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一章『遺愛の指輪』
九話
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ロウとの話が終わったところで、牛鍋を無心で食らいついていたノヴォが顔を上げる。
「んぐ……はいはい、次は俺ね。名前はノヴォ。歳は二十三でお嬢と同じだな。俺も元異世界の住人だ。いやぁ、今日はびっくりしたろ? 悪かったな、知らない奴に勢いのまま連れ出されて怖かっただろ」
「あっいえ……一応どなたかが訪ねてくるという話は聞いていましたから、大丈夫です」
「って言ってもよ……っつーかお嬢も人が悪すぎ。迎えに行ってみたら本人には今日のことほとんど伝わってないとかさぁ。警戒解いてもらうのにえらい時間かかったんだぜ?」
「ごめんごめん」
葵は軽い調子で謝ると、あははと誤魔化すように笑う。
「あー、ちなみに種族は一応金豹族な。まぁ俺は金豹族の中でも銀色を持っちまった忌み子でな。小さい頃に森に捨てられて死にそうになってたところをお嬢の親父である柳やなぎさんに拾われてこの世界に来たんだ。今はロウ爺の下で秘書兼護衛をしてる。まっ、この爺さんに護衛が必要かどうか疑問だけど、一応な」
「金豹族……?」
リオンがマジマジとノヴォを見つめると、悪戯っ子のように笑った彼の頭に突如ヒョコリと獣の耳が現れる。時折ピクピクと揺れるそれはどう見ても作り物などではなく、美しい銀の毛並みを持った本物の獣耳だ。
「ほっ、本物?」
「あれ、獣人は珍しい?」
「あぁ、リオンの世界はここと同じでほとんど人族だけの世界だったみたいからね。魔王も勇者も魔物もいたけど、龍や獣人はいなかったんじゃないかな……あの駄女神が創った世界だし」
「そうですね……初めてお会いしました」
リオンはどうにもノヴォの獣耳が気になるらしく、穴が開きそうなほどジッと見つめながらそう答えた。ノヴォはその熱い眼差しに言い知れぬ悪寒が走り、思わずヘタレるように耳を伏せる。
「世界が違えばそれだけで色々と違う。言葉はもちろんだけど、住んでる種族の数や常識、魔法形態もそうだね。私の役目は、そんな世界を渡り歩いて、地球に落ちてきたアーティファクトを元の場所に返していくこと。リオンにはこれからその補佐をしてもらうんだから、今からそんなに驚いてたら身が持たないよ」
葵はカラカラと笑いながら、獣耳から目を離さないリオンの背中をバシバシと叩く。思いの外強いそれに咽そうになりながらも、リオンはいまさらながらとんでもない場所に残ってしまったのではないかと肩を落とした。いくら開き直ったからといっても、嘘みたいな言葉がバンバン飛んでくる状況まで開き直れるほど図太くはない。遠い目をしてしまうのは至極当然のことだった。
「話があまりに壮大過ぎて物語を聞いてる気分になってきたんですけど……」
「自分だって相当物語っぽい体験してるくせによく言うよ。悲劇の王子様」
「へぇー、リオンちゃんてば王子様だったの? 確かに見た目からしてそれっぽいわぁ」
「ちゃっ、ちゃん?」
「メルヴィエさんもほら、ちゃんと自己紹介してくださいよ」
葵がそう促すと、メルヴィエははぁいと気の抜けるような返事をしてからリオンに視線を移した。
「メルヴィエよ。『アヴァターラ』専属の傭兵をしてるの。よろしくね」
「メルヴィエさんはこの世界の住人だけど、元の職業が職業だったもんだからこの世界における荒事担当って感じかな」
「あとはそうねぇ、卑しき愛の奴隷ってところかしら。ねぇ? 葵」
うふふ、と蠱惑的な微笑を浮かべツイと流し目をするメルヴィエは、一見上品に取り繕ってはいるものの、瞳には獲物を狙う蛇のようなねっとりとしたものをこれでもかと宿している。
これ以上この話を続けることに嫌な予感がした葵は、目を泳がせながら咳払いをすると、メルヴィエを華麗にスルーして無理やり話を切りかえた。
「それはそうと、この間電話で言ってた私に見せたい物、今日持ってきたんですよね?」
「おぉ、そうじゃった、そうじゃった。ノヴォ」
「はいはい……これだよ」
魅惑の唇を尖らせて可愛らしくむくれているメルヴィエをよそに、ロウとノヴォは軽く目配せをすると、ある物を葵の前に置いた。
それは手のひらサイズの小さな箱だ。箱自体はそう古いものではなく、どこにでもあるような指輪ケースに見えた。
手袋をして箱を開けると、そこには蔦の透かし彫りに大きめでつるりとしたピジョンブラッドルビーが埋め込まれた繊細な作りの指輪が鈍い輝きを放っていた。
「へぇ……これはまた」
一目見るだけでもわかる高級感。作り手の情熱が感じられ、透かし彫りの丁寧さや宝石の磨かれ方からして、非常に丹精込めて作られている。そこいらではけっして手に入らないだろうそれに、葵はホゥと感嘆の息を漏らした。
慎重に手に取って光に翳すと、金が使われているかと思ったリング部分は薄っすらとした赤を纏っている。持ってきていたルーペでじっくりと鑑定してみるが、不思議なことに宝石はもちろんリングの部分にも傷一つ無く、まるで先ほど新しくあつらえたかのようだ。
指輪の裏、宝石の台座部分には何やら文字が掘られているが、生憎と葵には何と書かれているのかわからなかった。
「蔦にルビーか。……うーん、単に恋人に贈るようなものにしては仰々しいデザインだね。婚約指輪って言った方がしっくりくるなぁ」
「婚約指輪、ですか?」
リオンが興味深そうに葵の手元を見ながら首を傾げる。
「うん。蔦はね、婚約指輪によくつかわれるデザインなんだよ。『結ぶ』とか『繋がる』っていう意味を込めてね」
「なるほど……ではこの石にも?」
「この深みのある赤はピジョンブラッド、この世界では鳩の血とも呼ばれてる最高級のルビーだね。意味は『純愛』や『熱情』。……まぁ、この世界の価値観で表すとこんな感じかな。ロウ様、この指輪はどこで?」
「ロシアで開催されたブラックマーケットじゃよ。『不幸を呼ぶ指輪』なんて謳い文句で出品されておっての。興味が湧いて競り落としてきたわい」
「んぐ……はいはい、次は俺ね。名前はノヴォ。歳は二十三でお嬢と同じだな。俺も元異世界の住人だ。いやぁ、今日はびっくりしたろ? 悪かったな、知らない奴に勢いのまま連れ出されて怖かっただろ」
「あっいえ……一応どなたかが訪ねてくるという話は聞いていましたから、大丈夫です」
「って言ってもよ……っつーかお嬢も人が悪すぎ。迎えに行ってみたら本人には今日のことほとんど伝わってないとかさぁ。警戒解いてもらうのにえらい時間かかったんだぜ?」
「ごめんごめん」
葵は軽い調子で謝ると、あははと誤魔化すように笑う。
「あー、ちなみに種族は一応金豹族な。まぁ俺は金豹族の中でも銀色を持っちまった忌み子でな。小さい頃に森に捨てられて死にそうになってたところをお嬢の親父である柳やなぎさんに拾われてこの世界に来たんだ。今はロウ爺の下で秘書兼護衛をしてる。まっ、この爺さんに護衛が必要かどうか疑問だけど、一応な」
「金豹族……?」
リオンがマジマジとノヴォを見つめると、悪戯っ子のように笑った彼の頭に突如ヒョコリと獣の耳が現れる。時折ピクピクと揺れるそれはどう見ても作り物などではなく、美しい銀の毛並みを持った本物の獣耳だ。
「ほっ、本物?」
「あれ、獣人は珍しい?」
「あぁ、リオンの世界はここと同じでほとんど人族だけの世界だったみたいからね。魔王も勇者も魔物もいたけど、龍や獣人はいなかったんじゃないかな……あの駄女神が創った世界だし」
「そうですね……初めてお会いしました」
リオンはどうにもノヴォの獣耳が気になるらしく、穴が開きそうなほどジッと見つめながらそう答えた。ノヴォはその熱い眼差しに言い知れぬ悪寒が走り、思わずヘタレるように耳を伏せる。
「世界が違えばそれだけで色々と違う。言葉はもちろんだけど、住んでる種族の数や常識、魔法形態もそうだね。私の役目は、そんな世界を渡り歩いて、地球に落ちてきたアーティファクトを元の場所に返していくこと。リオンにはこれからその補佐をしてもらうんだから、今からそんなに驚いてたら身が持たないよ」
葵はカラカラと笑いながら、獣耳から目を離さないリオンの背中をバシバシと叩く。思いの外強いそれに咽そうになりながらも、リオンはいまさらながらとんでもない場所に残ってしまったのではないかと肩を落とした。いくら開き直ったからといっても、嘘みたいな言葉がバンバン飛んでくる状況まで開き直れるほど図太くはない。遠い目をしてしまうのは至極当然のことだった。
「話があまりに壮大過ぎて物語を聞いてる気分になってきたんですけど……」
「自分だって相当物語っぽい体験してるくせによく言うよ。悲劇の王子様」
「へぇー、リオンちゃんてば王子様だったの? 確かに見た目からしてそれっぽいわぁ」
「ちゃっ、ちゃん?」
「メルヴィエさんもほら、ちゃんと自己紹介してくださいよ」
葵がそう促すと、メルヴィエははぁいと気の抜けるような返事をしてからリオンに視線を移した。
「メルヴィエよ。『アヴァターラ』専属の傭兵をしてるの。よろしくね」
「メルヴィエさんはこの世界の住人だけど、元の職業が職業だったもんだからこの世界における荒事担当って感じかな」
「あとはそうねぇ、卑しき愛の奴隷ってところかしら。ねぇ? 葵」
うふふ、と蠱惑的な微笑を浮かべツイと流し目をするメルヴィエは、一見上品に取り繕ってはいるものの、瞳には獲物を狙う蛇のようなねっとりとしたものをこれでもかと宿している。
これ以上この話を続けることに嫌な予感がした葵は、目を泳がせながら咳払いをすると、メルヴィエを華麗にスルーして無理やり話を切りかえた。
「それはそうと、この間電話で言ってた私に見せたい物、今日持ってきたんですよね?」
「おぉ、そうじゃった、そうじゃった。ノヴォ」
「はいはい……これだよ」
魅惑の唇を尖らせて可愛らしくむくれているメルヴィエをよそに、ロウとノヴォは軽く目配せをすると、ある物を葵の前に置いた。
それは手のひらサイズの小さな箱だ。箱自体はそう古いものではなく、どこにでもあるような指輪ケースに見えた。
手袋をして箱を開けると、そこには蔦の透かし彫りに大きめでつるりとしたピジョンブラッドルビーが埋め込まれた繊細な作りの指輪が鈍い輝きを放っていた。
「へぇ……これはまた」
一目見るだけでもわかる高級感。作り手の情熱が感じられ、透かし彫りの丁寧さや宝石の磨かれ方からして、非常に丹精込めて作られている。そこいらではけっして手に入らないだろうそれに、葵はホゥと感嘆の息を漏らした。
慎重に手に取って光に翳すと、金が使われているかと思ったリング部分は薄っすらとした赤を纏っている。持ってきていたルーペでじっくりと鑑定してみるが、不思議なことに宝石はもちろんリングの部分にも傷一つ無く、まるで先ほど新しくあつらえたかのようだ。
指輪の裏、宝石の台座部分には何やら文字が掘られているが、生憎と葵には何と書かれているのかわからなかった。
「蔦にルビーか。……うーん、単に恋人に贈るようなものにしては仰々しいデザインだね。婚約指輪って言った方がしっくりくるなぁ」
「婚約指輪、ですか?」
リオンが興味深そうに葵の手元を見ながら首を傾げる。
「うん。蔦はね、婚約指輪によくつかわれるデザインなんだよ。『結ぶ』とか『繋がる』っていう意味を込めてね」
「なるほど……ではこの石にも?」
「この深みのある赤はピジョンブラッド、この世界では鳩の血とも呼ばれてる最高級のルビーだね。意味は『純愛』や『熱情』。……まぁ、この世界の価値観で表すとこんな感じかな。ロウ様、この指輪はどこで?」
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