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第十七話
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――アリシア
ドレスではなく、ズボンを穿き、貴族の服を着込んだアリシア。
戦に出る貴族向けの物だが、防刃に優れた一品である。
その姿はさながら男装の令嬢であった。
「モタモタしていると聞いていたが、これほどとはな」
ヴェアトリー私兵部隊は、王国軍を迎撃するためにカンデラー平原へと出陣した。
しかし、待ち構えていたのは、大規模過ぎるあまり、身動きが取れなくなった無能な部隊だけが待っていた。
ヴェアトリーの部隊が動いているというのに、「何も知らない」と言わんばかりにパニックになる兵士たち。
しかも誰も彼もが、戦いを想定していないのか、補給部隊が前に出ており、物資は転がり、最低限の武器しか装備していない者たちばかり。
奇襲でもなんでもない。
ただ正面からぶつかろうとしただけなのに、死を覚悟した顔から絶望が窺える。
斥候たちからの情報はなかったというのか。
どうすればそのような伝達不足に陥るのか。
まさか、斥候すら存在しないなどと言うまい。
それが事実ならば、幼稚な部隊でしかない。
「これが、我がヴェアトリー不在の王国軍の力か……」
アリシアは部隊の先頭にまで歩いて行くと、剣を腰から引き抜き、やぐらの上で偉そうにしている男に切っ先を向ける。
「聞け、王国軍の将ヴィクトール・フォン・エスタージ。降伏し、お前の国を明け渡せ!」
移動するやぐらの上でヴィクトールは、鼻で笑っている。
事前に聞いていた話と違い、ミルラの姿は見えないが、どこかに行ったのだろうか。
アリシアにとってどうでもいいが。
『フン! 矮小な反逆者よ。オレ様の素晴らしい部隊を見るがいい。この圧倒的な数を前に、キサマらなど一瞬で滅び失せるだろう!』
一瞬で滅ぼせる? 一瞬で滅んでしまうの間違いじゃないだろうか?
現に、素晴らしい部隊と称する有象無象たちは、逃げ惑い、混乱の最中にある。
部隊をこのような低レベルの存在に貶める、アホ王子にはご退場願おう。
アリシアは剣を掲げる。
「最終勧告はなされた! 我がヴェアトリーの兵士達よ! 圧倒的兵力で、愚かな王子に鉄槌を下せ!」
おおーっ! という歓声が挙がり、王国軍が萎縮する。
アリシアは走り始めると、続く兵士たちも駆け始めた。
「あの女! 指揮官のくせに最前線で戦っているのか!?」
金属が響く戦場で、王国軍の兵士が驚く声が聞こえてくる。
アリシアは剣を振り続け、敵を圧倒する。
矢をへし折り、剣を弾き、兵士達を倒していく。
そんな中、一人の男が立ちはだかる。
老齢により髪が抜け、大剣を持ち、鎧を着込んだ男。
「さすがはアリシア様。一手、お頼み出来ますかな?」
その男は戦場の中で決闘を頼み込んできた。
アリシアは剣を振る手を止める。
「レンバール。お前ほどの男が敵になるのは惜しい」
「……アリシア様は、あの王子と違って、私のような一兵卒でも覚えてくださる」
一兵卒だったとしても、実力があればアリシアは忘れはしない。
「退け。この国の未来のため、お前の命を奪うのは惜しい」
「このような老兵にも未来と評してくださるか……」
「私が王国を手に入れた後、私の下で働ける人間を減らすわけにはいかない」
「ゆえに、不必要に命を奪わない。私も殺さないのですか?」
アリシアは首肯した。
現に抵抗出来ぬ相手には命までは奪わない。
これは王国を手に入れた後に戦力を落とさないための考慮である。
折角手に入れた国も、人員がいなくなれば何の意味もなさない。
「しかし、私は貴族ではない。ただの雇われ兵士。逆らえぬ立場ゆえ、許してくだされ!」
剣が、振り下ろされた。
その弾かれた剣は、戦場の真ん中に突き刺さる。
――レンバールの剣だ。
「私は退けと言った。私が手に入れる世界には、お前のような優秀な人材を減らすわけにはいかない」
レンバールは一度は悔しそうに歯噛みした後、両目を瞑り、
「降参いたします、アリシア様。これ以上、抵抗はありません」
と観念した。
戦場から退く彼をアリシアは追わず、戦況を見回した。
「……この程度か?」
眼前に広がる景色は、王国軍が逃げ惑う姿であった。
戦いの最中であるにも関わらず、どの兵士も逃げてばかり。
弓すら射ることも出来ていない。
たしかに、王国軍はヴィクトールのお粗末な指揮によって、まともに動けていない。
とはいえ、あまりにも戦の終わりが早すぎる。
何か、もっと別な理由があるように思えた。
罠か?
アリシアが一人疑う中、戦場の真ん中から走ってきたユリゼンが、ぜえぜえと息を切らしていた。
「なんのようだ、ユリゼン」
「伝令っす! ダウス候ら一部貴族の部隊が反旗を翻しましたっ!」
ダウス候と言えば、ヴィクトールに加担していた貴族だ。
自らの悪事をどうにかして貰っていたという話だが、アリシア処刑の一件で、自己保身か何かのために王子一派から手を退いたという話だ。
それがなぜ、アリシア側に味方するような真似をするのか。
「反旗……そうか。あいつがやったのか」
アリシアの脳裏には、親指と整った白い歯を見せ付けてくるレオンの姿が浮かび上がった。
ほとんど勝ち戦であった戦いに、策と称してこのような裏切り劇を行うとは。
容易にレオンの言いそうなことは頭に浮かぶ。
数々の弱みと、強烈な損で不安を煽り、まくしたてるように利を並べる。
恐怖で人を煽動する人間よりも尚更タチが悪い。
「相変わらず、底知れない男だ……。敵に回せないな」
誰にも聞かれないよう小さな声で呟いたが、ユリゼンが「なんすか?」と顔を窺ってきた。
黙って首を横に振ると、アリシアは剣を掲げる。
「逃げる者を追うな! 投降する者も殺すな! この戦は我々が制した!」
この戦は終わった。
そう思った矢先。
アリシアの視線の先には、何か棒のような武器を持った兵士たち数名の姿と、その後ろで優雅に扇子で扇いでいるミルラの姿が。
『アリシアっっっ! マスケット銃だ!!!』
遠くからレオンが叫ぶ声がする。
マスケット銃。その単語に、聞き覚えがある。
「しゃがめ、ユリゼン」
アリシアは剣を振り、迫り来る弾丸を一太刀で切り落としてみせた。
初めて、弾丸というものを見たが、なるほど。視認が難しく、威力も高い。
「バラン公爵の部隊か。面白いオモチャだ」
ドレスではなく、ズボンを穿き、貴族の服を着込んだアリシア。
戦に出る貴族向けの物だが、防刃に優れた一品である。
その姿はさながら男装の令嬢であった。
「モタモタしていると聞いていたが、これほどとはな」
ヴェアトリー私兵部隊は、王国軍を迎撃するためにカンデラー平原へと出陣した。
しかし、待ち構えていたのは、大規模過ぎるあまり、身動きが取れなくなった無能な部隊だけが待っていた。
ヴェアトリーの部隊が動いているというのに、「何も知らない」と言わんばかりにパニックになる兵士たち。
しかも誰も彼もが、戦いを想定していないのか、補給部隊が前に出ており、物資は転がり、最低限の武器しか装備していない者たちばかり。
奇襲でもなんでもない。
ただ正面からぶつかろうとしただけなのに、死を覚悟した顔から絶望が窺える。
斥候たちからの情報はなかったというのか。
どうすればそのような伝達不足に陥るのか。
まさか、斥候すら存在しないなどと言うまい。
それが事実ならば、幼稚な部隊でしかない。
「これが、我がヴェアトリー不在の王国軍の力か……」
アリシアは部隊の先頭にまで歩いて行くと、剣を腰から引き抜き、やぐらの上で偉そうにしている男に切っ先を向ける。
「聞け、王国軍の将ヴィクトール・フォン・エスタージ。降伏し、お前の国を明け渡せ!」
移動するやぐらの上でヴィクトールは、鼻で笑っている。
事前に聞いていた話と違い、ミルラの姿は見えないが、どこかに行ったのだろうか。
アリシアにとってどうでもいいが。
『フン! 矮小な反逆者よ。オレ様の素晴らしい部隊を見るがいい。この圧倒的な数を前に、キサマらなど一瞬で滅び失せるだろう!』
一瞬で滅ぼせる? 一瞬で滅んでしまうの間違いじゃないだろうか?
現に、素晴らしい部隊と称する有象無象たちは、逃げ惑い、混乱の最中にある。
部隊をこのような低レベルの存在に貶める、アホ王子にはご退場願おう。
アリシアは剣を掲げる。
「最終勧告はなされた! 我がヴェアトリーの兵士達よ! 圧倒的兵力で、愚かな王子に鉄槌を下せ!」
おおーっ! という歓声が挙がり、王国軍が萎縮する。
アリシアは走り始めると、続く兵士たちも駆け始めた。
「あの女! 指揮官のくせに最前線で戦っているのか!?」
金属が響く戦場で、王国軍の兵士が驚く声が聞こえてくる。
アリシアは剣を振り続け、敵を圧倒する。
矢をへし折り、剣を弾き、兵士達を倒していく。
そんな中、一人の男が立ちはだかる。
老齢により髪が抜け、大剣を持ち、鎧を着込んだ男。
「さすがはアリシア様。一手、お頼み出来ますかな?」
その男は戦場の中で決闘を頼み込んできた。
アリシアは剣を振る手を止める。
「レンバール。お前ほどの男が敵になるのは惜しい」
「……アリシア様は、あの王子と違って、私のような一兵卒でも覚えてくださる」
一兵卒だったとしても、実力があればアリシアは忘れはしない。
「退け。この国の未来のため、お前の命を奪うのは惜しい」
「このような老兵にも未来と評してくださるか……」
「私が王国を手に入れた後、私の下で働ける人間を減らすわけにはいかない」
「ゆえに、不必要に命を奪わない。私も殺さないのですか?」
アリシアは首肯した。
現に抵抗出来ぬ相手には命までは奪わない。
これは王国を手に入れた後に戦力を落とさないための考慮である。
折角手に入れた国も、人員がいなくなれば何の意味もなさない。
「しかし、私は貴族ではない。ただの雇われ兵士。逆らえぬ立場ゆえ、許してくだされ!」
剣が、振り下ろされた。
その弾かれた剣は、戦場の真ん中に突き刺さる。
――レンバールの剣だ。
「私は退けと言った。私が手に入れる世界には、お前のような優秀な人材を減らすわけにはいかない」
レンバールは一度は悔しそうに歯噛みした後、両目を瞑り、
「降参いたします、アリシア様。これ以上、抵抗はありません」
と観念した。
戦場から退く彼をアリシアは追わず、戦況を見回した。
「……この程度か?」
眼前に広がる景色は、王国軍が逃げ惑う姿であった。
戦いの最中であるにも関わらず、どの兵士も逃げてばかり。
弓すら射ることも出来ていない。
たしかに、王国軍はヴィクトールのお粗末な指揮によって、まともに動けていない。
とはいえ、あまりにも戦の終わりが早すぎる。
何か、もっと別な理由があるように思えた。
罠か?
アリシアが一人疑う中、戦場の真ん中から走ってきたユリゼンが、ぜえぜえと息を切らしていた。
「なんのようだ、ユリゼン」
「伝令っす! ダウス候ら一部貴族の部隊が反旗を翻しましたっ!」
ダウス候と言えば、ヴィクトールに加担していた貴族だ。
自らの悪事をどうにかして貰っていたという話だが、アリシア処刑の一件で、自己保身か何かのために王子一派から手を退いたという話だ。
それがなぜ、アリシア側に味方するような真似をするのか。
「反旗……そうか。あいつがやったのか」
アリシアの脳裏には、親指と整った白い歯を見せ付けてくるレオンの姿が浮かび上がった。
ほとんど勝ち戦であった戦いに、策と称してこのような裏切り劇を行うとは。
容易にレオンの言いそうなことは頭に浮かぶ。
数々の弱みと、強烈な損で不安を煽り、まくしたてるように利を並べる。
恐怖で人を煽動する人間よりも尚更タチが悪い。
「相変わらず、底知れない男だ……。敵に回せないな」
誰にも聞かれないよう小さな声で呟いたが、ユリゼンが「なんすか?」と顔を窺ってきた。
黙って首を横に振ると、アリシアは剣を掲げる。
「逃げる者を追うな! 投降する者も殺すな! この戦は我々が制した!」
この戦は終わった。
そう思った矢先。
アリシアの視線の先には、何か棒のような武器を持った兵士たち数名の姿と、その後ろで優雅に扇子で扇いでいるミルラの姿が。
『アリシアっっっ! マスケット銃だ!!!』
遠くからレオンが叫ぶ声がする。
マスケット銃。その単語に、聞き覚えがある。
「しゃがめ、ユリゼン」
アリシアは剣を振り、迫り来る弾丸を一太刀で切り落としてみせた。
初めて、弾丸というものを見たが、なるほど。視認が難しく、威力も高い。
「バラン公爵の部隊か。面白いオモチャだ」
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