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第五話
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ヴェアトリーの庭では兵士たちが鍛錬と、それから捕らえた捕虜たちの食事がまかなわれていた。
屋敷内の整えられていた庭が荒れている。
貴族の屋敷とは思えない荒れた庭になったが実用性はもう求めていない。これから戦のための拠点となるからだ。
「我がヴェアトリーの誇る兵たちよ。私は戻ってきた!」
アリシアの声に呼応して、兵士たちは一斉に「おおっ!」と声を挙げた。
「これより、我がヴェアトリーは愚かな次期国王の愚かな考えを挫くべく、国家転覆のえん罪を、本物へと変えようと決断した! 愚かな国家が相手とは言え、相手は国が相手。我ら幾百の兵士と対峙するのは百万の兵士たち! 命が惜しい者は申し出るが良い! 暮らしと身の安全は保障しよう!」
アリシアの言葉に首を振ったのは兵士たちだ。
「団長……いえ、お嬢様には感謝しかありません!」
「おいらたち兵士に雇用を作ってくれただ!」
「領民たちが税金で苦しまぬよう、税金のバランスをいつも考えられておられます!」
「農作物を鳥獣害から守れるよう、仕掛けの知識を教えてくれただ!」
「最新の農作物や、最新の武器などの情報をくれたぜ!」
「貴族奴らだけが独占していた、肥料なども皆に分け与えてくれただ!」
「病気など利く薬の確保や、最新医療など、士官学校でしか聞けない知識なんかも、我々に!」
「ウチも息子が、士官学校に入学したいと言った折、入学資金の提供をくださりました! 多額にもかかわらず、お嬢様は出してくださったのです! そのお礼のためならば、国にだって戦ってみせます!」
わーわーと口々に礼を述べ、士気が上がっていく兵士たち。
レオンは「おーおー、盛り上がっているねえ。王国と比べてどっちが国なんだろうねェ」と相変わらずの様子だ。
「ご領主の娘サマはお優しいみたいだなァ」
「メリットが大きかったからな」
「……メリット?」
「利と損で考えるお前が、気付かないわけないだろう」
「そう言われても、お前さんのとんでもない思考にはついていけないぜ……」
どうやらレオンは察しが悪いようで、アリシアは一つずつ説明する。
「兵士を雇ってカネを払うのは当然のこと。税金も民がいなければ発生しないし、税金がなければ貴族は存在出来ない。農作物を守るのは自領の食糧事情を守ることに繋がる。最新の知識を伝聞し、領民を教育すれば国益になる。肥料や技術、医療なども領民が使うべきだ」
「……平民の息子を士官学校に入学させたのは?」
「勉強が出来る人間が勉強をすれば、将来的に我がヴェアトリー家に還元される。優秀な者であれば、誰であろうと登用する」
ああ、はいはいとレオンは呆れたように言う。
「あくまでお前さんのためと。素直じゃないねェ」
「皮肉はよせ。私は領益しか考えていない」
「ま、領民たちもお前さんも上手くいっているならそれでいいさ」
レオンは愉快そうに笑う。
その態度の節々に国家と敵対するという重大さを一切感じさせない。
大変な存在を相手取ることを分かっていて、こうして笑っているのだから尚更タチが悪い。
だから、裏がありそうと余計な勘ぐりをされる原因になっていることも気付いているのだろうか。
レオンはまるで、貴族に取り入る悪い商人のような笑顔を浮かべながら手帳を懐から出す。
「で。どうするんだ?」
「どうする、とは?」
「いやいや。分かってんだろ? 国家転覆を目指すなら、どう立ち回るか、だ。戦だけが戦争じゃあないんだぜ?」
肩をすくめたレオンは続ける。
「誰を味方につけるか。どこから戦力を削ぐか」
当然、アリシアとて分かっている。
こうして戦をする以上、貴族たちとの謀りごとがもっとも重要視されていくことくらい。
「国家を手に入れることを最終目標として、国家に救う病巣を排除する」
「病巣、だァ?」
レオンは腕を組む。
「ミルラ・ヘルマン・バラン……引いては、バラン公爵家が黒幕だ」
「外務卿、バラン公爵が、なんの黒幕だって?」
「ミルラと急に結婚するなどと、アホ王子が急に宣いだすわけがない」
うーんと顎に手を添えたレオンは空を眺める。
「あの不出来な王子サマなら急に言い出すだろうがな」
その点は同意する。
しかし、あの王子はアホだが、いくらなんでも婚約破棄から処刑という考えに至るワケがない。
だからこそ、唆した存在がいる。
「その不出来な王子を利用し、国を思い通りに操ろうと考える人間は一人しかいない」
あのアホ王子ならば、娘を近づけるだけで思い通り動かせることだろう。
バラン公爵家の令嬢、ミルラ。
その父親であるバラン公爵が今回の一件に手を引いているとアリシアは考えた。
「で、バランのおっさんが黒幕、と。あのおっさん、昔っから野心家だしなァ」
「お前もその野心家とやらに手痛い策略を喰らっていたハズだけど?」
「そりゃ俺の親父の話だ。俺には関係ないね」
バラン公爵は、内務卿であるフォルカード公爵家から立場を奪った男。
国王を唆し、内務卿であったフォルカード公爵は、今では名ばかりの肩書きになっている。
「どっぷりとヴェアトリー家に関わっている以上、関係は大ありだ」
「俺は別に構わないぜ。なんたって、お前さんの面白いハナシに乗っかれているからな」
相変わらずこの男は裏がありそうで御しにくい。
「やはり、お前を配下に引き入れるのは危ないな。寝首を掻かれてしまう」
「掻かねえよ! 俺ァ、いつだって正直に生きているんだって!」
ポリポリと自分の頬を掻いているレオン。
その飄々とした態度がいらぬ誤解を生んでいるかもしれない。
「今後、王国を手に入れるなら貴族連中を味方に引き入れるのと……それから」
レオンはどことなく不安そうな表情をした。
「あのアホ王子の言葉を間に受けて王様が動くとすれば、カルデシア辺境伯に要注意だな」
ヴェアトリーが王国にとって最高の部隊を持つのであれば、当然、二番手の部隊が存在する。
表の仕事をするのがヴェアトリーであるならば、カルデシア辺境伯の部隊はまた違う。
「カルデシア……。我がヴェアトリーが懐刀であれば、辺境伯の部隊は……」
「そう。王国の“火消し”だ」
火が起きれば根元から消す。
即ち暗殺部隊。
「毒とか、夜襲に気ぃつけないと、お前さんの国家反逆はスタートと同時に躓くだろうぜ」
アリシアは何も言わずにコクリと頷いてみせた。
屋敷内の整えられていた庭が荒れている。
貴族の屋敷とは思えない荒れた庭になったが実用性はもう求めていない。これから戦のための拠点となるからだ。
「我がヴェアトリーの誇る兵たちよ。私は戻ってきた!」
アリシアの声に呼応して、兵士たちは一斉に「おおっ!」と声を挙げた。
「これより、我がヴェアトリーは愚かな次期国王の愚かな考えを挫くべく、国家転覆のえん罪を、本物へと変えようと決断した! 愚かな国家が相手とは言え、相手は国が相手。我ら幾百の兵士と対峙するのは百万の兵士たち! 命が惜しい者は申し出るが良い! 暮らしと身の安全は保障しよう!」
アリシアの言葉に首を振ったのは兵士たちだ。
「団長……いえ、お嬢様には感謝しかありません!」
「おいらたち兵士に雇用を作ってくれただ!」
「領民たちが税金で苦しまぬよう、税金のバランスをいつも考えられておられます!」
「農作物を鳥獣害から守れるよう、仕掛けの知識を教えてくれただ!」
「最新の農作物や、最新の武器などの情報をくれたぜ!」
「貴族奴らだけが独占していた、肥料なども皆に分け与えてくれただ!」
「病気など利く薬の確保や、最新医療など、士官学校でしか聞けない知識なんかも、我々に!」
「ウチも息子が、士官学校に入学したいと言った折、入学資金の提供をくださりました! 多額にもかかわらず、お嬢様は出してくださったのです! そのお礼のためならば、国にだって戦ってみせます!」
わーわーと口々に礼を述べ、士気が上がっていく兵士たち。
レオンは「おーおー、盛り上がっているねえ。王国と比べてどっちが国なんだろうねェ」と相変わらずの様子だ。
「ご領主の娘サマはお優しいみたいだなァ」
「メリットが大きかったからな」
「……メリット?」
「利と損で考えるお前が、気付かないわけないだろう」
「そう言われても、お前さんのとんでもない思考にはついていけないぜ……」
どうやらレオンは察しが悪いようで、アリシアは一つずつ説明する。
「兵士を雇ってカネを払うのは当然のこと。税金も民がいなければ発生しないし、税金がなければ貴族は存在出来ない。農作物を守るのは自領の食糧事情を守ることに繋がる。最新の知識を伝聞し、領民を教育すれば国益になる。肥料や技術、医療なども領民が使うべきだ」
「……平民の息子を士官学校に入学させたのは?」
「勉強が出来る人間が勉強をすれば、将来的に我がヴェアトリー家に還元される。優秀な者であれば、誰であろうと登用する」
ああ、はいはいとレオンは呆れたように言う。
「あくまでお前さんのためと。素直じゃないねェ」
「皮肉はよせ。私は領益しか考えていない」
「ま、領民たちもお前さんも上手くいっているならそれでいいさ」
レオンは愉快そうに笑う。
その態度の節々に国家と敵対するという重大さを一切感じさせない。
大変な存在を相手取ることを分かっていて、こうして笑っているのだから尚更タチが悪い。
だから、裏がありそうと余計な勘ぐりをされる原因になっていることも気付いているのだろうか。
レオンはまるで、貴族に取り入る悪い商人のような笑顔を浮かべながら手帳を懐から出す。
「で。どうするんだ?」
「どうする、とは?」
「いやいや。分かってんだろ? 国家転覆を目指すなら、どう立ち回るか、だ。戦だけが戦争じゃあないんだぜ?」
肩をすくめたレオンは続ける。
「誰を味方につけるか。どこから戦力を削ぐか」
当然、アリシアとて分かっている。
こうして戦をする以上、貴族たちとの謀りごとがもっとも重要視されていくことくらい。
「国家を手に入れることを最終目標として、国家に救う病巣を排除する」
「病巣、だァ?」
レオンは腕を組む。
「ミルラ・ヘルマン・バラン……引いては、バラン公爵家が黒幕だ」
「外務卿、バラン公爵が、なんの黒幕だって?」
「ミルラと急に結婚するなどと、アホ王子が急に宣いだすわけがない」
うーんと顎に手を添えたレオンは空を眺める。
「あの不出来な王子サマなら急に言い出すだろうがな」
その点は同意する。
しかし、あの王子はアホだが、いくらなんでも婚約破棄から処刑という考えに至るワケがない。
だからこそ、唆した存在がいる。
「その不出来な王子を利用し、国を思い通りに操ろうと考える人間は一人しかいない」
あのアホ王子ならば、娘を近づけるだけで思い通り動かせることだろう。
バラン公爵家の令嬢、ミルラ。
その父親であるバラン公爵が今回の一件に手を引いているとアリシアは考えた。
「で、バランのおっさんが黒幕、と。あのおっさん、昔っから野心家だしなァ」
「お前もその野心家とやらに手痛い策略を喰らっていたハズだけど?」
「そりゃ俺の親父の話だ。俺には関係ないね」
バラン公爵は、内務卿であるフォルカード公爵家から立場を奪った男。
国王を唆し、内務卿であったフォルカード公爵は、今では名ばかりの肩書きになっている。
「どっぷりとヴェアトリー家に関わっている以上、関係は大ありだ」
「俺は別に構わないぜ。なんたって、お前さんの面白いハナシに乗っかれているからな」
相変わらずこの男は裏がありそうで御しにくい。
「やはり、お前を配下に引き入れるのは危ないな。寝首を掻かれてしまう」
「掻かねえよ! 俺ァ、いつだって正直に生きているんだって!」
ポリポリと自分の頬を掻いているレオン。
その飄々とした態度がいらぬ誤解を生んでいるかもしれない。
「今後、王国を手に入れるなら貴族連中を味方に引き入れるのと……それから」
レオンはどことなく不安そうな表情をした。
「あのアホ王子の言葉を間に受けて王様が動くとすれば、カルデシア辺境伯に要注意だな」
ヴェアトリーが王国にとって最高の部隊を持つのであれば、当然、二番手の部隊が存在する。
表の仕事をするのがヴェアトリーであるならば、カルデシア辺境伯の部隊はまた違う。
「カルデシア……。我がヴェアトリーが懐刀であれば、辺境伯の部隊は……」
「そう。王国の“火消し”だ」
火が起きれば根元から消す。
即ち暗殺部隊。
「毒とか、夜襲に気ぃつけないと、お前さんの国家反逆はスタートと同時に躓くだろうぜ」
アリシアは何も言わずにコクリと頷いてみせた。
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