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プロローグ『邂逅』

六話

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 穢れのない漆喰の壁と、窓に嵌められた美しい飾り格子、よく手入れされ鈍色の艶を放つ檜の廊下、そんな純和風の建築物が目新しいのか、青年は物珍しそうに見回しながら葵の後ろに続く。
  そうして長い廊下を歩いてたどり着いた食堂は、イグサの香り漂う客間とはガラリと雰囲気を変え、和の趣を残しつつもシックな調度品で統一した、明治香る内装となっていた。
  大人しく椅子に座った彼の前に粥を置き、自分は紅茶を用意して向かい合うようにして椅子に腰かける。葵は頬杖をつきながらも、洗練された所作で粥を口に運ぶ青年をぼんやりと眺めた。

 「味はどう?」

 「……美味しいです。とても」

  湯気が立つような温かな食事は初めてだと戸惑い気味に笑った青年は、生姜と鶏ガラの風味が効いた卵粥がいたく気に入ったようで、フーフーと息を吹きかけながらもどんどん口に運んでいく。

 「ふふ、いい食べっぷりだねぇ。一応料理はできるんだけど、人に振舞うほどのもんじゃなくてさ。まぁ、君が気に入ってくれたんならよかったよ」

 「これは、あなたが?」

 「うん。この家、今は私しか居ないから」

 「こんなに広いお屋敷に一人、ですか……」

 「まぁね。その辺りもちょっと事情があるんだ」

  葵はケラケラと笑うと、コンビニの新商品だというナッツの入ったクッキーを口の中に放り込んだ。しっとりとした食感の生地に、ローストされたナッツの香ばしさがスッと鼻を抜ける。それがまた癖の無い紅茶に実によく合い、見た目こそ素朴でありながらも甘すぎず、なかなかに美味い。
  これは当たりだったなとほくそ笑む葵を前に、粥をぺろりと平らげた青年はようやく人心地着いたのか、ホッと息を吐く。

 「じゃあ食事も済んだことだし、早速本題に入ろうか」

 「……はい」

  葵は用意していたカップに紅茶を注ぐと、それをそっと彼の前に置きながら言葉を続ける。

 「さて、まずは……ここに来る前、意識がなくなる直前のことは何か憶えてる?」

 「そう、ですね……」

  彼は思案するように視線を彷徨わせると、ポツリポツリとここに来る前のことを語りだした。

  ここに来る直前、彼は隣国との戦争に駆り出され、国境を越えた先にあるミレーネ平原という場所に居たのだと言う。
  王子と言う立場でありながらも、年端もいかない頃から隷属の首輪によって肉体を縛られ続けていた彼は、その日も王の命によって戦場を火の海に変えていたらしい。しかし突然の地震と共に地面が割れ、そこから肉眼で確認できるほどの魔素が噴出して、兵や王共々あっという間に魔素に呑みこまれてしまったのだそうだ。

 「そして気が付いたらうちの庭に居た……と」

 「はい」

 「戦争に魔素、ねぇ……」

  葵はテーブルの下ですらりと伸びた脚を組み直し、椅子の背凭れに深く身体を預ける。

 「信じては……いただけませんか?」

  不安そうに琥珀の瞳を揺らす青年は、まるで捨てられた子犬のような表情を浮かべて葵を見た。
  目の前で思案に耽る女性は、こちらの名前も事情も一切聞かず、ただ敷地に倒れていたというだけで、見るからに怪しい自分を介抱してくれた。温かな寝床に食事。微睡む意識の端で感じ取れた、髪を撫でる柔らかな手の感触。それだけでどれだけ心が揺さぶられたことか。
 起きがけに迷惑をかけたと頭を下げると、気にするなとあっけらかんと笑った彼女を見た時、今まで感じたことのなかった気持ちが微かに芽生えるのを感じた。首輪によって抑制されてきたものが溢れ出てしまいそうになるほど、目の前に居る一人の女性を信じたいと、信じてほしいと、そう縋ってしまいそうになって、膝に置いていた掌をギュッと握る。

  葵はへにょりと眉を下げてこちらを見る青年に苦笑しながらも、彼がもっとも欲しがっているであろう言葉を口にした。

 「いや、信じるよ」

 「あなたの家の敷地に無断で入るような人間を、信じてくれると? ……ほんとう、に?」

 「むしろこの家の敷地に入ることができているからこそ、君を信用するんだよ」

 「? それはどういう……」

  葵の言葉に、青年は不安そうな面持ちを一変させ、心底不思議だと言わんばかりに眉を寄せ、首を傾げる。

 「たぶん君もなんとなく気が付いてるとは思うけど、この家の敷地にはね、君が言ってた魔法……とはちょっと違うかもしれないけど、似たようなものがかけられてるの。人避けの結界ってやつね。普通の人間はこの家が建っていることを認識できない。敷地に張られたそれが人の目を自然と逸らして、敷地に入ってこられないよう素通りさせるようにしてるってわけ。ちなみに家にとって害になるような奴はそもそもこの結界に拒絶されるから、敷地に留まるどころか、入ることすらできないんだよ」

 「……その敷地内に倒れていたからこそ、信用に値すると?」

 「うん。私に対して多少警戒はしているけど、害するようなことはしない。そうだよね?」

 「……」

 「害のある者が万が一にでも敷地に入った時は、すぐに別の術式が展開して敵をどこか遠くに飛ばすらしいよ。まぁ、古くから伝わる文献に記されていたことだから、本当に飛ばされるかどうかは定かじゃないけど」

  葵自身生まれてこの方そんな場面に出くわしたことはない。襲撃されるだなんて物騒なことはなかったし、家の敷地内は平和そのものだった。結界が家を覆っていることは確かなのだから、恐らく外敵を排除すると言う術式も確かなものなのだろう。詳しく文献を漁って調べれてみればわかることなのかもしれないが、生憎と葵はそこまで興味が無い。敵が来たら来たでぶちのめせばいいだけだと思っているし、彼が自分を害する者でないことだけは、今までの経験でなんとはなしにわかる。

 「君はそんな術式に弾かれることなくここに居る。それは君が私にとって有害でない何よりの証だと思うの。だから、君がたとえ今までの人生で何をしてきたとしても、私は君を信用する。こうして面と向かって話してても、君が良い子だってことはわかるしねぇ」

  そう言いながらフッと柔らかな笑みを浮かべた葵は、ティーカップの持ち手に華奢な指を絡ませて弄ぶと、そのままゆっくりと口元へ持っていく。まったくと言っていいほど飾り気のない質素な出で立ちだというのに、洗練された一連の所作が華やかさを添えて彼女を美しく見せた。
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