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リンファスとロレシオ
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しおりを挟む「それを僕に言うのは間違っている。
君が仮にその罪で罰せられるとするなら、それはアスナイヌトによってだけだ。
だが君が処罰されれば、アスナイヌトに寄進する花乙女が一人減ることになる。
花乙女の母たるアスナイヌトはそもそもそんなこと望んでいないと思うし、ハンナもケイトもそれは望んでいないと思う。
この場合君に出来るのは、また花を咲かせられるよう、努力することではないのかな?」
…………。
ロレシオの言葉を良くかみ砕く。
確かに唯一の寄進物の花を食べたのだから、その罪について断ずるのはアスナイヌトしか居ない。一方でアスナイヌトは愛の女神で、おそらく罪を犯したリンファスを断ずることはしないだろう。
ロレシオが指摘するのは、反省すべきは花を食べたことではなく、一輪しか咲かせられなかったことだと、そう言っている。それはリンファスの、してしまったことにこだわる気持ちを、花を咲かせる未来へとむけてくれた。
リンファスは、ロレシオの言葉をぽかんと聞いていた。
まるでプルネルの言葉のように、彼の言葉もまた、リンファスを罪の意識から遠ざけてくれる。お前の行いでもそれは良い、と許してくれる。
罵倒され、蔑まれ続けてきたリンファスにとって、許されたり、受け入れられたりする経験はあまりに縁遠かった。リンファスは、今自分に語り掛けてくれた言葉を、やっと、やさしい、と感じ取ることが出来た。
「……貴方は……、おやさしい方なのですね……」
ぽつりと呟いた言葉が、彼を驚かせた。
「僕が……、やさしいだって……?」
何かおかしいことを言っただろうか。そう思ってリンファスは自分の気持ちを伝えるべく言葉を続けた。
「……はい、おやさしいと思います。……花乙女としての役割を果たしてこなかった私に未来を見せて、温情を掛けてくださいました。そのことを、私がおやさしいと思うことは、おかしかったですか……?」
リンファスが言うと、ロレシオは黙ってしまった。なにか気に障ることを言ってしまったらしい。言葉を継ごうとしたが、彼に対してどう取り繕えば良いのか、リンファスは分からなかった。
オーケストラの音楽が途切れる。場面が変わるのだ。ふと明かりの挿す広間の方を見たロレシオが、リンファスに向き直る。
「……長居しすぎた。失礼する」
先程の言葉を発した声と同じ声とは思えない程、硬い声だった。どうしたんだろう、と疑問を感じる。
「広間の音楽が変わりますね。貴方も広間に戻られるのですか?」
「君は戻るの?」
「……『友達』が居るので、戻ります」
朗らかにそう言うリンファスを、ロレシオは引き止めなかった。
「じゃあ、僕も闇に消えよう。……だが、もしまた僕の気が向くと言う幸運があれば、次の舞踏会は此処でまた会おうじゃないか」
リンファスは彼の言葉をおうむ返しにした。
「来月の……、此処で、……ですか?」
約束をする理由が分からない。彼にとってリンファスは休憩中に紛れ込んだ邪魔者ではなかったのだろうか?
「さあ、行きたまえ。じき、次の音楽が掛かる」
命令に慣れた口調でそう言うと、ロレシオはフードを目深に被りなおしてその裾を翻し、言葉通り闇に消えた。
……呆然と彼の消えた先を見つめるリンファスが広間に戻ったのは、次の曲の途中でだった。
「まあ、リンファス! 素晴らしいわ!」
舞踏会会場から帰る馬車の中で、プルネルはリンファスの身に着いた花を見てそう言った。
「右胸の花は花弁が一重でこの形だとおそらく贈り主の気持ちが貴女の境遇に寄り添った表れかと思っていたけど、
新しい花は二重で私の花と似た形をしているわね。
これはきっと贈り主の方が貴女に親しみを持った気持ちの表れだわ」
気持ちの種類で花の花弁の形が変わるのか……。
ケイトは其処までは教えてくれなかった。リンファスはまだまだ知らないことがいっぱいだ。
「花の形は想いの形によって変わるの。
情熱、思慕、尊敬、情欲、憧憬……、数え上げたらきりがないわね。人の数だけ愛情の形があるから。
花びらの形が複雑になるほど、深くて複雑な愛だと伝え聞いているけど、私たちに寄せられる愛情は等しく嬉しいわ。
だってその気持ちがあるから、アスナイヌトさまをお支え出来るんですもの」
微笑んで言うプルネルは、今日参加できて良かったわね、と言葉を継いだ。
「次の舞踏会のお約束をして頂けたんですもの。きっとその方、貴女を見初めたのよ」
ガタゴトと揺れる馬車の中で、プルネルは少し興奮気味だった。
その勢いにあの時の様子を思い出して、リンファスはその言葉に戸惑う。
そして、どうもプルネルの言うようなことではないのではないか、と推測した。
「あの方……、私を見たというより、ご自分を見てらっしゃった気がするの……。
花が咲いたときに驚いてらっしゃったし、……私が何かタイミング悪く、花を咲かせてしまったのかもしれないわ」
「まあ、そんなこと言わないで。花は何も悪くないわ。
その方が贈り主かどうかは分からなくても、約束をくださったことは事実なんでしょう?
その花の贈り主でないなら尚更、貴女に花が増えるじゃない。こんな素晴らしいことはないわ」
プルネルはまるで我がことかのように喜んでくれた。リンファスもプルネルの言葉を受け止める。
そうか。花が増えたら、アスナイヌトへの寄進が今一輪の状況よりも良くなる。
今まで感じてきたような後ろめたさも少しは軽減できるかもしれない。
今までなかなか花乙女としての役目を果たせてこなかったから、寄進できる花が増えることは単純に嬉しい。リンファスの心が少し軽くなった。
「……そうね、プルネル。まずは、明日の朝、花を寄進するわ。
その後でもう一度花が咲いたら、喜ぶことにするわ」
「きっと咲くわよ。だって、貴女を見つけたイヴラですもの」
微笑んで言うプルネルに微笑みを返す。馬車はガタゴトと揺れて行った。
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