女装マニアな魔法使いが愛を伝道する

清十郎

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新婦志津子の章

第14話 お色直し

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(これまでのあらすじ……)

今回の舞台は結婚披露宴。新郎新婦紹介、来賓祝辞、鏡割、ケーキ入刀と、プログラムは淡々と進行し、祝宴をより盛り上げるために余興が始まります。新婦同僚による見事な技、新郎友人によるゲーム、新婦学友による新体操演技、最後は新郎新婦双方の友人によるゲームで新郎が2連勝を飾り、祝宴は最高の盛り上がりを見せました。

**********

(しづこ~!しづこ~!)

 志津子は、その耳に懐かしい声が聞こえてくるのを感じました。

(だれ?わたしの名前を呼ぶのは?……お兄ちゃん?)

 おぼろげな意識の中で、自分を呼ぶ声が、……いったい誰が、どこから呼んでいるのか、志津子は漠とした意識ではありましたが、それを確認しようとします。

(志津子、志津子……)

 今度は、すぐ近く、志津子の隣から、その声が聞こえてきました。さっきとはまた違う優しい声が……。

 **********

「さあ、皆様方の楽しい余興もありまして、祝宴もたいへんに盛り上がってまいりました。」

 突然、脳に響く甲高い声が志津子の耳に飛び込んできました。

「……さて、新婦様におかれましては、お色直しのため、しばし、ご宴席から中座させていただきとう存じます。……では、皆様、盛大な拍手で新婦様をお見送りくださいませ。」

 そのカン高い司会者の声で、志津子はふと我に返りました。気がつくと志津子は新婦の席に座っています。

 隣には最愛の伴侶、竜治がいて、ニッコリと優しい笑みを志津子に投げかけてくれています。子供なんかにはなっていない、普通に成人している、志津子も見知った愛する竜治の姿です。

 会場の参列者も、皆、各テーブルに座って歓談しているようです。酒池肉林の淫らな雰囲気の片鱗も、そこからは感じられません。

(……え!な、なに?……何がどうなっているの?)

 裸で絡みあう人など、会場のどこにもいる筈がないですし、ましてや、自分や竜治の身体が小さく幼くなっているわけでもありません。

 あれだけの狂乱の巷でありながら、あの醜い淫らな喧騒をうかがわせるようなものは、何ひとつそこに見当たらないのです。

「志津子、どうしたんだい? 何か茫然としてるみたいだけど……ちょっと、疲れたかな? 」

 竜治の声に、志津子は再び驚きました。その声が聞こえること自体が志津子には驚きでした。

「りゅ、竜治! しゃべれるの! ……え! わたし、……は、話せる! ……えぇ! 動ける! 」

 つい反射的に返事を返した志津子でしたが、その自分自身の言動に対して、更に驚かされてしまいました。声を出せる……身体が動く……!

 ついさっきまで、指一本、まばたきひとつ、何もかもすべてが思うように出来ず、声も上げられなかった筈。それが今は、声が出せるし、体も動く……

「なに言ってんだよ、志津子。……ほんとに大丈夫か?」

 竜治が半笑いしながら、ちょっと心配そうに志津子の顔をのぞきこみます。

「……ほら、お色直しだぞ、係の人も待ってるし、みんな、見てるぞ。」

 しかし、今までの出来事をまったく覚えていないのか、竜治は屈託のない笑顔で志津子を促しました。

 その竜治の所作や言動には、志津子にとっても違和感のひとつもまったくありません。真実、何事もなかったかのように……。

(いったい、どうなっているの? あれはなんだったの? )

 お色直しのために、ホールスタッフの誘導を受け、会場に沸き起こる拍手の中、志津子は雛壇から降りました。

 志津子には、いまだに夢の中にいるような、おぼつかない足取りでありました。

(……白日夢にしても、妙に生々しくおぞましい。股間の痛みさえ記憶に生々しく、いまだに痛みが感じられるような気さえするのに……)

 志津子には、それが夢であったとはどうしても思えません。身体の中に竜治のものが入ってきた生々しい感触が、いまだにしっかりと残っているのを感じるのです。

(それとも、あんな淫らな妄想をする程に、自分は淫蕩な女だったのだろうか……。全然、分からない。理解できない。)

 ホールスタッフの誘導に従い、志津子は各テーブルに会釈をしつつ、出口へと向かいました。なんとか作り笑顔で応えていた志津子でしたが、まだ、表情はぎこちなく硬いままでした。

(同僚の加奈も由香も彩美もいる……阿部先生も、和江も唯も真理も茜も、みんないる。レオタードなんか着ていないし、まして裸なんかじゃない。)

 そこには、志津子がよく見知った友人や同僚たちが、満面に笑みをたたえながら、志津子に向かって手を振っている姿が見えます。

(……本当に、……本当に、あれが幻覚だったとでも言うの? )

 友人達はみんな、カラフルなカクテルドレスや鮮やかな振袖姿で、志津子に向かい、これ以上ない笑顔でしつこいくらいに手を振っています。

 来賓の席から、今度は親族席に目を転じると、岸田家のテーブルには可愛い久美ちゃんもいるし、長男家のテーブルには兄の卓也もいます。

(久美ちゃんも、笑顔で……制服が乱れている様子もない……。お兄ちゃんも普通にそこにいる……。ひょっとして、知らず知らず、心の奥底で兄を憎む気持ちが、あんなおぞましい妄想を産んでしまったのだろうか? )

 志津子は、あれが本当に夢だとしたら、なんであんな夢を見てしまったのか、とても不思議に感じました。

(……兄にあんな仕打ちをしたいと思う程に、わたしは兄を憎んでしまっているという事だろうか? )

 志津子は自問自答しながら、次第に自分を責めていきます。

(……いや、それともわたしには、本当は淫乱な本性が潜んでいて、心ならずも兄を蠱惑してしまっていたのだろうか? )

 志津子は、はからずも自分に原因を求めることで心の均衡を取り戻そうとしていたのでした。

(……だとすれば、わたしが一番に淫蕩な女……兄でも、竜治でも、阿部先生でもない。一番、悪いのは、誰でもない、このわたし……。)

 会場出口の扉で振り返り、列席者に向けて一礼をするその時まで、会場を歩みながら、志津子の思考は堂々巡りを続けていました。

 モヤモヤとした気持ちの晴れないまま、お色直しを促すスタッフにより、志津子は美容師の待つ支度部屋へと向かうのでした。

 **********

 しばらくの後、志津子は、純白のウェディングドレスから、淡いピンクのカラードレスへと着替えて、会場に戻ってきました。

 お色直しで式場専属の美容師の方から髪を整え、改めて化粧を施されているうちに、かなり、志津子の気持ちもほぐれて、少しは心の切り替えが出来たようでした。

 会場入口のドアはまだ閉まっていましたが、そこには最愛の新郎の竜治が、にこやかに志津子の到着を待っていてくれました。

 竜治も、礼装の白いスーツ姿から、光沢のあるシルバーのスーツに着替えていました。照明を落とした会場の中でも、スポットライトに反射してきらびやかに映えるスーツです。

 まだ、完全に気持ちを切り替えられたわけではありませんでしたが、明るい笑顔の竜治の姿を見て、志津子は少し勇気を分けてもらえたような気持ちになることができました。

 志津子は、竜治にニッコリとほほ笑み、隣に並んでドアの前に立ちました。

「心配したけど、大丈夫そうだね。」

 竜治が志津子に声をかけてきました。

「ごめんなさい。でも、もう平気。ちょっと疲れただけ……」

 志津子は笑顔で竜治に答えます。すると、ドアの向こう側から、司会者の声が聞こえてきます。

「新郎新婦様のご入場です。皆様、盛大な拍手でお迎えください。」

 司会者の声が終わると供に、新郎新婦の前のドアが開けはなたれ、装いも新たにした若い二人に、まぶしいほどのスポットライトが浴びせられました。

 晴れがましき場面、志津子は美しい笑みをたたえ、新郎と供に一礼すると、会場の中へと、ゆっくりと歩み出しました。

 悪い夢は忘れ、今このひとときを、竜治と参列者のみんなと一緒に、心ゆくまで楽しもう。……竜治と腕を組んで歩きながら、そう志津子は気持ちを切り替えていったのでした。

**********

(おわりに)

いつしか意識を失っていた新婦は、新郎の優しい声で目覚めます。しかし、不思議なことにあの淫らな忌まわしい狂宴は、その片鱗すら見えません。まさに狐につままれたかのような新婦はお色直しをしてきます。幸せムード一杯の披露宴会場に戻った新婦は、今のこの時を楽しむべく、気持ちを切り替えて臨んだのでした。
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