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鬼神の里
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咲の戸惑いに、女性は微笑みで頷いた。
「私は小夜と申します。こちらはスズ」
「スズ?」
スズ、と言えば、咲が気を失う前に朧に着けた名前だ。何かの関係が……? と思っていると、小夜の隣で待ちきれないと言わんばかりにうずうずとしていた少女が、声を発した。
「はい、咲さま! 私はスズです! あなたさまに名を頂いた上、恐れ多いことに、長から咲さまのお世話を言いつかり、人型を与えられました。朧ふぜいの私が人型を取れるなんて、夢のようです! 咲さまのおかげです!」
喜びの叫びの声には、聞き覚えがある。確かにその声は朧のスズだった。うずうずとしているな、と思っていたら、喜びの理由はそうらしい。咲としても、朧の格好よりも人型の方が親しみやすく、ありがたいと思った。
「あの、それで、小夜さん、スズ。ここはいったい、どこなんですか?」
咲の問いに、小夜が応える。
「はい、咲さま。ここは鬼神(おにかみ)一族の長の屋敷です」
「おに……かみ……」
「はい。あなたさまは鬼神のものをお救い下さいました。長がお会いしたいと申しておりますので、薬湯を飲まれましたら、着替えて長のもとへ参りましょう」
そう言って小夜から水差しから注がれた薬湯を渡され、促されるまま飲むと、今度は部屋に次々と運び込まれた色とりどりの着物をスズから宛がわれて、面食らった。
「咲さまは色が白くていらっしゃるから、どの柄もお似合いになりそうです。こちらの水色もこの萌黄もお似合いです。……でも、そうですねえ、やはりこちらの緋色(あけいろ)でしょうか。お顔立ちがはっきりとして、大変お美しいです」
最後に宛がわれたのは、おおよそみすぼらしい咲に似合うとは思えない、贅沢に桜が染め上げられた緋色の着物だった。
「あ、あの、スズ、私……」
スズは戸惑う咲をてきぱきと着替えさせ、着替えた咲を小夜が部屋の外へと促した。部屋の外には少年が控えていた。
「わあ、咲さま、お似合いです!」
「あ、あなたは……?」
くりくりとした目を咲に向けた少年は、スズと同じ年頃に見える。もしかして。
「はい、俺はハチです。スズと同様、咲さまのお世話をするよう、長から言いつかっております」
「そうだったの……。でも、なんだか悪いわ。私はスズもハチも、友達のような感覚なのに……」
咲の言葉にハチはにかっと笑った。
「私は小夜と申します。こちらはスズ」
「スズ?」
スズ、と言えば、咲が気を失う前に朧に着けた名前だ。何かの関係が……? と思っていると、小夜の隣で待ちきれないと言わんばかりにうずうずとしていた少女が、声を発した。
「はい、咲さま! 私はスズです! あなたさまに名を頂いた上、恐れ多いことに、長から咲さまのお世話を言いつかり、人型を与えられました。朧ふぜいの私が人型を取れるなんて、夢のようです! 咲さまのおかげです!」
喜びの叫びの声には、聞き覚えがある。確かにその声は朧のスズだった。うずうずとしているな、と思っていたら、喜びの理由はそうらしい。咲としても、朧の格好よりも人型の方が親しみやすく、ありがたいと思った。
「あの、それで、小夜さん、スズ。ここはいったい、どこなんですか?」
咲の問いに、小夜が応える。
「はい、咲さま。ここは鬼神(おにかみ)一族の長の屋敷です」
「おに……かみ……」
「はい。あなたさまは鬼神のものをお救い下さいました。長がお会いしたいと申しておりますので、薬湯を飲まれましたら、着替えて長のもとへ参りましょう」
そう言って小夜から水差しから注がれた薬湯を渡され、促されるまま飲むと、今度は部屋に次々と運び込まれた色とりどりの着物をスズから宛がわれて、面食らった。
「咲さまは色が白くていらっしゃるから、どの柄もお似合いになりそうです。こちらの水色もこの萌黄もお似合いです。……でも、そうですねえ、やはりこちらの緋色(あけいろ)でしょうか。お顔立ちがはっきりとして、大変お美しいです」
最後に宛がわれたのは、おおよそみすぼらしい咲に似合うとは思えない、贅沢に桜が染め上げられた緋色の着物だった。
「あ、あの、スズ、私……」
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「そうだったの……。でも、なんだか悪いわ。私はスズもハチも、友達のような感覚なのに……」
咲の言葉にハチはにかっと笑った。
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