花乙女は愛に咲く

遠野まさみ

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リンファスとロレシオ

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次の茶話会当日、リンファスはルロワの店で買ったリボンをもう一度、プルネルに結んでもらった。
鏡に映るリンファスはやはり、どこか落ち着かなげで、でも口許が嬉しそうに引きあがっている。
自らを飾ることでこんなにも胸が高揚するのだということを、リンファスはこの前の舞踏会の時のように感じていた。

プルネルはリンファスを誘って一緒のテーブルに着いてくれた。部屋に入って来たイヴラたちもそれぞれ思う席に座る。
リンファスの……、というよりはプルネルの前に立って挨拶をしたのはアキムだ。

「こんにちは、プルネル。この席、良いだろうか?」

人当たりのいい笑顔を浮かべたアキムに、プルネルはどうぞ、と席を勧めていた。プルネルに許可を得たアキムが席に座ると、彼はリンファスを見た。

「こんにちは、リンファス。今日もプルネルとリボンがお揃いだね。よほどお気に入りなのかな? かわいらしいリボンだと思うよ」

さらりとリンファスを褒めるアキムを凄いと思う。男の人はこうやって女性の身なりを何時も見ているのだろうか。

「そうなんです……。プルネルが選んでくれて……、とても気に入っているんです……」

彼には二回会っているから、多少緊張は抜ける。それでも小さくなってしまうリンファスの返事をアキムは拾ってくれた。

「そうだったんだね。友達同士仲が良くていいことだよ。
ルドヴィックときたら、いつもサラティアナの事ばかりで、親友の僕のことは忘れられているらしい」

ははは、と白い歯を見せて笑うアキムはそれでも親友のことを応援しているらしかった。街に新しく出来た菓子店にサラティアナに贈るプレゼントを一緒に買いに行ったそうだ。

「小さなね、飴のようなもので、『花砂糖』という食べ物らしい。珍しいものを見つけたと言って、勇んで買いに行くんだと連れていかれたよ。
あいつ、気合はあるくせにかわいらしい店には一人で入りにくいと言ってね。今度音楽ホールで王族の方々も参加される音楽劇があるだろう。どうもその社交の場にサラティアナを誘いたいらしくて、頑張っている」

アキムの話を聞くと、その気持ちが報われると良いなと思ってしまう。そこまで一人の人を想うという気持ちは、どこからくるのだろう。
リンファスの生活は今まで、ファトマルが機嫌よく過ごせるために尽くすことが当たり前だった。そこにルドヴィックのように相手の為を想って行動する、という気持ちは含まれていなかった。

常にファトマルの顔色を窺い、出来の悪い自分をなんとか追い出さないで欲しいと願っての、自己中心的な考えからだった。
そうしないとリンファスは住まいも食料も奪われて、生きていけなくなることを何処かで察知していたからだった。

それに比べると、ルドヴィックのサラティアナを想う気持ちは、リンファスから見ると実に新鮮さにあふれた、みずみずしい感情としてリンファスに印象を残した。

(……父さんも、母さんにそういう気持ちを持ったのかしら……)

今となっては聞くことは出来ないが、リンファスが生まれているくらいなのだから、『愛し合っていた』のだと思う。その感覚を、リンファスは理解できないけど。

「あいつのことを見ていると、恋に溺れるのも程々にしないと自分を見失うな、という反面教師に出来るよ。
あいつの気持ちが通じれば一番良いんだが、いかんせんライバルが多すぎる。
ルドヴィックは誠実で腕の立つ良いやつだけど、それだけで彼女に振り向いてもらえるかどうか……」

アキムの言葉は冷静だったが、サラティアナが座るテーブルを取り囲んでいるイヴラの中にいるルドヴィックのことを心配そうな目で見ている。
最初に二人に会った舞踏会の時に彼のことを『親友』と言っていたから、きっと言葉では突き放しているけれど、ルドヴィックを心配しているんだろう。
『親友』というのはリンファスとプルネルの間に結ばれた「友情」よりも親しい間柄だと、あの舞踏会の帰りにプルネルが教えてくれたから。

そういう風にアキムとルドヴィックの関係を見ていた時に、プルネルがそっと背を押した。思い出すのは、プルネルの言葉。

――『人と話さなければ、自分のことを分かってもいただけないし、愛してもいただけないのよ』

リンファスははっとした。花乙女は、愛されて幸せにならなければならない。リンファスにはまだ愛情の花は咲いておらず、いずれは誰か……イヴラの誰かに自分を知ってもらって、愛してもらわなければならないのだ。

そう気づいて思い出した。……この前の舞踏会の庭でロレシオはリンファスのことを知りたいと言わなかったか? 
愛されないリンファスのことを知りたいだなんて不思議な人だと思ったが、もしかして、彼と話をして行く先に、そう言う未来もあるのだろうか……? そう考えてリンファスは首を振った。

(馬鹿ね……。役立たずの私を愛してくださる人なんて居ないわ……。
あの方も、他の乙女と比べてちょっと変わった私に『興味』を持っただけで、それ以上でもそれ以下でもないわ……)

自分のことは自分が一番よく知っている。何をしても至らないし、不景気な顔もやせぎすな体も相変わらずだ。他の乙女たちとは違う。

(……『興味』の花を頂いただけでも、喜ばなくては……)

この花がもし咲き続けてくれるのなら、その間はアスナイヌトの役に立てる。どうか落ちないで、とリンファスは思った。

そう思いに耽ったリンファスを心配したのか、プルネルがリンファスを呼んだ。

「どうしたの? リンファス。何か心配事……?」

「あ……。違うの、ごめんなさい……。それにしても、アキムさんはルドヴィックさんのことが大事なんですね」

先のアキムの言葉を思い出してリンファスが言うと、アキムはリンファスに向けて苦笑の笑みを漏らすと、不本意ながらね、と答えた。
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