無能の少女は鬼神に愛され娶られる

遠野まさみ

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鬼神の里

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やさしい手つきと、突き放すような声音。どちらが本当の千牙に近いのか、初めて会った咲には判断が付かない。それでも。

「今、千牙さんは、私に『辛かったか』と聞いてくださいました。邑の誰も、私にそんな風に聞いてくれたことはなかった……。利用するんでもいいんです。もともと私には、そうされる以外に価値がないので……」

寂寥(せきりょう)を滲ませた目を細め、咲は言う。千牙はそうか、と呟き、この里での待遇について語った。

「それであれば、話は早い。里に逗留する代わりに、この里の周囲で生まれる朧に名をつけてもらいたい。それだけしてもらえれば、おぬしが次に生きていくべき人の里が見つかるまでの間、ここに居ることを叶えよう」

千牙の言葉に咲はぽかんとした。

それだけ? たったそれだけのことで、いっときの住処を与えてくれるというのか? あまりに咲に都合が良すぎて、正直狼狽える。

「あ、あの……。もっと、あの、お掃除とか、草むしりとか、そういうお仕事は……」

「要らぬよ。そもそもおぬしは、我が一族の恩人だ。そのおぬしを狡猾にも利用しようというのだから、私の方が責められなければならない」

「そんなこと……」

咲はそんな風に思っていない。猩猩に食われそうだったのを助けてもらった恩だってあるのだ。困って千牙を見つめる咲に、彼はやわらかく表情を崩した。

「おぬしは名をつけること以外に、憂うことはない。なに、いっときのことだ。竜宮城へ招かれたと思って、くつろいでくれたらいい」
千牙はそう言うと、小夜に命じて咲を退室させた。




「咲さま、薬を塗りますね」

夜である。あやかしも、人型は人のように過ごすらしく、先ほど湯あみをさせてもらった。湯を使うなど、子供の時以来だった。普段は井戸水や川で体の汚れを落としていただけだったので大層汚れていたと思うが、スズがせっせと体を洗ってくれたおかげで、咲は今、人生で一番清潔な状態だ。

ちなみに最初は体を洗ってもらうのは断った。しかしスズに、お役目だから、それを奪わないでほしい、と懇願されて、折れた。お役目があることは、その人を強くする。例えば破妖の力に恵まれた、芙蓉のように。咲にはなんのお役目もなかったから、日々、無能であることを悔い続けた。そんな思いをスズたちにして欲しくなかった為、咲は鬼神の里に来てから彼らに世話になっている。
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