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一章『遺愛の指輪』
八話
しおりを挟む「なんというか、不思議な方ですね……」
メルヴィエが渋々席に戻るのを見ながら、隣に座っていたリオンがそっと葵に耳打ちしてくる。
あの暴走を見た感想がそれだけとは、葵はリオンの危うさに頭を抱えそうになる。メルヴィエのアレは不思議のひと言で済まされるようなものではないと思うのだが、リオン自身の人生が波乱万丈すぎる所為だろうか、人に対する評価がつけにくいのかもしれない。
そういえば人生のほとんどが塔か戦場だったリオンはあまり女性に免疫がない。
一応ソッチ方面の知識はあるようだが、今の彼の態度を見ると色々と不安な面が出てくる。警戒心が強いから早々騙されることはないだろうが、心に闇を抱えている時点で付け入られる隙は充分にあるのだ。
変な女にたぶらかされないようにしなければ、葵はそう思いながら弟を見るのような生暖かい目でリオンを見つめた。
それから他愛もない雑談をしつつも酒と店自慢の料理が揃うのを待ち、ロウが乾杯の音頭をとったところで、改めて自己紹介を始めた。
「さて、改めて名乗らせてもらおうかの。儂はロウ・エングリート。貿易商を生業としとる老いぼれじゃよ」
「その正体はリオンやノヴォと同じ元異世界の住人。鑑継家初代当主が連れてきた古龍なの」
「……は?」
「元の世界では今でも伝説になってて、『厄災の龍』なんて呼ばれてた凄い御方なんだよ」
葵が御猪口片手にニコニコと笑いながらそう言い放つ。言葉の意味が飲み込めず、リオンは放心するように固まると苦手な箸でようやく持ち上げられた煮物をポロリと皿の上に落とした。
「ほっほっほ、儂も昔はちとやんちゃでのー。あちこち飛び回っては本能のままに暴虐の限りを尽くしたもんじゃて」
「んで、それを止めたのが鑑継家初代当主様だったんだって」
「当時の儂はまだ龍としてはひよっこでの、大きすぎる魔力の器故に溜まった魔力をろくに制御できず、自我を失くしかけておったのよ。本能に引き摺られるがまま世界を破壊し、いつしか『厄災の龍』と呼ばれるようになった。……そんな儂を助けてくれたのが、鑑継の初代当主である蒼だったんじゃ」
「あおい……?」
「字は違うけど、私の名前は初代様からとったんだよー」
葵がフフンと自慢げに言いながら牛鍋をつつく。ロウは熱燗をクイと流し込みながら遠い過去を懐かしむように柔らかく笑った。
「この地球は魔力が極端に少ないじゃろう? 漂う魔力が少なければ制御できないなどということはおこらない。あやつはそれがわかっていたからこそ儂をここに連れてきたんじゃろうなぁ」
「なるほど……」
「まぁその代わり常に魔力が枯渇しかけているせいで昔に比べ随分と弱体化したが、人族の形を取って肉体を保ってる状態でも、その辺の奴には負けんくらいには強いぞ?」
「ふふ、今でも十分やんちゃですもんね?」
「そうかのぅ?」
「そうですよ」
ねー、といいながら葵と微笑みあったロウは、暴虐などという言葉とは限りなく遠いようなほのぼのとした空気を纏っている。見た目も空気感も一般の人間と変わらないように思える老人が、お伽噺の中にしか存在しないと言われる龍だとはとてもじゃないが思えなかった。
「鑑継には恩があるからの。貿易商として世界を巡りながら鑑継が望むアーティファクトを探したり、鑑継が収集した骨董品なんぞを買ったり売ったり流したりしとるのよ。あとは鑑継が連れてきた異世界人の保護じゃな。中には儂のように長い寿命を持つ者も多い。そういった者たちの環境を整えてやることも儂の役目というわけじゃ」
不死と言っても過言ではない龍にとってこの世界は確かに生きにくい。だからこそ自分の城を作り上げ、信用できる者を集めて大きな組織を作り上げた。
表は貿易会社として名が通っている『アヴァターラ』だが、その実態は世界の裏側に通じる些か後暗い組織である。管理されるばかりのこの世界では、非合法なことに手を染めなければならない状況というものに何度も陥る。それは戸籍であったり医療であったりと様々だ。元の世界で爪弾きにされ、自分と同じように連れてこられた異世界の住人たち。彼らをこの世界に馴染ませることが初代当主に与えられた役割だった。
「ところで葵や、リオンは今後どうするつもりなんじゃ?」
「リオンはこのまま屋敷で暮らしてもらいます。補佐してもらいたいし、色々と仕込みたいですしね」
「……それは、大丈夫なのかのぅ?」
「はい。彼は特殊っていうか、魔力暴走の渦に巻き込まれて異世界に渡ってきちゃった所為か、肉体が私寄りに変質しちゃってるみたいなんですよね。あの屋敷に数日居ても平然としてますし。ですから戸籍やその他諸々をいつも通り用意してくだされば、後はこちらで」
「ふむ、承知した」
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