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第三話
しおりを挟むアリシア処刑日からおよそ一年ほど前。
士官学校に入学したアリシアの隣には、ヴィクトールの姿があった。
椅子に座り、お茶会をしている……までは良い。
しかし、お茶会の席には多くの女生徒たちが並んで座っている。
「ああ、君はなんと美しい。デンドロビウムの花のようだ」
「まあ、ヴィクトール殿下。女性の扱いがご上手ですわ」
背が伸び、年齢を重ねたヴィクトールは、傲慢な態度はそのままに、女遊びまで覚えてしまい、タチの悪さが助長してしまった。
「おい、アリシア。何をしている。食事はどうした?」
アリシアの立場はメイドでも何でも無い。
正式な婚約者を前になんたる扱いか。
「…………」
「相変わらず、キサマは自分の立場が分かってないようだ。キサマの一家は我ら王族の“懐柔”なのだろう?」
誤用だろうが、言いたいことは分からなくもない。
「……我が家は懐刀だ」
「ン? 何か言ったか?」
「いえ」
アリシアのイライラは募るばかりだが、相手は一国の王子。
将来のヴェアトリー家の領益を省みれば、我慢の価値はある。
アリシアは我慢をしながら、お茶を差し出す。
「殿下。お茶です」
我がヴェアトリーの領地で取れた茶葉で入れた紅茶。
ヴィクトールがカップを受け取った。
「なんだ、その話し方は? まあいい」
ヴィクトールが紅茶を口に含めた瞬間だった。
紅茶をアリシアに浴びせてきた。
「こんな泥水呑めるものか! このオレ様に相応しい飲み物を用意せよ!」
王子の怒号の中、アリシアはただただ黙って、紅茶を拭う。
領民たちが毎年毎年苦労をしながら育てている茶葉を泥水呼ばわりか。
なるほど、こいつは死ななければ治らない不治の病を患っているようだ。
「これで我が王国が誇る忠臣の一族だと言うのだから、お笑いだな。なあ、お前たち」
「う゛ぃ、ヴィクトール王子殿下。お言葉ですが、アリシア様は武芸に秀でておられるお方ですわ……! そのようなお方に……ひっ!」
ヴィクトールとお茶をしていた令嬢たちは「ごめんあそばせ!」と言い残して一目散に去って行く。
「待て、お前達! オレ様の用意した席をなんだと思っている!」
腹を立てたのか、ヴィクトールは足をドンっと机の上に置いた。
腹を立てているアリシアに全く気付かず、ふんぞりかえっている。
(ここで一度痛い目にあわせてみるか)
少しは愚かな男の出来の悪い脳みそも、改善するかもしれない。
この程度の男、いつでも殺せる。
アリシアはそう考えて、この男の愚かな行いを耐えてきた。
ゆえに、素手でこの男を教育し直すのが、何もかも手っ取り早いかもしれない。
アリシアが考えを実行に移そうとした時だった。
大きな欠伸と共に、一人の男がお茶会の席にやってきた。
「これはこれは王子殿下。未来の婚約者サマもこんにちは。一体、なんの騒ぎだい?」
すらっとした背の高い、黒髪を整髪料で纏めた男。蒼の瞳の持ち主。
優しそうな顔付きだが、どこか相手を騙そうという魂胆を感じさせる。
端正で。それでいて、策略という言葉が似合う男。
「レオン・フォン・フォルカード……!」
「女遊びは大概にしろよ、ヴィクトール。醜聞ばっかり作っていると、沽券に関わるぜ?」
「ふ、フン! オレは王子だぞ?」
「……だから?」
「物分かりの悪い奴だな、レオン。多少の醜聞ていど、どうともなるまい」
呆れたように乾いた笑いを漏らしたレオンは、アリシアの腕を引っ張る。
「婚約者がここにいるんだぜ? 堂々と浮気するバカがどこにいるんだ?」
「それがどうした? オレくらいの男になれば、モテてモテて仕方がないんだよ」
「女心が分からねえ奴がモテるとは思えねえんだけどな」
何をと机に乗り出そうとしたヴィクトール。
しかし、それと同時にヒソヒソ話しを始めた生徒たちの姿が。
ヴィクトールが相手にしているのは、フォルカード公子のレオンという男なのだ。
王家の分家の子である。
立場こそ王位継承権を持つヴィクトールには一歩劣るが、レオンとて内務卿の息子である。
その父の権力は、士官学校内でも影響を持つ。
たとえ、親の権力をヴィクトールのように口にしなかったとしてもだ。
衆目の場で、そんな偉そうな態度を続けているということは、今後の沽券にかかわる話なのである。
「ちっ。確かにキサマの言うとおり、このオレ様の尊き立場が失われるのは良くないな」
「物分かりが良くなったな、ヴィクトール」
「黙れ! どいつもこいつもフォルカード、フォルカードと! キサマは決して王位になれぬと言うのに!」
ドンッと机を蹴り飛ばして、ヴィクトールはその場を後にした。
武術に優れ、学術にも優れたレオンは、ヴィクトールにとって嫉妬の対象なのだ。
それ以上に、気に入らないのはアリシアの方である。
「なぜ止めた、フォルカード公子」
この男は先を読むことに何よりも長ける。
そんな男が考えていることは大抵は“利”か“損”だとアリシアは決めつけているのだ。
今回の行動はレオンにとっては利もなければ、損もないのである。
「お前の事はガキの頃から知っているが、お前みたいに面白い奴は後にも先にも現れそうにないからな」
「何が言いたい?」
「ヴィクトールとケンカして、居なくなったら困るってコト」
これは本心からの言葉だろう。
アリシアは呆れて、ため息しか出せない。
「お前のその胡散臭い発言がなければ、私が雇うというのに」
「胡散臭いってヒドイな。俺は単に面白いコトが好きなだけだぜ?」
「その発言が既に胡散臭い」
「んー。まあ、気ぃーつけるさ……」
ちょっと落ち込んでいるように見えるが、本人も滲み出るうさんくささを気にしているのだろうか。
「っていうか、お前さんもアレだな」
「アレ、とは?」
「未だに俺を雇うとかなんとか言っているのかよ」
レオンとは、幼い頃からの顔見知りである。
王家の遠縁とはいえ、王家に連なる者であったフォルカード家は、挨拶をする必要があったためだ。
ただアリシアにとっては、それだけの関係である。
「優秀な人材は私の下で活かされる」
アリシアの発言を聞いて、レオンは腹を抱えて笑い始めた。
「相変わらずお前さんは面白いな、はっはっはっ!」
何が面白いというのか。
「お前さんといれば、退屈しなくて良い。いつか、何か面白いコトをおっぱじめたら、俺も混ぜてくれ」
笑うレオンに、アリシアは腕を組んで目を伏せる。
この男は優秀だが、どうもイラっとさせてくれる。
「お前は呼ばない。腹に何を抱えているか分からないから」
その一言でより一層、レオンの笑い声は大きくなった。
「だーかーら、違うんだって! 俺は別に頭が回るだけで、変なコト考えてないって! はっはっはっはっ!」
「言い掛かりをつけられて怒っているのか、それとも面白いことを聞いて笑っているのか、どっちだ?」
「どっちもだよ。ははは」
それが、アリシアと在りし日のヴィクトール、そして、レオンとの日常であった。
ヴィクトールがアリシアへ嫌がらせを行い、レオンが余計な口を挟み、うやむやにする。
そんな毎日が続いて、辿る結末が――よりにもよって処刑であった。
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