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一章『遺愛の指輪』
七話
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ロウの隣には、凛とした面差しの金髪美女が背筋を正して正座をしている。彼女は葵と目が合うと、そのきつめの容貌をトロリと溶かして陶器のような白い頬を桃色に染めた。
「葵、久しぶりね。とっても会いたかったわ」
「メルヴィエさん……」
まるで恋する乙女のような反応に、リオンがギョッとしながらメルヴィエを見る。葵はどこか遠い目をしながら引き攣った笑いを浮かべ、ロウは相変わらずじゃのうと呆れつつも面白いものを見るような目をした。
ノヴォはその場の空気を感じ取ったのか、立ち去る仲居と共にそそくさと座敷から出ていってしまう。恐らく料理の注文がてら一服しに行ったのだろう。彼の判断は間違っていないが、葵からすれば恨めしいことこの上ない。
「すまんのぅ、メルがどうしてもついていくと言って聞かなくてな」
「だってロウ様、葵ってばこうでもしなきゃ私に会ってくれないんですもの」
悲しいわなどと言ってクスンと鼻を鳴らした彼女は、芝居がかった仕草でハンカチを取り出し目元を拭う。しかし蒼穹を思わせる瞳には涙など微塵も滲んでおらず、むしろ葵の反応を窺うようにチラチラと視線を向けてくる辺り、長い付き合いの葵からすれば相変わらずだなぁと思ってしまう残念さが垣間見えた。
「ね、葵、またあの夜のように熱いひと時を過ごしましょう?」
「熱いひと時?」
「リオン、いいから。相手にしなくていいから」
「あら、隠さなくてもいいじゃない。私と葵がどんな関係なのか……別に言えないことでもないでしょう?」
「いやいや、普通言えないからね。っていうか、熱いひと時とか……その独特な言い回しがいろんな誤解を生むから嫌なんだって……リオンももしかしてみたいな顔してこっち見るの止めて。ホント違うの、ただの腐れ縁だから」
色々と空回りした挙句頓珍漢な答えに辿り着きつつあったリオンの思考を即座に修正し、葵は眉間をグリグリと指圧しつつもため息を吐く。
「……メルヴィエさんはね、元は腕のいい暗殺者だったの。親に頼まれた仕事をこなしていた時に、丁度仕事を終えた彼女とバッタリ鉢合わせてね。出逢い頭にいきなり口封じで殺されそうになったもんだから、これでもかってくらいにボッコボコにしてやったんだよ。だからえっと、殺し合った仲っていうの?……まさかその時に新しい扉を開いてしつこく私の後を追っかけてくることになるとは思わなかったけどね……ははっ」
乾いた笑いを浮かべて事情を話している間にも、葵にぺっとりと抱き着いて頬ずりし始めるメルヴィエ。
「あの夜の葵は本当に凄かったわぁ。嫌がる私を無理やり組み伏せてね、動けないのをいいことに容赦なく貫いて意識がなくなるまで何度も何度も私の中をぐちゃぐちゃに掻き回したの」
「だからそういう言い回しは止めて?! ……リオン? さっきからだんだん視線が冷たくなってってるけど気のせいじゃないよね? 違うから、本当に違うから。掻き回したのは本当だけど、貫いたのはナイフだから」
「いや、それもどうかと思います」
葵にもたれかかり匂い立つ色気を隠そうともせずに頬を赤らめるメルヴィエをベリッと引き離しながら必死に弁明する葵だったが、リオンから送られる言葉と目線はどこか冷めたものとなりつつある。
「あんなに激しくされたのは生まれて初めてだったから忘れられなくて。これはもう責任を取ってもらわなくっちゃって思って、組織を壊滅させて葵を追いかけてきちゃったの。もう……思い出すだけでも疼いちゃう」
「傷がね! 傷が疼いちゃうんだよね?!」
「ほっほっほっ、メルはほんに葵のことが大好きじゃのう」
「うふふ、私のことを身も心も屈服させた人ですもの。当然ですわ。あぁ、葵に痛みを与えてもらいたい……あの時みたいに手酷く扱って蔑んでほしいの……駄目?」
「だから駄目に決まってんでしょ変態。あああぁぁ……これだからドМはいやなんだよ……ロウ様も何とか言ってやってくださいよ」
「あまりやりすぎると儂の護衛がいなくなるからほどほどにな」
「そういうことじゃなくてぇぇぇっ」
葵の腕に絡みついたままコロコロと笑うなメルヴィエに、色々と諦めたように掌で顔を覆う葵。そしてそれを何とも言えない目で見つめるリオンと、相変わらず穏やかに笑うロウ。座敷の中はなんともいえない雰囲気に包まれたが、その空気を一気に霧散させたのは一服から戻ってきたノヴォだった。
「ただいまー……ってなに、この空気」
軽く煙草の香りをさせながらドカリと下座に座ったノヴォは、呆れたように見回しながらだらしなく頬杖をついた。
「メルさん、またお嬢に絡んでるんすか。ホント好きですねぇ」
「葵は私の運命だもの。当たり前よ」
「こちらとしては目の保養ですけど、なんつーか非生産的ですねぇ。あーあ、もったいねぇ」
「そんなの関係ないわよ。私は私の好きなようにするだけ」
「ねぇ、そこに私の意見は……?」
肉食獣のような爛々とした瞳を向けるメルヴィエに恐る恐るそう口にしてみると、とても男ならイチコロだろう美しい笑顔ひとつで黙殺され、葵はこれ以上何を言っても無駄だと悟ったような目をしながらそっとため息を吐く。
今でこそこうして周囲にフレンドリーな態度で接するメルヴィエだが、元はとある組織で飼われていた生粋の暗殺者だ。幼い頃から闇の中にどっぷりと浸かっていたせいか、物語の中に出てくるお姫様のような外見には似合わない残虐さで敵を血の海に沈めるという、裏社会でもコードネームを聞けば震えあがるような猛者だった。
育った環境故か、人としての尊厳を限りなく貶め穢すことで幸福感と達成感を得ていたメルヴィエ。そんな彼女が、自分のすべてを塗り替える運命というものに出逢った。
思えば深夜に一人、危険な土地で普通の少女がふらふらと出歩くはずもないのに、彼女があまりにも自然に歩いているものだから、心の中に育っていた驕りのままに彼女に襲いかかった。そしてその結果、初めて敵わないものがあるのだと知ったのだ。
完膚なきまでに敗北を味わい身も心も屈服させされたあの夜。屈辱よりも先に感じたのはえもいわれぬ高揚感だった。煌々と照らす月光の下で、闇に溶ける艶やかな黒髪を靡かせた少女にあっけなく組み敷かれた時に感じたのは喉元をせり上がるような未知の燻り。散々人を痛めつけてきた自分が、華奢な少女にあっけなく征服されている。ゾクリと背筋を這うそれは背徳感にも似ていて、気が付けばふわふわとした幸福感が脳内を支配していた。
なんと名前をつけていいかわからないそれに戸惑ううちに、仕事疲れで気が立っていた葵によって生死の境を彷徨う程度の拷問じみたお仕置きをくらうことになったメルヴィエは、あれよあれよと新しい扉を開いてしまった。
それからしばらくして一つの組織が壊滅し、メルヴィエは新しい戸籍を手にして遠い異国である日本へ堂々と足を踏み入れる。そして葵と繋がりのある貿易商『アヴァターラ』に自分を売り込み、面白がったロウのひと声で採用され、貿易商専属の傭兵として葵と対面を果たしたのだ。情熱という言葉ひとつで片づけるには行き過ぎている気がするが、葵という存在はメルヴィエにとってまさしく運命そのものであり、自分に痛みと敗北を教えた彼女を愛や崇拝にも似た気持ちで求めてしまうのは、本人いわく仕方のないことらしい。
「葵、久しぶりね。とっても会いたかったわ」
「メルヴィエさん……」
まるで恋する乙女のような反応に、リオンがギョッとしながらメルヴィエを見る。葵はどこか遠い目をしながら引き攣った笑いを浮かべ、ロウは相変わらずじゃのうと呆れつつも面白いものを見るような目をした。
ノヴォはその場の空気を感じ取ったのか、立ち去る仲居と共にそそくさと座敷から出ていってしまう。恐らく料理の注文がてら一服しに行ったのだろう。彼の判断は間違っていないが、葵からすれば恨めしいことこの上ない。
「すまんのぅ、メルがどうしてもついていくと言って聞かなくてな」
「だってロウ様、葵ってばこうでもしなきゃ私に会ってくれないんですもの」
悲しいわなどと言ってクスンと鼻を鳴らした彼女は、芝居がかった仕草でハンカチを取り出し目元を拭う。しかし蒼穹を思わせる瞳には涙など微塵も滲んでおらず、むしろ葵の反応を窺うようにチラチラと視線を向けてくる辺り、長い付き合いの葵からすれば相変わらずだなぁと思ってしまう残念さが垣間見えた。
「ね、葵、またあの夜のように熱いひと時を過ごしましょう?」
「熱いひと時?」
「リオン、いいから。相手にしなくていいから」
「あら、隠さなくてもいいじゃない。私と葵がどんな関係なのか……別に言えないことでもないでしょう?」
「いやいや、普通言えないからね。っていうか、熱いひと時とか……その独特な言い回しがいろんな誤解を生むから嫌なんだって……リオンももしかしてみたいな顔してこっち見るの止めて。ホント違うの、ただの腐れ縁だから」
色々と空回りした挙句頓珍漢な答えに辿り着きつつあったリオンの思考を即座に修正し、葵は眉間をグリグリと指圧しつつもため息を吐く。
「……メルヴィエさんはね、元は腕のいい暗殺者だったの。親に頼まれた仕事をこなしていた時に、丁度仕事を終えた彼女とバッタリ鉢合わせてね。出逢い頭にいきなり口封じで殺されそうになったもんだから、これでもかってくらいにボッコボコにしてやったんだよ。だからえっと、殺し合った仲っていうの?……まさかその時に新しい扉を開いてしつこく私の後を追っかけてくることになるとは思わなかったけどね……ははっ」
乾いた笑いを浮かべて事情を話している間にも、葵にぺっとりと抱き着いて頬ずりし始めるメルヴィエ。
「あの夜の葵は本当に凄かったわぁ。嫌がる私を無理やり組み伏せてね、動けないのをいいことに容赦なく貫いて意識がなくなるまで何度も何度も私の中をぐちゃぐちゃに掻き回したの」
「だからそういう言い回しは止めて?! ……リオン? さっきからだんだん視線が冷たくなってってるけど気のせいじゃないよね? 違うから、本当に違うから。掻き回したのは本当だけど、貫いたのはナイフだから」
「いや、それもどうかと思います」
葵にもたれかかり匂い立つ色気を隠そうともせずに頬を赤らめるメルヴィエをベリッと引き離しながら必死に弁明する葵だったが、リオンから送られる言葉と目線はどこか冷めたものとなりつつある。
「あんなに激しくされたのは生まれて初めてだったから忘れられなくて。これはもう責任を取ってもらわなくっちゃって思って、組織を壊滅させて葵を追いかけてきちゃったの。もう……思い出すだけでも疼いちゃう」
「傷がね! 傷が疼いちゃうんだよね?!」
「ほっほっほっ、メルはほんに葵のことが大好きじゃのう」
「うふふ、私のことを身も心も屈服させた人ですもの。当然ですわ。あぁ、葵に痛みを与えてもらいたい……あの時みたいに手酷く扱って蔑んでほしいの……駄目?」
「だから駄目に決まってんでしょ変態。あああぁぁ……これだからドМはいやなんだよ……ロウ様も何とか言ってやってくださいよ」
「あまりやりすぎると儂の護衛がいなくなるからほどほどにな」
「そういうことじゃなくてぇぇぇっ」
葵の腕に絡みついたままコロコロと笑うなメルヴィエに、色々と諦めたように掌で顔を覆う葵。そしてそれを何とも言えない目で見つめるリオンと、相変わらず穏やかに笑うロウ。座敷の中はなんともいえない雰囲気に包まれたが、その空気を一気に霧散させたのは一服から戻ってきたノヴォだった。
「ただいまー……ってなに、この空気」
軽く煙草の香りをさせながらドカリと下座に座ったノヴォは、呆れたように見回しながらだらしなく頬杖をついた。
「メルさん、またお嬢に絡んでるんすか。ホント好きですねぇ」
「葵は私の運命だもの。当たり前よ」
「こちらとしては目の保養ですけど、なんつーか非生産的ですねぇ。あーあ、もったいねぇ」
「そんなの関係ないわよ。私は私の好きなようにするだけ」
「ねぇ、そこに私の意見は……?」
肉食獣のような爛々とした瞳を向けるメルヴィエに恐る恐るそう口にしてみると、とても男ならイチコロだろう美しい笑顔ひとつで黙殺され、葵はこれ以上何を言っても無駄だと悟ったような目をしながらそっとため息を吐く。
今でこそこうして周囲にフレンドリーな態度で接するメルヴィエだが、元はとある組織で飼われていた生粋の暗殺者だ。幼い頃から闇の中にどっぷりと浸かっていたせいか、物語の中に出てくるお姫様のような外見には似合わない残虐さで敵を血の海に沈めるという、裏社会でもコードネームを聞けば震えあがるような猛者だった。
育った環境故か、人としての尊厳を限りなく貶め穢すことで幸福感と達成感を得ていたメルヴィエ。そんな彼女が、自分のすべてを塗り替える運命というものに出逢った。
思えば深夜に一人、危険な土地で普通の少女がふらふらと出歩くはずもないのに、彼女があまりにも自然に歩いているものだから、心の中に育っていた驕りのままに彼女に襲いかかった。そしてその結果、初めて敵わないものがあるのだと知ったのだ。
完膚なきまでに敗北を味わい身も心も屈服させされたあの夜。屈辱よりも先に感じたのはえもいわれぬ高揚感だった。煌々と照らす月光の下で、闇に溶ける艶やかな黒髪を靡かせた少女にあっけなく組み敷かれた時に感じたのは喉元をせり上がるような未知の燻り。散々人を痛めつけてきた自分が、華奢な少女にあっけなく征服されている。ゾクリと背筋を這うそれは背徳感にも似ていて、気が付けばふわふわとした幸福感が脳内を支配していた。
なんと名前をつけていいかわからないそれに戸惑ううちに、仕事疲れで気が立っていた葵によって生死の境を彷徨う程度の拷問じみたお仕置きをくらうことになったメルヴィエは、あれよあれよと新しい扉を開いてしまった。
それからしばらくして一つの組織が壊滅し、メルヴィエは新しい戸籍を手にして遠い異国である日本へ堂々と足を踏み入れる。そして葵と繋がりのある貿易商『アヴァターラ』に自分を売り込み、面白がったロウのひと声で採用され、貿易商専属の傭兵として葵と対面を果たしたのだ。情熱という言葉ひとつで片づけるには行き過ぎている気がするが、葵という存在はメルヴィエにとってまさしく運命そのものであり、自分に痛みと敗北を教えた彼女を愛や崇拝にも似た気持ちで求めてしまうのは、本人いわく仕方のないことらしい。
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