無能の少女は鬼神に愛され娶られる

遠野まさみ

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鬼神の里

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「ち、力……、ですか……?」

思いもよらないことを言われて、咲はぽかんとした。千牙は、おや、分かっていなかったのか、と楽しそうに言葉を継いだ。

「朧たちはそもそも名を持たぬ。名を持たぬあやかしは環境に左右されやすく、やがてははびこる邪に飲まれ、悪鬼となる。おぬしが朧に名をつけたことで朧はしっかりとその性質を定め、安定した。これは、咲、おぬしの功績だ」

「私の……」

先ほど千牙は、咲を喰らおうとしていた鬼に『朧よ』と呼び掛けていた。もしかして、あの鬼は、朧の成れの果てだったのだろうか。

「そうだ。我々では、成しえなかった。あやかしは生まれつき名をもつのでな、生まれたあやかしに名をつけるという行為を知らなかったのだ」

そう、……だったのか。人が当たり前に行う命名の行為に、そんな力があるなんて思いもしなかった。

……でも、だったら、なにも咲でなくても、朧たちを想う気持ちのある人間が付けることも、可能なのでは、ないだろうか。朧は人に害をなさないし、それを知った人が名をつけることがあるかもしれない。そんな咲の考えを読んだように、千牙は続けた。

「ただ、名をつけるのが誰でも良いというわけではない。ハチとスズをはじめとした朧たちから聞いたが、咲は家族に名を呼んでもらえないことを悲しく思っていただろう? 名に対するこだわりが、おぬしにはある。その想いが力になった。……おぬしには、皮肉なことだと思うが」

千牙はそう言って、咲の頭をやさしく撫でた。……そんなことをしてもらったのが、もう記憶がかすれたはるか昔に父にしてもらったとき以来だったので、咲の目にジワリと涙が浮かんだ。

「何故泣く。やはり名を呼んでもらえなかったのは、辛かったか」

千牙の問いに、首を横に振る。違うのだ。悲しいからではない。千牙のやさしさが、嬉しかったのだ。

「……私、あやかしって、人を食う怖いものだと思っていたのですが、……違うんですね。千牙さんがやさしい方で、私、嬉しいです」

家族には捨てられた。拾われた先でこのようなやさしさに触れれば、咲の孤独で埋め尽くされていた心は簡単に傾く。滲む涙をぬぐって微笑もうとすると、千牙の手が咲の目もとから頬を覆った。

「そう判断するのは早計だ。私はおぬしを、利用しようとしている」
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