異世界の落としもの、返却いたします

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プロローグ『邂逅』

五話

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「すみません……その、お見苦しいところを」

 「いいよ。ちょっとびっくりしたけど」

 「……穴があったら入りたい」

 「ふふ、穴はないけど布団はあるから、とりあえず今日はもう潜り込んでとっとと寝なさいな」

 「しかし、話を聞くと……」

 「あぁ、いいのいいの。どうせ今日と明日は仕事休みだし。話を聞く時間くらいいつでも作れるから。今はゆっくり身体を休めて。ね?」

 「……ありがとうございます」

  思い切り泣いたことで、ずっと押し込まれていたものが程度整理できたようだ。時折鼻を啜りつつも、随分とすっきりとした顔をしており、陰鬱さを宿していた瞳も僅かながらに輝きを取り戻しているような気がした。
  しかし人前で泣いたことに羞恥心が湧いているのか、葵と目を合わせようとはせずに恥ずかしそう俯いている。彼の色白の頬には淡く赤みが差していて、彼の近寄りがたい清雅さが霧散し、思わず庇護したくなるような幼さを醸し出していた。
  そんな彼の様子が自分よりもよほど乙女らしく見え、葵は心の中で言いようのない敗北感を味わいながら、彼を強引に布団へと寝かせる。

  精神的に少しばかり回復したとはいえ、肉体の疲労は未だ取りきれていない。彼もそれを感じてか、葵が肩を押しても何の抵抗もせずに横になり、素直に瞼を閉じるとあっという間に寝息を立て始めた。

 「……どこの世界にも、胸糞悪い話の一つや二つある、か」

  葵は眠る青年の髪にそっと手を滑らせながら、首輪のことを思い出して忌々しそうに呟く。
  首輪が外れたことで精神的負担が随分と軽くなったのだろうが、あの警戒心の強さや肉体の衰弱さ加減から見て、彼に残された心の傷は相当深い。今は心も身体も疲弊して取り繕う余裕さえ持てない状態だからこそ、見知らぬ女の世話に素直に甘えていられるのだろう。
  生き死にが関わるほど虐げられてきた者の気持ちは、葵には到底わかるものではない。いつから首輪を嵌められ、いったい何を命令され続けてきたのか。それを考えるだけでも胸が締め付けられるような気持ちにさせられる。
  これはエゴなのかもしれないが、なんとかしてあげたい気持ちはあるのだ。けれども【落としもの】である彼を今後どう扱うべきなのか、仕事を引き継いだばかりの葵には、まだきちんとした道筋を作り出すことができていない。

 「まぁ、とりあえず……一番必要なのはご飯だよね」

  起きたらきっと腹を空かせていることだろう。まずは材料を、と思い立ったところで、冷蔵庫の中身が先ほど余分に買ってきたコンビニ弁当くらいしかないことを思い出す。衰弱している者にコンビニ弁当は……さすがに無い。
  改めて自分の女子力の無さを痛感しながらトボトボと部屋を出る。とりあえず寝て起きたら朝一番にスーパーへ向かうことは決定事項となった。




  次に彼と話したのはお昼の時間を少し過ぎた頃だった。

  あの後すぐに就寝し、若干睡眠時間が足りないとは思いつつも、スーパーの開店時間に起床して材料を買いに走った。交流するにあたって最初が肝心だと思ったのだ。けして彼の女子力にあてられて危機感を覚えたわけではない。
  仕事が忙しくなると、どうしても自炊するのが億劫になってしまい、コンビニのお世話になってしまう。一人暮らしをするにあたって、母からはなるべく自炊するように言われていたのだが、このところ予期せぬ残業が続いていたので二の次になってしまっていた。

  買ってきた材料で消化のいい卵粥を作って部屋へと持っていくと、彼は既に起きていたらしく、布団から抜け出して大窓から外を眺めていた。
  庭に面した客間からは美しく剪定された庭園がよく見え、計算されて植えられた植物が四季の移ろいを見事に表現している。色味の足りない冬の庭に、唯一鮮やかな色を差す椿の花が、池の水面に落ちてゆらゆらと揺蕩っていた。
  彼は眩しそうに目を細めながら、口元を引き締めて庭を見つめる。その姿は中性的な容姿も相まって、触れたら壊れてしまいそうな儚さと清廉な美しさを纏っていた。

 「起きてたんだね。うちの庭、綺麗でしょ?」

 「……えぇ。とても」

  葵が声をかけると、彼は既に気が付いていたらしく、特に驚くような素振りもなくゆっくりと振り返る。首輪が外れたという開放感からか、彼の表情は幾分柔らかくなってはいるものの、それでも長年染みついた警戒心故かどことなくぎこちない。

 「体調の方はどう?」

 「それが……不思議なくらい快調です。こんなにすっきりとした目覚めは初めてで、少し戸惑っています」

 「うん、顔色もよさそうだね。じゃあご飯も食べられそうかな? せっかくだし、よかったらこの部屋じゃなくて食堂で食べる?」

 「……はい」

 「じゃあ、ついてきて」

  葵はくるりと向きを変えると、来た道を戻り始める。青年は彼女の背をじっと見つめながら、ゆっくりと部屋の外に足を踏み出した。
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