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リンファスとロレシオ3
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「お願いだから、それ以上、僕の友達を貶さないでくれ。大事な……友達なんだ。……とても。……君には、分からないだろうけれど……」
友達、と言ったのが、自分のことを指しているのだと、リンファスは分かった。
リンファスにとって自分なんて何の価値もない人間だったが、それを言ってはいけないらしい。
……どうして?
「君がそう言う発言をするのは、君が本当の意味で僕を生きていく証として認めていないからだろう?
僕のことを、本当に君の生きる証にしてくれたなら、今君の口からそんな言葉を聞かなくて良かったんだ」
……どういうこと? ロレシオの言いたいことが分からない。
「わ……、私だって、貴方を証にしても良いくらいの人間になりたいと思っているわ……。本当よ。あの時言った言葉は、嘘じゃないわ……。
……でも、今はまだ私は至らないことだらけで、釣り合わないことが多すぎるわ……。だから私……」
恐る恐る言葉を紡ぐと、ロレシオは少し雰囲気を和らげて、すまなかった、と謝罪してくれた。
「大事な友達を傷付けられることは、……とても辛いことなんだ……。
君も、同じ花乙女の友達に置き換えて考えてみてくれないか。彼女が君に対して自分を卑下したら、どれだけ君は辛い思いをするだろう。
それと同じことを、君は今、僕にしたんだ。
君が自信を持てないのは十分理解しているよ。お父上の呪縛はとても強固だ。
それでも、あの時、これからの証を僕に見てくれると言ったのなら、君は僕に対して、君を傷付けてはいけない……。
僕が、君に対して僕自身を傷付けないように」
友達だから……。生きる証として居てくれる存在だから……。
だからその大役を請け負ってくれたロレシオを、傷付けるような人間であってはならない。
頭の悪いリンファスに、丁寧に言葉を重ねてそう教えてくれたロレシオに、感謝する。
思いやりが巡る。
ロレシオがリンファスを思い遣ってくれたことで、リンファスが気付けたこと、知ったこと。
それをいずれ、ロレシオに返せたら良い。リンファスが今感じた、震えるくらい嬉しい気持ちをそのままに。
「……私、……花以外で、貴方に喜んでもらえるような人間になりたいわ……」
自分の為に言葉を尽くし、心を掛けてくれるロレシオに、そう思う。
この込み上げる想いを、花で表現できたら良いのに……。
「やっぱりイヴラって、ちょっとずるいわ」
すねてリンファスが口を尖らせると、ロレシオはやっと笑ってくれた。
「でも、乙女が想いを受け取ってくれなければ、花は咲かない。
だから花が咲くのは、お互いの意思が通じている証なんだよ。
僕と君の間で、気持ちが通じている証だと思うから、この花を僕は誇りに思うよ」
ゆるりとした笑みを浮かべたままのロレシオが、リンファスの胸の花をするりと撫でる。ひらひらと花弁を靡かせる蒼の花は、ロレシオに触られて嬉しそうだ。
「ふふ……。花が嬉しそうだわ」
「すごいな、そんなことも分かるの?」
驚いた様子のロレシオに、そう感じるだけよ、とリンファスは言った。
「でも、私も嬉しいもの。ロレシオの友達で居られて、とても嬉しいわ」
微笑んでそう言うと、ロレシオの口許が満足そうに弧を描いた。
それから大陸の各地から集められた布や釦、糸などを取り扱っているテントも見た。
美しい光沢をした糸は色の種類が豊富にあって、店主が、大陸の東の方から取り寄せた貴重な糸だと教えてくれた。
艶やかなその糸の内の青色の糸が、リンファスに着くロレシオの蒼い花の色に、とてもよく似ていて素晴らしいと思った。
「お嬢ちゃん、気に入ったかい?」
リンファスが熱心に糸を見ていたら、店主がそう聞いてきた。
「あんた、花乙女だろう。気に入ったんなら要るだけ持って行けばいい。花びらを一枚貰って、買った金額を付けた帳簿と一緒に役所に出すと、後で国から売上がもらえるんだ」
リンファスがドレスを仕立てた時は、花乙女が用立てする店は登録制で、だから花乙女に使った分の売り上げは国から出るんだと店主のルロワが言っていたが、市でも花乙女が買い物をする為の仕組みが作られているのだとは思わなかった。
リンファスは店主の言葉に甘えて、その糸の青と黄色を少し分けてもらった。
「君は裁縫もするのか」
ロレシオがそう聞いてきたので、村では何でもしたわ、と応えた。
「繕い物から屋根の修理まで、何でもやったわ。父さんと私が生活する為の全てのことをしていたもの」
「……君の手が荒れていた理由が分かるよ。少し良くなっているね。良いことだ」
ロレシオはそう言ってリンファスの指先を手に取って見た。宿舎の少女たちとはだいぶ違う指先だろうに、ロレシオは微笑んでそう言った。
「倒れた時から比べると、頬も少しふっくらしたかな。あの時の君は、本当にひどかった」
「ロレシオの花を食べられるからよ。貴方には感謝しなければならないわ」
「それを言ったら、僕だって同じだ。だからおあいこだよ」
笑って言うロレシオが嬉しくて、リンファスも笑った。
「そうね。貴方が花乙女だったら、私の瞳の色の花が咲いたのかしら」
以前、アキムがリンファスに言った謎かけだった。
あの時はアキムに即答できなかったけど、いまなら彼の言葉の意味が分かる。
リンファスがロレシオに友情を感じていることを伝えたいように、アキムもリンファスに友情を感じていると伝えたかったのだ。
リンファスがふふふと笑うと、ロレシオも微笑んだ。
「そうだね。全身紫の花だらけになって、君に見せてあげたかったよ」
想像するだけでおかしい光景に、二人で大きな口を開けて笑う。
その後も色々なテントを見て回った。あたたかそうな毛皮が並んでいたり、眩い宝石が並んでいたりもした。
美しく加工された宝石を並べているテントでは、店主の強引な勧めで店主自慢のアクセサリーだという品々を見ることになった。
友達、と言ったのが、自分のことを指しているのだと、リンファスは分かった。
リンファスにとって自分なんて何の価値もない人間だったが、それを言ってはいけないらしい。
……どうして?
「君がそう言う発言をするのは、君が本当の意味で僕を生きていく証として認めていないからだろう?
僕のことを、本当に君の生きる証にしてくれたなら、今君の口からそんな言葉を聞かなくて良かったんだ」
……どういうこと? ロレシオの言いたいことが分からない。
「わ……、私だって、貴方を証にしても良いくらいの人間になりたいと思っているわ……。本当よ。あの時言った言葉は、嘘じゃないわ……。
……でも、今はまだ私は至らないことだらけで、釣り合わないことが多すぎるわ……。だから私……」
恐る恐る言葉を紡ぐと、ロレシオは少し雰囲気を和らげて、すまなかった、と謝罪してくれた。
「大事な友達を傷付けられることは、……とても辛いことなんだ……。
君も、同じ花乙女の友達に置き換えて考えてみてくれないか。彼女が君に対して自分を卑下したら、どれだけ君は辛い思いをするだろう。
それと同じことを、君は今、僕にしたんだ。
君が自信を持てないのは十分理解しているよ。お父上の呪縛はとても強固だ。
それでも、あの時、これからの証を僕に見てくれると言ったのなら、君は僕に対して、君を傷付けてはいけない……。
僕が、君に対して僕自身を傷付けないように」
友達だから……。生きる証として居てくれる存在だから……。
だからその大役を請け負ってくれたロレシオを、傷付けるような人間であってはならない。
頭の悪いリンファスに、丁寧に言葉を重ねてそう教えてくれたロレシオに、感謝する。
思いやりが巡る。
ロレシオがリンファスを思い遣ってくれたことで、リンファスが気付けたこと、知ったこと。
それをいずれ、ロレシオに返せたら良い。リンファスが今感じた、震えるくらい嬉しい気持ちをそのままに。
「……私、……花以外で、貴方に喜んでもらえるような人間になりたいわ……」
自分の為に言葉を尽くし、心を掛けてくれるロレシオに、そう思う。
この込み上げる想いを、花で表現できたら良いのに……。
「やっぱりイヴラって、ちょっとずるいわ」
すねてリンファスが口を尖らせると、ロレシオはやっと笑ってくれた。
「でも、乙女が想いを受け取ってくれなければ、花は咲かない。
だから花が咲くのは、お互いの意思が通じている証なんだよ。
僕と君の間で、気持ちが通じている証だと思うから、この花を僕は誇りに思うよ」
ゆるりとした笑みを浮かべたままのロレシオが、リンファスの胸の花をするりと撫でる。ひらひらと花弁を靡かせる蒼の花は、ロレシオに触られて嬉しそうだ。
「ふふ……。花が嬉しそうだわ」
「すごいな、そんなことも分かるの?」
驚いた様子のロレシオに、そう感じるだけよ、とリンファスは言った。
「でも、私も嬉しいもの。ロレシオの友達で居られて、とても嬉しいわ」
微笑んでそう言うと、ロレシオの口許が満足そうに弧を描いた。
それから大陸の各地から集められた布や釦、糸などを取り扱っているテントも見た。
美しい光沢をした糸は色の種類が豊富にあって、店主が、大陸の東の方から取り寄せた貴重な糸だと教えてくれた。
艶やかなその糸の内の青色の糸が、リンファスに着くロレシオの蒼い花の色に、とてもよく似ていて素晴らしいと思った。
「お嬢ちゃん、気に入ったかい?」
リンファスが熱心に糸を見ていたら、店主がそう聞いてきた。
「あんた、花乙女だろう。気に入ったんなら要るだけ持って行けばいい。花びらを一枚貰って、買った金額を付けた帳簿と一緒に役所に出すと、後で国から売上がもらえるんだ」
リンファスがドレスを仕立てた時は、花乙女が用立てする店は登録制で、だから花乙女に使った分の売り上げは国から出るんだと店主のルロワが言っていたが、市でも花乙女が買い物をする為の仕組みが作られているのだとは思わなかった。
リンファスは店主の言葉に甘えて、その糸の青と黄色を少し分けてもらった。
「君は裁縫もするのか」
ロレシオがそう聞いてきたので、村では何でもしたわ、と応えた。
「繕い物から屋根の修理まで、何でもやったわ。父さんと私が生活する為の全てのことをしていたもの」
「……君の手が荒れていた理由が分かるよ。少し良くなっているね。良いことだ」
ロレシオはそう言ってリンファスの指先を手に取って見た。宿舎の少女たちとはだいぶ違う指先だろうに、ロレシオは微笑んでそう言った。
「倒れた時から比べると、頬も少しふっくらしたかな。あの時の君は、本当にひどかった」
「ロレシオの花を食べられるからよ。貴方には感謝しなければならないわ」
「それを言ったら、僕だって同じだ。だからおあいこだよ」
笑って言うロレシオが嬉しくて、リンファスも笑った。
「そうね。貴方が花乙女だったら、私の瞳の色の花が咲いたのかしら」
以前、アキムがリンファスに言った謎かけだった。
あの時はアキムに即答できなかったけど、いまなら彼の言葉の意味が分かる。
リンファスがロレシオに友情を感じていることを伝えたいように、アキムもリンファスに友情を感じていると伝えたかったのだ。
リンファスがふふふと笑うと、ロレシオも微笑んだ。
「そうだね。全身紫の花だらけになって、君に見せてあげたかったよ」
想像するだけでおかしい光景に、二人で大きな口を開けて笑う。
その後も色々なテントを見て回った。あたたかそうな毛皮が並んでいたり、眩い宝石が並んでいたりもした。
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