章 とり天
二章 とり天(8)
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「えっと……変な使い方をされた、ってどういう使い方されたんです?」
「え、あぁ……」
江本さんの受け答えが鈍い。爆発のダメージは彼も負っていたらしい。嫌だと思われてなければいいな、とは思った。でもポーカーフェイスからそこまでは読み取れない。
「……坂倉教授は、最初から僕を学会に連れていくつもりはなかったのです。僕のところへ連れてこれば、国見さんを説得してくれる。そう考えていたのですよ。僕が発表したがらないのは、もちろん分かっていらしたでしょうから」
「えぇと、じゃあなんというか最初から仕組まれていたってことですか」
「そういうことでございます。……今日、夕方早くに現れたことで、それは確信に変わりました。夜にスピーチの練習をすることまで先生は初めから想定していたんですよ」
爆弾魔どころの話ではなかった。
最初から最後まで、ずっと私たちは坂倉教授の手のひらの上で転がされていたみたいだ。さすがは、江本さんの恩師というだけある。
「付き合わせて申し訳ありませんでした。……少し疲れましたね」
「はい、結構」
とくに最後の最後でぐっときた。
まだ開店してから一時間も経っていないけれど、心が休息を欲していた。
「糖分の補給でもいかがでしょうか。最適な郷土菓子がございます」
「それ、食べたいです!」
「よかった。実はもうストックして作ってあるのです」
江本さんは、例の隠し倉庫に踏み入る。抱えてきたボウルに入っていたのは、色とりどりのお餅のようなものだった。
「これは……あんこもち?」
「和歌山の郷土料理、いももちでございます」
「また、いももちですか!? 好きすぎませんか。ってあれ。でも前と違うような」
バターの香りもじゃがいもの匂いもしない。
私が手に取りよく眺めていたら、江本さんは既に一つを咥えていた。
「同じ名前ですが、全く違うものでございます。さつまいもと餅粉を捏ね上げた伝統菓子です。中にあんこを入れたもの、きな粉をまぶしたもの、皮ごと潰したものとありまして──、佐田さん?」
「ふふっ、待って、もう無理。あははっ」
やっぱり面白い絵だ。あたかもイタリア紳士といった爽やかな容貌で、いかにもな餅をはんでいる。笑わないではいられなかった。
一見クールでとっつきにくいけれど、実は親しみやすい。少しずつ、江本さんのことが分かってきた気がする。
私も、餅をひとつ口にしてみる。ほくほくのさつまいも、あんこの甘みに蕩けそうだった。止まらなくなってしまいそうだ。右手で二つめ、左手で三つめを掴んでいたら、入り口のベルが鳴った。
「お客様がいらしたみたいですね。僕がいきますよ」
江本さんが言う。はっきり歯を見せて、笑っていた。珍しいなんてものじゃない。その一輪花のような笑顔に見惚れかけること少し、我に返った。江本さんは、私を見て吹き出したのだ。
「……いつもはこうじゃないですから!!」
じゃあその手のひらに乗った餅はなんだ。戻すのか、いや食べるんだろう。自分に、そう突っ込みたくなった。
私の言い訳から少し遅れて、江本さんの「いらっしゃいませ」との声がする。
さて、食い意地を張るだけではいけない。私も働かなくては。
お店の経営を上向かせるのも、挑戦の一つだ。
♢
翌日、国見さんから私へメッセージが届いた。学会での発表は無事にうまくいったらしい。かなり好評を得られたようで、もう次の発表機会も与えてもらったそうだ。
どうしても恩返しをしたいと彼女が引かないので、私はお店をインスタグラムで宣伝してもらうようにお願いした。宣材写真には、よく撮れた料理と、店の外観を選んだ。
和風な雰囲気漂う軒の下、江本さんと二人で完成させた看板は、やっぱり風変わりで異彩を放っていた。
けれど、それはそれで『郷土料理・いち』ならではの味があった。
「え、あぁ……」
江本さんの受け答えが鈍い。爆発のダメージは彼も負っていたらしい。嫌だと思われてなければいいな、とは思った。でもポーカーフェイスからそこまでは読み取れない。
「……坂倉教授は、最初から僕を学会に連れていくつもりはなかったのです。僕のところへ連れてこれば、国見さんを説得してくれる。そう考えていたのですよ。僕が発表したがらないのは、もちろん分かっていらしたでしょうから」
「えぇと、じゃあなんというか最初から仕組まれていたってことですか」
「そういうことでございます。……今日、夕方早くに現れたことで、それは確信に変わりました。夜にスピーチの練習をすることまで先生は初めから想定していたんですよ」
爆弾魔どころの話ではなかった。
最初から最後まで、ずっと私たちは坂倉教授の手のひらの上で転がされていたみたいだ。さすがは、江本さんの恩師というだけある。
「付き合わせて申し訳ありませんでした。……少し疲れましたね」
「はい、結構」
とくに最後の最後でぐっときた。
まだ開店してから一時間も経っていないけれど、心が休息を欲していた。
「糖分の補給でもいかがでしょうか。最適な郷土菓子がございます」
「それ、食べたいです!」
「よかった。実はもうストックして作ってあるのです」
江本さんは、例の隠し倉庫に踏み入る。抱えてきたボウルに入っていたのは、色とりどりのお餅のようなものだった。
「これは……あんこもち?」
「和歌山の郷土料理、いももちでございます」
「また、いももちですか!? 好きすぎませんか。ってあれ。でも前と違うような」
バターの香りもじゃがいもの匂いもしない。
私が手に取りよく眺めていたら、江本さんは既に一つを咥えていた。
「同じ名前ですが、全く違うものでございます。さつまいもと餅粉を捏ね上げた伝統菓子です。中にあんこを入れたもの、きな粉をまぶしたもの、皮ごと潰したものとありまして──、佐田さん?」
「ふふっ、待って、もう無理。あははっ」
やっぱり面白い絵だ。あたかもイタリア紳士といった爽やかな容貌で、いかにもな餅をはんでいる。笑わないではいられなかった。
一見クールでとっつきにくいけれど、実は親しみやすい。少しずつ、江本さんのことが分かってきた気がする。
私も、餅をひとつ口にしてみる。ほくほくのさつまいも、あんこの甘みに蕩けそうだった。止まらなくなってしまいそうだ。右手で二つめ、左手で三つめを掴んでいたら、入り口のベルが鳴った。
「お客様がいらしたみたいですね。僕がいきますよ」
江本さんが言う。はっきり歯を見せて、笑っていた。珍しいなんてものじゃない。その一輪花のような笑顔に見惚れかけること少し、我に返った。江本さんは、私を見て吹き出したのだ。
「……いつもはこうじゃないですから!!」
じゃあその手のひらに乗った餅はなんだ。戻すのか、いや食べるんだろう。自分に、そう突っ込みたくなった。
私の言い訳から少し遅れて、江本さんの「いらっしゃいませ」との声がする。
さて、食い意地を張るだけではいけない。私も働かなくては。
お店の経営を上向かせるのも、挑戦の一つだ。
♢
翌日、国見さんから私へメッセージが届いた。学会での発表は無事にうまくいったらしい。かなり好評を得られたようで、もう次の発表機会も与えてもらったそうだ。
どうしても恩返しをしたいと彼女が引かないので、私はお店をインスタグラムで宣伝してもらうようにお願いした。宣材写真には、よく撮れた料理と、店の外観を選んだ。
和風な雰囲気漂う軒の下、江本さんと二人で完成させた看板は、やっぱり風変わりで異彩を放っていた。
けれど、それはそれで『郷土料理・いち』ならではの味があった。
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