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第六話
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――ヴィクトール――
王国内で最大の建物である宮殿。
王都の中心に建てられた、その建物は、国内最高の大きさを誇り、国内で最高の建築物なのである。
これよりも大きな建物は、王国内には存在せず、今後も作られることは一切無い。
なぜならば、宮殿よりも大きくて立派な建物を作ることを法で禁じられているのだ。
それだけ、王国にとっても王族にとっても最も誇り高い御殿なのである。
宮殿内部の廊下ですら、調度品はおろか、大理石の床や壁すら高値がつく。
だからこそ、ここで働く人間たちは細心の注意を払いながら掃除をする。毎日毎日陽が上る前に起きて働き、陽がとっぷりと落ちてもまだ働くほどであり、傷などつけた日には高い賠償金を支払う決まりになっている。
さて、そんな宮殿内部の中でも、最も清掃が行き届き、最も重要な人間のみしか入ることを許されない特別な一室がある。
それこそ、王の謁見室なのである。
ヴィクトールが朝から向かったのは、その謁見室の玉座に座っている人物に呼び出されたからだ。
「ヴィクトール! キサマ! 何を考えているのか分かっているのか!?」
「ち、父上! ですが、アリシアはとても王女に相応しくない人柄。我が妃となるには程遠い!」
傷をつけるだけで極刑すら行われるという玉座を、思いっきり叩き付ける国王。
相当怒っているのだろう。
なんとか王の威厳を守ろうと、自らの感情を押し殺しているように見える。
「アリシア・デ・ヴェアトリーは強い娘だ。我が国最高の剣術を持つヴェアトリー侯の娘は、その父を超えかねん腕を持つ」
どうやらヴィクトールの主張である、「王妃に相応しい品格」については聞いてくれていないようだ。
「父上。我が妻には剣ではなく、この私に相応しい品格と美しさを兼ね備えた女性でなければなりません。賢く、美しい私に相応しい存在でなければ!」
王は鼻で笑った。
「愚かで、顔だけの間違いであろう。そんな愚かなお前を、ヴェアトリー侯嬢が引っ張ってくれると思っていたのだがな」
父は結局ヴィクトールを認めてはくれないようだ。
怒りでわなわなと震える拳をヴィクトールは何とか己を抑える。
そんな中、一人の男が口を挟んだ。
「陛下。そう王子を責めないでください」
その男は不敵に笑っている。
「フェルド・フォン・バラン。愚息は貴公の娘と結婚すると言い出したそうだな?」
「左様。王子はよく我がバラン邸に遊びに来ておりました。そこで、秘密裏に我が娘と婚約を交わしてしていたようです。恐らくはその想いが抑えられずにいたのでしょう」
本当か、と訊ねてくる父親にヴィクトールはとりあえず頷く。
婚約の約束は定かではないが、バランの娘ミルラは、突然ヴィクトールに告白してきたまでは覚えているが。
父である国王は困った表情をしている。
「バラン公。これからどうするべきか」
「一度、火がついた軍務卿は止まらない。もうこうなってしまってはヴェアトリーを切り捨てる他ありませぬ」
「そうは言うが、まだ撤回は可能ではないか?」
「大事なご息女を処刑しようとして、国家反逆を現実のものにしたヴェアトリー侯が、今さら撤回などという言葉を聞き入れるわけがございません」
王は弱々しく「ウム、その通りだな」と呟いた。
「しかし、軍務卿も、アリシアも相当な手練れ。そう易々と倒せる相手ではないぞ」
「確かに、今まで王国軍の要が敵となった事は痛い。我が国の最高の部隊が、敵として戦うワケです。今まで、幾度となく行われてきた軍事会議において、軍務卿が様々な事態を想定した発言をしていましたが、軍務卿が敵となる想定は一度もされておりません」
「どうにか、少ない被害で事を終わらせられぬだろうか。長引けば、民たちが何をするか分からないぞ」
となれば、とバラン公は口を開く。
「カルデシア辺境伯の兵を使いましょう」
ヴィクトールとてカルデシア辺境伯の部隊はどういう理由で使われているか知っている。
暗殺。
王国が世論や、面倒な情報が市民たちに広まる前に標的を始末する部隊。
国王の表情が強張る。
「殺すつもりか?」
「ええ。その方が丸く収まる。ヴェアトリーが敵である以上、奴らの戦力は並大抵のものではない」
「…………」
国王は小さな声で分かった、と呟く。
ヴィクトールとて知っている。
この男、バラン公に父は言いなりになっていることくらい。
だからこそ、父がなぜだか小さくて矮小な存在に見えてしまった。
「では、カルデシア辺境伯に早馬を飛ばしましょうぞ」
ヴィクトールは彼らの会話に一切口を挟めなかったが、見逃さなかった。
バランが愉快そうに笑っている顔を。
――アリシア――
朝、アリシアの寝室。
「…………」
窓が開くと、ゆらりと一つの影が部屋の中へ入ってくる。
それは迷いなく部屋の中にあるベッドへと向かい、
「フンッ!」
ナイフを一本突き刺した。
「……ッ!」
その影はすぐさま周囲を見回した。
“罠”だと気付いたのだろう。
「寝ず番の警備がいる中、侵入する腕前。中々のものだ」
椅子に座りながら本を読んでいたアリシアに気付いたのか、影……いや、男はナイフをアリシアに向けて投げる。
「なるほど」
アリシアは首を捻るだけで、座りながらナイフを躱した。
「暗殺者でありながら戦闘もこなせるか」
黒いローブに、黒いフードに身を包んだ殺し屋は、新たにナイフを取り出して、ジリジリとアリシアとの距離を測るように足を運ぶ。
「辺境伯が教育している暗殺者部隊は、標的に接近し、工作し、不意を突いて殺害する者ばかりと聞いていた」
アリシアはようやく本を閉じると、壁に立てかけていた剣に手を取った。
「しかし、聞いた話と違って、お前はとても優れている。毒を盛らず、直接戦闘でどうにか解決しようとしている」
暗殺者が動き出したその瞬間だった。
アリシアは剣の鞘でナイフを弾いた。
「お前の力は私の下で活かされる」
ドンっとベットの上に押し倒し、鞘に入った剣を男の顔の横に突き立てた。
その衝撃で、フードが取れてその顔が露わになる。
「気に入った。私の部隊に入れ」
男は「は?」と返した。
「オレは殺しに来た男だぞ! さっきからワケの分からないことばっかり!」
男の……年齢はまだ十六くらいだろうか。
背丈は小さく、顔には幼さがまだ残る。
だが、綺麗で整っている。
辺境伯の配下たちはまともな食生活すら送れていないと聞いていたので、このように整った顔立ちの少年がやってきたのは意外であった。
「おい、アリシア! 早速、殺し屋のお出ましか!?」
屋敷内で飾っていたらしき槍を持ちだしてきたレオン。
彼は部屋を見回した後、ふっと笑うアリシアの姿を見て、戸惑った表情を浮かべた。
「やっぱり、お前さんは殺し屋くらいじゃあ死なねえか。いやぁ良かった良かった――」
「そんなことはどうでもいい。奴を私の配下に加えたい」
「またとんでもないこと、言い出すなァ! このお嬢様は!」
朝からうるさい男だとアリシアは呆れた。
王国内で最大の建物である宮殿。
王都の中心に建てられた、その建物は、国内最高の大きさを誇り、国内で最高の建築物なのである。
これよりも大きな建物は、王国内には存在せず、今後も作られることは一切無い。
なぜならば、宮殿よりも大きくて立派な建物を作ることを法で禁じられているのだ。
それだけ、王国にとっても王族にとっても最も誇り高い御殿なのである。
宮殿内部の廊下ですら、調度品はおろか、大理石の床や壁すら高値がつく。
だからこそ、ここで働く人間たちは細心の注意を払いながら掃除をする。毎日毎日陽が上る前に起きて働き、陽がとっぷりと落ちてもまだ働くほどであり、傷などつけた日には高い賠償金を支払う決まりになっている。
さて、そんな宮殿内部の中でも、最も清掃が行き届き、最も重要な人間のみしか入ることを許されない特別な一室がある。
それこそ、王の謁見室なのである。
ヴィクトールが朝から向かったのは、その謁見室の玉座に座っている人物に呼び出されたからだ。
「ヴィクトール! キサマ! 何を考えているのか分かっているのか!?」
「ち、父上! ですが、アリシアはとても王女に相応しくない人柄。我が妃となるには程遠い!」
傷をつけるだけで極刑すら行われるという玉座を、思いっきり叩き付ける国王。
相当怒っているのだろう。
なんとか王の威厳を守ろうと、自らの感情を押し殺しているように見える。
「アリシア・デ・ヴェアトリーは強い娘だ。我が国最高の剣術を持つヴェアトリー侯の娘は、その父を超えかねん腕を持つ」
どうやらヴィクトールの主張である、「王妃に相応しい品格」については聞いてくれていないようだ。
「父上。我が妻には剣ではなく、この私に相応しい品格と美しさを兼ね備えた女性でなければなりません。賢く、美しい私に相応しい存在でなければ!」
王は鼻で笑った。
「愚かで、顔だけの間違いであろう。そんな愚かなお前を、ヴェアトリー侯嬢が引っ張ってくれると思っていたのだがな」
父は結局ヴィクトールを認めてはくれないようだ。
怒りでわなわなと震える拳をヴィクトールは何とか己を抑える。
そんな中、一人の男が口を挟んだ。
「陛下。そう王子を責めないでください」
その男は不敵に笑っている。
「フェルド・フォン・バラン。愚息は貴公の娘と結婚すると言い出したそうだな?」
「左様。王子はよく我がバラン邸に遊びに来ておりました。そこで、秘密裏に我が娘と婚約を交わしてしていたようです。恐らくはその想いが抑えられずにいたのでしょう」
本当か、と訊ねてくる父親にヴィクトールはとりあえず頷く。
婚約の約束は定かではないが、バランの娘ミルラは、突然ヴィクトールに告白してきたまでは覚えているが。
父である国王は困った表情をしている。
「バラン公。これからどうするべきか」
「一度、火がついた軍務卿は止まらない。もうこうなってしまってはヴェアトリーを切り捨てる他ありませぬ」
「そうは言うが、まだ撤回は可能ではないか?」
「大事なご息女を処刑しようとして、国家反逆を現実のものにしたヴェアトリー侯が、今さら撤回などという言葉を聞き入れるわけがございません」
王は弱々しく「ウム、その通りだな」と呟いた。
「しかし、軍務卿も、アリシアも相当な手練れ。そう易々と倒せる相手ではないぞ」
「確かに、今まで王国軍の要が敵となった事は痛い。我が国の最高の部隊が、敵として戦うワケです。今まで、幾度となく行われてきた軍事会議において、軍務卿が様々な事態を想定した発言をしていましたが、軍務卿が敵となる想定は一度もされておりません」
「どうにか、少ない被害で事を終わらせられぬだろうか。長引けば、民たちが何をするか分からないぞ」
となれば、とバラン公は口を開く。
「カルデシア辺境伯の兵を使いましょう」
ヴィクトールとてカルデシア辺境伯の部隊はどういう理由で使われているか知っている。
暗殺。
王国が世論や、面倒な情報が市民たちに広まる前に標的を始末する部隊。
国王の表情が強張る。
「殺すつもりか?」
「ええ。その方が丸く収まる。ヴェアトリーが敵である以上、奴らの戦力は並大抵のものではない」
「…………」
国王は小さな声で分かった、と呟く。
ヴィクトールとて知っている。
この男、バラン公に父は言いなりになっていることくらい。
だからこそ、父がなぜだか小さくて矮小な存在に見えてしまった。
「では、カルデシア辺境伯に早馬を飛ばしましょうぞ」
ヴィクトールは彼らの会話に一切口を挟めなかったが、見逃さなかった。
バランが愉快そうに笑っている顔を。
――アリシア――
朝、アリシアの寝室。
「…………」
窓が開くと、ゆらりと一つの影が部屋の中へ入ってくる。
それは迷いなく部屋の中にあるベッドへと向かい、
「フンッ!」
ナイフを一本突き刺した。
「……ッ!」
その影はすぐさま周囲を見回した。
“罠”だと気付いたのだろう。
「寝ず番の警備がいる中、侵入する腕前。中々のものだ」
椅子に座りながら本を読んでいたアリシアに気付いたのか、影……いや、男はナイフをアリシアに向けて投げる。
「なるほど」
アリシアは首を捻るだけで、座りながらナイフを躱した。
「暗殺者でありながら戦闘もこなせるか」
黒いローブに、黒いフードに身を包んだ殺し屋は、新たにナイフを取り出して、ジリジリとアリシアとの距離を測るように足を運ぶ。
「辺境伯が教育している暗殺者部隊は、標的に接近し、工作し、不意を突いて殺害する者ばかりと聞いていた」
アリシアはようやく本を閉じると、壁に立てかけていた剣に手を取った。
「しかし、聞いた話と違って、お前はとても優れている。毒を盛らず、直接戦闘でどうにか解決しようとしている」
暗殺者が動き出したその瞬間だった。
アリシアは剣の鞘でナイフを弾いた。
「お前の力は私の下で活かされる」
ドンっとベットの上に押し倒し、鞘に入った剣を男の顔の横に突き立てた。
その衝撃で、フードが取れてその顔が露わになる。
「気に入った。私の部隊に入れ」
男は「は?」と返した。
「オレは殺しに来た男だぞ! さっきからワケの分からないことばっかり!」
男の……年齢はまだ十六くらいだろうか。
背丈は小さく、顔には幼さがまだ残る。
だが、綺麗で整っている。
辺境伯の配下たちはまともな食生活すら送れていないと聞いていたので、このように整った顔立ちの少年がやってきたのは意外であった。
「おい、アリシア! 早速、殺し屋のお出ましか!?」
屋敷内で飾っていたらしき槍を持ちだしてきたレオン。
彼は部屋を見回した後、ふっと笑うアリシアの姿を見て、戸惑った表情を浮かべた。
「やっぱり、お前さんは殺し屋くらいじゃあ死なねえか。いやぁ良かった良かった――」
「そんなことはどうでもいい。奴を私の配下に加えたい」
「またとんでもないこと、言い出すなァ! このお嬢様は!」
朝からうるさい男だとアリシアは呆れた。
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