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鬼神の里
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スズがきれいな小瓶から軟膏を指にすくい上げる。それを、腕や背中、腹や脚に至るまで広がる市子や芙蓉からの暴力の痕に塗り込んでいく。ややしみるが、我慢できない程ではない。
「しみますか。明日は薬を変えましょう」
「いいのよ、スズ。薬を頂けるだけでも贅沢だわ」
「いいえ。咲さまは我がおにかみ一族の恩人。そして、私の恩人です。恩人の為に少しくらい薬を探すことなんて、大した労ではありません。それより、咲さまにお健やかにお過ごしいただく方が、大事です」
スズが首を横に振って頑なに譲らなかった為、ここも咲が折れた。とはいえ、咲は特別なことをした気がしていないので、申し訳なくはある。
(でも、名を呼んでもらえた嬉しさは、分かるから……)
きっとスズも同じ気持ちなのだろう。そう思って身を任せる。
やがて全身の傷に薬を塗り終えた頃、部屋の外からハチが声をかけてきた。
「咲さま、長がお見えになっています。お通しして宜しいでしょうか」
明朗でよく通るその声に、咲は夜着の上から羽織を羽織らせてもらって、どうぞと応じた。部屋に入って来た千牙は昼間と同じ着物を着ており、咲ひとりがくつろいだ姿であるのに、やや申し訳ない気持ちになった。
「す、すみません。お湯を使わせて頂いた後だったので……」
「いや、構わぬ。湯を使ってもらうよう指示したのは、私だしな」
千牙はそう言うと、咲の前に座って深々と頭を下げた。
「せ、千牙さん!? なにを……!?」
「おぬしをこの里に連れてきたは良いが、開口一番、利害の話で済ませたことについて、おぬしを思い遣る言葉が足りなかったと、ハチに指摘されてな。人の身であやかしの里に連れてこられたのは、心細かっただろう。それなのに、おぬしの気持ちを慮ることが出来ず、申し訳なかった」
あやかしとは、人を食う恐ろしい生き物。猩猩を退けたとはいえ、千牙もまた、あやかし。力ない、と言われていたスズやハチと違って、この里の長たるべく力があるに違いない。その人が、あやかしから見て無力な人間に対して頭を下げるというのは、スズやハチの前だからだろうか。里のあやかしがこの場に居たら、きっと千牙の行為を許せない行為として、その者に映るだろう。
「しみますか。明日は薬を変えましょう」
「いいのよ、スズ。薬を頂けるだけでも贅沢だわ」
「いいえ。咲さまは我がおにかみ一族の恩人。そして、私の恩人です。恩人の為に少しくらい薬を探すことなんて、大した労ではありません。それより、咲さまにお健やかにお過ごしいただく方が、大事です」
スズが首を横に振って頑なに譲らなかった為、ここも咲が折れた。とはいえ、咲は特別なことをした気がしていないので、申し訳なくはある。
(でも、名を呼んでもらえた嬉しさは、分かるから……)
きっとスズも同じ気持ちなのだろう。そう思って身を任せる。
やがて全身の傷に薬を塗り終えた頃、部屋の外からハチが声をかけてきた。
「咲さま、長がお見えになっています。お通しして宜しいでしょうか」
明朗でよく通るその声に、咲は夜着の上から羽織を羽織らせてもらって、どうぞと応じた。部屋に入って来た千牙は昼間と同じ着物を着ており、咲ひとりがくつろいだ姿であるのに、やや申し訳ない気持ちになった。
「す、すみません。お湯を使わせて頂いた後だったので……」
「いや、構わぬ。湯を使ってもらうよう指示したのは、私だしな」
千牙はそう言うと、咲の前に座って深々と頭を下げた。
「せ、千牙さん!? なにを……!?」
「おぬしをこの里に連れてきたは良いが、開口一番、利害の話で済ませたことについて、おぬしを思い遣る言葉が足りなかったと、ハチに指摘されてな。人の身であやかしの里に連れてこられたのは、心細かっただろう。それなのに、おぬしの気持ちを慮ることが出来ず、申し訳なかった」
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