66 / 77
暗雲
(4)
しおりを挟む
*
アンヴァ侯爵家での夜会の後日。ロレシオは再びアンヴァ公爵の屋敷に来ていた。
この前の夜会に参加するときにリンファスを感じられるようにハンカチーフを胸に挿してきたが、宿舎に帰った後、洗おうと思ってポケットから取り出そうとしたら、ハンカチーフがなかった。
落としたとしたらアンヴァ公爵の屋敷だと思ったので訪れたが、使用人に聞いてもハンカチーフは見つからなかった。
(だとしたらあとは何処だ……。ハラントにもう一度聞いてみないといけないか……)
宿舎で落としたことも考えて、此処に来る前にハラントには確認したが、公爵家でこれだけ探してもらっても見つからないということは、宿舎で誰かが拾ってそのまま持っている可能性もある。
リンファスの刺繍は素晴らしかったから、自分の目の色とは関係なく持っている可能性も否定できない。
こういう時、館で交流を持たなかったことがあだになる。
ロレシオの目を異端視する宿舎のイヴラたちを一人一人問い詰めるわけにもいかない。
拾ったかもしれないイヴラの良心と、ハラントの気遣いに頼るしかなく、ロレシオは宿舎に戻った。
そしてハンカチーフは、ハラントに探し物をしている旨を他のイヴラたちに聞いてもらって、無事、手元に帰って来た。
アンヴァ公爵の屋敷ではなく、宿舎に帰ってきて衣服を寛げて廊下を歩いていた時に落としたらしい。
拾ったイヴラも持っていて悪かったと謝ってくれて事なきを得た。
ロレシオは改めてハンカチーフを洗って綺麗にし、ジュエルボックスに大切に仕舞った。
今は舞踏会に行っても、ロレシオの口から彼のことを聞くことは出来ないのだろうか。だったら舞踏会に参加する意味もない。
そう思ったが、何度か茶話会に参加して、少し話をするイヴラも増えた。
『愛し愛される』間柄でもないロレシオの気持ちを少しでも信じられない今、花乙女の役割としてロレシオ以外のイヴラにも知ってもらって愛してもらわなければならない。
役割を分かっていて放棄するなんてことは、リンファスには出来なかった。
ロレシオからは前日に「明日、庭で会おう」という手紙が来た。
リンファスの贈り物を大切にしない一方で、リンファスに会いたい気持ち、というのはロレシオの中で成立するのだろうか。
リンファスだったらそんなことは出来ない。
それでも手紙が届いたことで約束は交わされてしまった。
会わないことを告げる手段は文字も書けず、またそれを代筆してもらう勇気も持てなかったリンファスにはなく、リンファスは結局、ロレシオの多弁の花を咲かせて舞踏会に参加した。
いつもと同じくプルネルと遅くに会場に着いたリンファスを待っていたのはサラティアナだった。
「平気な顔をしてその花を着けて来るのね」
いつも明朗な笑顔で居たサラティアナからの憎しみの視線を受けて、リンファスは怖気づいた。そんな目で見られる理由が分からなかった。
「花って……、この蒼い花のことですか?」
「そうよ。それはロレシオの花でしょう。貴女にその花は相応しくないわ」
相応しくないとはどういう意味だろう。
疑問に思っているとサラティアナは優雅にドレスを捌いてリンファスに近づき、ぱっと蒼い花を掴んでリンファスからむしり取った。
咄嗟のことに避けられなかったリンファスは、花がむしり取られたこと、そして散った花びらが舞い散る中で同じ場所から再び蒼い花が咲いたことに驚いた。
花をむしり取ったサラティアナも再び咲いた蒼い花に目を剝き、そして怒りの声を張り上げた。
「貴女なんてロレシオの素顔も知らないくせに! 花芯の色の意味を知らない貴女なんて相応しくないって、ロレシオも分かっている筈なのに!」
悔しそうに地団太を踏んだサラティアナは、青い花弁が散った床に背を向けて会場から出て行った。
(相応しくない……? 花芯の色の意味……?)
何のことだろう。
何かリンファスの知らないことがあるのだろうか。
確かにリンファスは貧しい村の娘で、ロレシオは仕草からしておそらく裕福な家の息子だ。
でも最初にインタルに来た時に、花乙女とイヴラには貧富の差も、身分の差も関係ないとケイトが言っていた筈だけど、そうではないことなんだろうか。
サラティアナが部屋から去って行ってしまった今、疑問をぶつける相手は約束をしたロレシオしか居なかった。
ハンカチーフのこともある。リンファスがロレシオに相応しくないから譲り渡したのだろうか。聞いてみたらロレシオはどう答えるのだろう……。
庭に出るとこの前ダンスを踊った場所まで来た。果たして庭の奥から何時も通りロレシオが姿を現した。
「リンファス……」
リンファスの名を呼ぶロレシオは嬉しそうだった。
この前の舞踏会で彼に疑問を感じる前までのロレシオだった。
リンファスには訳が分からなかった。ハンカチーフのこと。それからサラティアナのこと。
ロレシオがリンファスに歩み寄り、リンファスの長い髪をやさしい手つきで梳いた。いとおしそうに頬を包まれて、ますます混乱する。
アンヴァ侯爵家での夜会の後日。ロレシオは再びアンヴァ公爵の屋敷に来ていた。
この前の夜会に参加するときにリンファスを感じられるようにハンカチーフを胸に挿してきたが、宿舎に帰った後、洗おうと思ってポケットから取り出そうとしたら、ハンカチーフがなかった。
落としたとしたらアンヴァ公爵の屋敷だと思ったので訪れたが、使用人に聞いてもハンカチーフは見つからなかった。
(だとしたらあとは何処だ……。ハラントにもう一度聞いてみないといけないか……)
宿舎で落としたことも考えて、此処に来る前にハラントには確認したが、公爵家でこれだけ探してもらっても見つからないということは、宿舎で誰かが拾ってそのまま持っている可能性もある。
リンファスの刺繍は素晴らしかったから、自分の目の色とは関係なく持っている可能性も否定できない。
こういう時、館で交流を持たなかったことがあだになる。
ロレシオの目を異端視する宿舎のイヴラたちを一人一人問い詰めるわけにもいかない。
拾ったかもしれないイヴラの良心と、ハラントの気遣いに頼るしかなく、ロレシオは宿舎に戻った。
そしてハンカチーフは、ハラントに探し物をしている旨を他のイヴラたちに聞いてもらって、無事、手元に帰って来た。
アンヴァ公爵の屋敷ではなく、宿舎に帰ってきて衣服を寛げて廊下を歩いていた時に落としたらしい。
拾ったイヴラも持っていて悪かったと謝ってくれて事なきを得た。
ロレシオは改めてハンカチーフを洗って綺麗にし、ジュエルボックスに大切に仕舞った。
今は舞踏会に行っても、ロレシオの口から彼のことを聞くことは出来ないのだろうか。だったら舞踏会に参加する意味もない。
そう思ったが、何度か茶話会に参加して、少し話をするイヴラも増えた。
『愛し愛される』間柄でもないロレシオの気持ちを少しでも信じられない今、花乙女の役割としてロレシオ以外のイヴラにも知ってもらって愛してもらわなければならない。
役割を分かっていて放棄するなんてことは、リンファスには出来なかった。
ロレシオからは前日に「明日、庭で会おう」という手紙が来た。
リンファスの贈り物を大切にしない一方で、リンファスに会いたい気持ち、というのはロレシオの中で成立するのだろうか。
リンファスだったらそんなことは出来ない。
それでも手紙が届いたことで約束は交わされてしまった。
会わないことを告げる手段は文字も書けず、またそれを代筆してもらう勇気も持てなかったリンファスにはなく、リンファスは結局、ロレシオの多弁の花を咲かせて舞踏会に参加した。
いつもと同じくプルネルと遅くに会場に着いたリンファスを待っていたのはサラティアナだった。
「平気な顔をしてその花を着けて来るのね」
いつも明朗な笑顔で居たサラティアナからの憎しみの視線を受けて、リンファスは怖気づいた。そんな目で見られる理由が分からなかった。
「花って……、この蒼い花のことですか?」
「そうよ。それはロレシオの花でしょう。貴女にその花は相応しくないわ」
相応しくないとはどういう意味だろう。
疑問に思っているとサラティアナは優雅にドレスを捌いてリンファスに近づき、ぱっと蒼い花を掴んでリンファスからむしり取った。
咄嗟のことに避けられなかったリンファスは、花がむしり取られたこと、そして散った花びらが舞い散る中で同じ場所から再び蒼い花が咲いたことに驚いた。
花をむしり取ったサラティアナも再び咲いた蒼い花に目を剝き、そして怒りの声を張り上げた。
「貴女なんてロレシオの素顔も知らないくせに! 花芯の色の意味を知らない貴女なんて相応しくないって、ロレシオも分かっている筈なのに!」
悔しそうに地団太を踏んだサラティアナは、青い花弁が散った床に背を向けて会場から出て行った。
(相応しくない……? 花芯の色の意味……?)
何のことだろう。
何かリンファスの知らないことがあるのだろうか。
確かにリンファスは貧しい村の娘で、ロレシオは仕草からしておそらく裕福な家の息子だ。
でも最初にインタルに来た時に、花乙女とイヴラには貧富の差も、身分の差も関係ないとケイトが言っていた筈だけど、そうではないことなんだろうか。
サラティアナが部屋から去って行ってしまった今、疑問をぶつける相手は約束をしたロレシオしか居なかった。
ハンカチーフのこともある。リンファスがロレシオに相応しくないから譲り渡したのだろうか。聞いてみたらロレシオはどう答えるのだろう……。
庭に出るとこの前ダンスを踊った場所まで来た。果たして庭の奥から何時も通りロレシオが姿を現した。
「リンファス……」
リンファスの名を呼ぶロレシオは嬉しそうだった。
この前の舞踏会で彼に疑問を感じる前までのロレシオだった。
リンファスには訳が分からなかった。ハンカチーフのこと。それからサラティアナのこと。
ロレシオがリンファスに歩み寄り、リンファスの長い髪をやさしい手つきで梳いた。いとおしそうに頬を包まれて、ますます混乱する。
0
あなたにおすすめの小説
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる