無能の少女は鬼神に愛され娶られる

遠野まさみ

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鬼神の里

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「咲さまが俺たちに親しみを持ってくださるのは、嬉しいです。でも、俺たちから見たら、咲さまは恩人です。どうかお仕えさせてください」

ハチの言葉にスズも、「私からも、お願いです」と言って頭を下げる。困った咲は、結局ハチとスズを受け入れた。

「では、奥へ。長の部屋にご案内します」

そう言ってハチが咲と小夜を屋敷の奥へといざなった。鬼神の長とやらが、何故咲をこんなに丁重にもてなすのか理解が追い付かないままに連れられて、艶やかに磨かれた長い長い廊下を歩く。そして廊下の一番にある部屋の前でこちらです、と案内され、ハチが襖に手を掛ける。

「長。お連れいたしました」

ハチがそう言うと、入れ、と短く応答があった。あけられた襖の奥には、先程の部屋の二倍ほどあろうかと言う部屋が広がっており、その奥の文机に向かっていたあの青年が、こちらを振り向いた。

息をのむ。

やはり美しい青年だ。ただ、邑の外で見た彼とは違い、あのときの剣呑さがどこにも感じられない。穏やかな顔をして咲を見ている。

「どうした。入りなさい」

咲を見て嫌な顔をしない人、という人間に会ったことがなかったため戸惑ったが、青年に促されて、咲は部屋に入った。音をさせずに、襖が閉まる。部屋で青年と対面する形になって、咲の緊張感は増した。

この人も、あやかしなのだ。邑の外で、咲をもらい受けると言ったのが、自分が捕食するためだったのなら、咲の命はここまでだ。猩猩に食われるにしろ、この青年に食われるにしろ、邑の外に出たら、どのみち命は助からない。咲は震えながら青年が近寄るのを見ていた。

「ふ。そんなに怯えずともよい。おぬしは我が一族の恩人。食うことはせぬよ。私は千牙。この里の長だ」

低く甘い、やわらかな声音で、彼は言った。見上げる長身の千牙の顔を、仰ぎ見る。

「おぬし、名は」

「え」

「名は、なんという」

名を、問われた。

もしかして、彼は咲の名を、呼んでくれるのだろうか。いやしかし、飽いたらまた、名無しになるかもしれない。そう恐れたが、ハチとスズに元気よく名を呼んでもらったことに元気づけられ、咲は喉を震わせて、名乗った。

「さ、咲と、申します……」

咲が名乗ると、千牙はすうと目を細くし、それから口の中で咲の名を転がした。

「咲、咲……、良い名だ。まずは、咲。おにかみの里の長として、礼を言わせてくれ。朧たちに力をありがとう。感謝する」
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