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四章 アレンジ料理
四章 アレンジ料理(1)
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一
六月になってから、ぐずついた天気が続いている。
開店前、テーブルをクロスで拭きあげながら、外の雨だれを聞く。窓越しに見上げれば、空は灰色にどんより曇りがかっていた。
まるでオセロをひっくり返したみたいだな、と思う。
空が黒なら、私は白。私はといえば、ほとんど快晴、むしろ上々の気分だった。
「そろそろ、店を開けましょうか」
調理場から丁寧な透き通った声がかかる。
江本さんは、ちょうど魚を捌いているところだった。私の方をよそ見しつつも、包丁を器用に使って、アジをあっさり三枚おろしにしてしまう。相変わらず、惚れ惚れする職人のような手際だった。
「まだ六時前ですけど、大丈夫ですか?」
「えぇ、この天気の中、お客様を待たせてしまうのも申し訳ないでしょう」
江本さんはこともなげに言う。だが、普通はそこまで気が回らないだろう。ほんと、よくできた店主だ。
でも、さすがに今日の空なら開店待ちはいないんじゃ……。そう思って外をちらりと覗いてみたら、いた。それも二組も。
私はふきんの手を止めて、ひとまず案内をするため、扉を開ける。
「いらっしゃいませ、どうぞ先に入ってお待ちください。足元にはお気をつけて!」
挨拶をして、気分がまた少しよくなった。
三ヶ月と決めたバイトの期限まで、ついにのこり一週間。開店してすぐにお客様が入ってくれるくらいには、店の状況は上向いていた。
土曜日とはいえ、こんな足場の悪い雨日でも待ちが出るとこれば、もはや不人気、古風な店などと揶揄されることはないだろう。売上もしっかり黒で、今月はさらに伸びる見込みだそうだ。このままいけば、私がここで正社員になれる日も近い。
私生活の方もおよそ順調だった。お母さんとはすっかり仲直りしたし、叔母には洗いざらい新しい彼氏のことについて喋らせ、より仲良くなった。
悪いことなどほとんど…………いや一つだけあった。幼馴染だ。
未だに、諦めてくれてはいなかった。そのうえ私が二人で会いたがらないことを分かっているのか、共通の友達を使って、ご飯に誘ってくる始末の悪さ。
幼馴染から告白を受けたのは、今回で三度目だった。
二度目、中学生の頃には友達に「ものは試しだよ」と言われ、付き合ってみたものの、やはり友達以上には思えず、すぐに別れた。
一度目は小学校六年生の頃だ。その時は、他に好きな人がいたから断った。それが、初恋にして、私がした最後の恋だ。
私は、これまで幼馴染以外に彼氏ができたことがない。こんな狐目女でも全く誘いがなかったわけではないが、誰もしっくりとこなかった。
周りには結婚をした友人もいる。いつまで夢を見てるんだ、と自分でも何度も思った。けれど、どうしてもダメだった。初恋の時にはあった、心が包まれるような温かみを感じないのだ、それ以来。
もちろんそれは、幼馴染にも。今回の告白になんて、寒気すら覚えた。
「ご対応ありがとうございました、佐田さん。助かります」
この金髪店主には、どうだろう。
もう何度もドキドキさせられてきたけれど、その温かみは──。私は、胸に少し手を当てて自分に聞いてみる。それから拳を握った。
そんなことより、まずは働かなければ。
六月になってから、ぐずついた天気が続いている。
開店前、テーブルをクロスで拭きあげながら、外の雨だれを聞く。窓越しに見上げれば、空は灰色にどんより曇りがかっていた。
まるでオセロをひっくり返したみたいだな、と思う。
空が黒なら、私は白。私はといえば、ほとんど快晴、むしろ上々の気分だった。
「そろそろ、店を開けましょうか」
調理場から丁寧な透き通った声がかかる。
江本さんは、ちょうど魚を捌いているところだった。私の方をよそ見しつつも、包丁を器用に使って、アジをあっさり三枚おろしにしてしまう。相変わらず、惚れ惚れする職人のような手際だった。
「まだ六時前ですけど、大丈夫ですか?」
「えぇ、この天気の中、お客様を待たせてしまうのも申し訳ないでしょう」
江本さんはこともなげに言う。だが、普通はそこまで気が回らないだろう。ほんと、よくできた店主だ。
でも、さすがに今日の空なら開店待ちはいないんじゃ……。そう思って外をちらりと覗いてみたら、いた。それも二組も。
私はふきんの手を止めて、ひとまず案内をするため、扉を開ける。
「いらっしゃいませ、どうぞ先に入ってお待ちください。足元にはお気をつけて!」
挨拶をして、気分がまた少しよくなった。
三ヶ月と決めたバイトの期限まで、ついにのこり一週間。開店してすぐにお客様が入ってくれるくらいには、店の状況は上向いていた。
土曜日とはいえ、こんな足場の悪い雨日でも待ちが出るとこれば、もはや不人気、古風な店などと揶揄されることはないだろう。売上もしっかり黒で、今月はさらに伸びる見込みだそうだ。このままいけば、私がここで正社員になれる日も近い。
私生活の方もおよそ順調だった。お母さんとはすっかり仲直りしたし、叔母には洗いざらい新しい彼氏のことについて喋らせ、より仲良くなった。
悪いことなどほとんど…………いや一つだけあった。幼馴染だ。
未だに、諦めてくれてはいなかった。そのうえ私が二人で会いたがらないことを分かっているのか、共通の友達を使って、ご飯に誘ってくる始末の悪さ。
幼馴染から告白を受けたのは、今回で三度目だった。
二度目、中学生の頃には友達に「ものは試しだよ」と言われ、付き合ってみたものの、やはり友達以上には思えず、すぐに別れた。
一度目は小学校六年生の頃だ。その時は、他に好きな人がいたから断った。それが、初恋にして、私がした最後の恋だ。
私は、これまで幼馴染以外に彼氏ができたことがない。こんな狐目女でも全く誘いがなかったわけではないが、誰もしっくりとこなかった。
周りには結婚をした友人もいる。いつまで夢を見てるんだ、と自分でも何度も思った。けれど、どうしてもダメだった。初恋の時にはあった、心が包まれるような温かみを感じないのだ、それ以来。
もちろんそれは、幼馴染にも。今回の告白になんて、寒気すら覚えた。
「ご対応ありがとうございました、佐田さん。助かります」
この金髪店主には、どうだろう。
もう何度もドキドキさせられてきたけれど、その温かみは──。私は、胸に少し手を当てて自分に聞いてみる。それから拳を握った。
そんなことより、まずは働かなければ。
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