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第二話 海月
しおりを挟む暗い海を海流に流され、移動する。お腹が空けば、そこら辺に浮かぶ小さい生き物を食べる。
外敵は触手で脅して追い返す。そして、自分の体が老化したら海底に沈んで、岩と同化し、体を再形成する。すると不思議なことに私は若返る。
このループを何度繰り返しただろう?私はこの終わりなき生活の果てにふと考えた。「私は何のために生きているのだろうか?」と。
歳をとり、泳ぐことが出来なくなったら海の底に沈んで他の生物の糧になる。それがこの世界の常だ。なのに私はこの理の外側にいる。…私は何のために…。
そんなことを考えながら、海流に流される。
しばらくぼんやり流されていると、知り合いに会った。彼は海の中では珍しく堅い装甲に覆われている。機動力がない代わりにそれで外敵から身を守るという。私が見てきた中でも珍しい進化の形だ。
「久しぶりじゃないか。」沈んだ死骸を食べるのに夢中な彼に声をかけた。
彼はのっそりとこちらに顔を向け言った。
「お前さんか。ちょうど5年ぐらいになるな。まさか広い海の中再び出会うとはな。」
「まさか。そんなたいしたことじゃない。私はただ海流に身を任せているだけさ。お互い何の変わりもなければ5年に一度くらいは会うさ。」
「…いや、もう次はないじゃろう。」彼は静かに言った。「段々体の動きが鈍く、重くなってきておる。もうそろそろ寿命なんじゃろう。」
そうか。私以外の生物はただ年をとるだけで死んでしまうのか。当たり前のことを再認識した。
「そう哀しそうにするな。生きているのじゃから死ぬのは定めじゃ。…自然な事だ。」
「じゃあ死なず、若返りを繰り返す私は何者なんだ?」自分の積年の疑問が口を衝いて出た。
彼は答えない。…もう行こう。もう友人が死ぬのを見たくない。彼の元を去ろうとしたその時、彼は言った。
「儂にも分からん…。一つ確かな物があるとすれば、魚は誰にも教わらずとも泳ぎ方を知っているし、生きる術も心得ておる。本能レベルの暗黙知があるということじゃ。答えがあるかも分からん。」
水を打ったような沈黙。やはりそうだろう。わかっていたことだ。わからないものはどうあがいてもわからないことなど。
別れの言葉を掛けようとした時、彼はもうこと切れていた。
そう。意味などないのだ。彼の死もこの悲しみも。
また一人海を彷徨う。終わらぬ輪廻。失い続ける苦しみは癒えることはない。
水流の変化を感じて周囲を見渡す。前方に私のほうに向かって泳ぐ巨大な影が見える。おそらく私はあと数秒で食べられてしまうだろう。だが別段恐怖は感じなかった。唯一恐ろしいのはこのスパイラルから逃れられないことだった。
目が覚めると私は暗い海の底ではなくどこかも知らぬ明るい空間にいた。ようやく死ねたということか。安堵すると同時に一抹の不安を感じた。このあとはどうなるのだろうか?まさか…。まだ続くのか?今度は行き止まりすら見えない空間の中、一人でいるのか?
あれこれ思考を巡らせている時、声が聞こえてきた。
「いやいや、そんな無意味なことはしませんよ。」
声のした方向に向かおうとするも、声の出所がわからない。誰もいないのに突然聞こえてきたのである。そもそもなぜ私の考えがわかったんだ?
「私の姿が見えないのは単に貴方の意識に語りかけているからです。貴方の考えが読める理由もそれです。ちなみにこの空間も私がつくりましたよ。」
…すごい生物がいるものだ。
「う~ん。貴方が思うような生物じゃありませんよ。あまり時間がないので本題に入りますか。簡単に言いますと…次は何に生まれ変わりたいですか?」
…生まれ変わり?
「はい。文字通りの意味です。貴方はまた何かに生まれるのです。具体的に思いつかなかったらどんなことがしたいかでもいいです。」
…難しい質問ですね…。まぁどうせなら自分自身の力でどこまでも行ける生物がいいですね。
「わかりました。じゃあ渡り鳥なんかはどうです?」
渡り鳥とは何ですか?そもそも鳥というものがわからないです。
「ああ。そうですよね。貴方は海洋生物だったのですから。ちょっと説明が難しいですね…。貴方が住んでいた海のずっと上のほうには空という空間が広がっています。その空を一年中旅する生物を渡り鳥というのです。」
なるほど。自由に動ける分前よりはいいですね。渡り鳥にしておきます。
「了解です。ではまた会う時までお元気で。」
声の主はそう言い残し消えた。
そして私は狭く暗い場所に閉じ込められている。話が違う…。私は「空」とかいう広い空間を旅するはずなのに。狼狽した私は焦ってその壁に頭突きをした。すると壁がひび割れ、外への脱出口が開かれた。外の世界にはーーどこまでも続く青い空が広がっていた。
「ふぅ。ようやく終わったよ。」
声の主いや、神は呟いた。
「さっきの子はベニクラゲか。そういえばあの子は生きる意味とか考えてたな。まぁ意味もなく生き続けたら確かに何で生きているのか疑問に思うよね。正直のところ何の意味もないのにね。僕に不幸自慢されても困るから驚くのに夢中でいてくれて助かったよ。」
神の独白は続く。
「それにしても、あの子は気づかなかったなぁ。自分が死んでもまた生まれる、これが永遠に繰り返されることを。」
神はさも残念そうに言った。
「せっかく輪廻の疑似体験をさせてあげたのに。」
渡り鳥のほうを見つめて呟く。
「君はこの無意味な輪廻から抜けられるかい?」
神はつまらなそうに嗤った。
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