無能の少女は鬼神に愛され娶られる

遠野まさみ

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鬼神の里

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「か、顔を上げてください……! 千牙さんは何も悪いことをしていません……っ。私に『辛かったか』と気遣ってくださっただけで、十分なんです……っ。ハチやスズが人寄り過ぎるのだと思います……っ」

焦る咲に、千牙は顔を上げると、ふわりと笑みを見せた。……思いもよらない反応に、どきりとする。

「人から見て、人を食うあやかしは憎き存在であると思うのだが、咲はそのように思わないのだな」

「だって、千牙さんは何も悪いことしてませんよ、少なくとも私に対して……。邑から追い出されて、行く当てもない私に、期限付きですけど居場所を下さって……。いえ、期限はつけるべきだと思いますけど……」

人とあやかしは違う種類の存在だ。おにかみの里から見てみれば、異物混入の扱いをされてもおかしくないのに。

「すまぬな。終の棲家としては、おぬしにとってここの里は相応しくない故。ところで、咲。今から少し、出られるか」

すっと立ち上がった千牙を、慌てて追って立ち上がる。夜着だったため、スズが羽織を掛けてくれた。

「里と邑の際まで行く。朧が生まれるのは、主に夜だからな」

千牙の言葉を、咲は意外な気持ちで聞いた。咲は朧と昼にしか会っておらず、スズやハチもそのようにして出会った。

「『主に夜』なのには、理由があるんですか?」

「人が思案に暮れるのは、夜が多い故」

屋敷を出た千牙はそう言うと、咲を抱きかかえて、ひょいっと空(くう)を飛んだ。

「きゃっ!」

咲は驚きで千牙の袷にしがみつき、はっと我に返って、身を離した。千牙のひと蹴りで、里の屋敷や、他のあやかしたちの住まいの灯りが光の粒ほどに小さくなる。夜の空気を駆けて、咲は千牙と出会った場所に運ばれた。咲にも分かる邑の結界の際で、結界と地面の接地面から、淡い光の粒が、ポコポコと浮かび上がっていた。まるで、地上から星が生まれ、天に昇っていくようだ。

「きれい……」

咲が光の浮遊に見とれて呟くと、呑気にしている暇はないぞ、と千牙が厳しい目で言った。

「これらに、名をつけてもらわねばならない。名を得た朧は、私が器を与えてこの場に顕現できるようになる。顕現出来れば、悪鬼になることがなくなるのだが……」
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