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一章『遺愛の指輪』

十話

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「不幸……ねぇ」

  掌の上に乗せたままの指輪は、見る限りでは不幸を呼ぶ指輪などと呼ばれるような不気味な印象は感じない。むしろ蔦とルビー、この二つが揃った指輪は幸せへの第一歩とも言える、まさに不幸とは真逆の意味を持つ指輪だ。そんな物がなぜ不幸を呼ぶなどと言われているのか。葵はマジマジと指輪を見つめながら首を傾げる。

 「この指輪がオークションに出された経緯は所有者の死亡じゃ。これまで指輪の持ち主は七人、すべて男。全員死んでおる」

 「……死因は?」

  驚きに目を見開いた葵は、その言葉を聞いた途端に先ほどまでの柔らかな空気を一変させ、真剣な面持ちでロウを見つめる。

 「死因は見事にバラバラじゃなぁ。一人目は焼死、二人目は病死、三人目は水死、四人目は事故死、五人目は刺殺、六人目は自殺、七人目は……そうそう、轢死じゃったかの。オークションでの説明と、こちらの調べ、共に一致しておるから確かじゃわい」

  ロウは葵に分厚い書類を渡すと、唇を湿らせるように酒を飲む。
  手渡された書類に書かれていたのは、指輪の所有者の詳細と指輪が『不幸を呼ぶ指輪』と呼ばれるようになった経緯だった。

  どうやらすべての所有者は死んだその日、指輪を身に着けていたのだという。結婚指輪らしいモチーフだが、デザイン自体は華美ではなく普段使いできるものだ。気に入って身に着けていてもなんら不思議ではないのだが、それにしては指輪に傷がなさすぎる。普段使いしていれば大切に扱っていても大なり小なり傷がつく。しかし葵の掌にある指輪は傷一つ無く完成時の美しさを保ったままだ。一人目の所有者が焼死した時も朽ちることなく存在し、水に沈んでも腐食することはなく、大きな車輪に弾かれても歪み一つ無いなど異常以外の何物でもない。
  この指輪の経緯を聞いた上で鑑定した人は、さぞや不気味に思っただろう。葵自身もこの世界の価値観しか知らない状況だったなら気味悪がっていたはずだ。

 「なるほど、不幸を呼ぶと言われても仕方がない、か……」

  幸せを運ぶはずの結婚指輪。その美しさに惹かれ、気まぐれで手に入れた者たちが、残らず冥府へと旅立っている。死者が一人や二人だったら偶然のひと言で片付けられたかもしれない。しかし所有者が移る度に死んでいるのだ。さすがに神の悪戯にしては度が過ぎている。

 「ちなみにロウ様がこれを手にしてから、日数はどれくらいですか?」

 「まだひと月経ってねぇよ」

  難しい顔を葉ながら質問した葵に答えを聞かせてくれたのは、ロウではなく先ほどまで肉を貪っていたノヴォだった。
  彼は満足げに腹を摩りながらだらしなく胡坐をかくと、机の上に放られていたスマートフォンを弄って指輪の入手日の確認をする。

 「あぁ、正確には十二月二日だな。……手に入れてから今日まで、何かよくないことがあったかどうかを聞きたいんだろ?」

 「そう。どうかな、心当たりない?」

 「いいや、特にないのぅ」

 「えぇ……ロウ爺、何もないってことは無かっただろうよ!」

 「ふむ? なんかあったかのぅ?」

  ロウはこれっぽっちも思い当たる節が無いようで、いやいやといいながら顔を覆うノヴォの態度を不思議そうに眺めながら首を傾げる。

 「あったよっ! 暗殺者様御一行様がロウ爺暗殺ツアーに来たじゃん! それもいつもの倍でさぁぁぁ……」

 「あー、そういえばそんなことあったわねぇ」

 「まぁ命を狙われるのは日常茶飯事じゃからの。あまり気にしとらんかったわい」

  とてつもなくきな臭い話にもかかわらず、ロウとメルヴィエの様子は慣れているといわんばかりにのほほんとしていて、ノヴォはげんなりしたように髪を掻き乱しながら肩を落とす。

 「そうだよなぁ、日常だよなぁ、ロウ爺の物理無双もメルの首狩りもさぁ……」

 「ほっほっほ、まだまだ若いもんには負けんよ」

 「首飛ばすのが一番手っ取り早いしねぇ」

 「あぁぁ皮肉が通じない……辛い」

 「ノヴォ……相変わらず苦労してるね」

  いつも護衛を忘れて突っ走るロウと、後処理を考えずに血を盛大に撒き散らすメルヴィエに、何度ノヴォの胃が危険に晒されたことか。ノヴォは葵から憐みの眼差しを受けながら涙を堪えるように目頭を押さえる。

  ロウが統括している『アヴァターラ』は、世界各国で取引を行っている大手の貿易商だ。長い年月をかけてじっくりと世界に浸透していった『アヴァターラ』の顧客はそれこそ多岐に渡る。国の重役から表立って活動できない者たちまで様々で、扱う品も白から黒まで何でもござれだ。
  世界握っているとさえ言われている貿易の要、それが枯れ枝のような老人であることはほとんどの者が知らない。長い寿命を持つ彼が表立って活動することはアーティファクト関連のみであり、会社自体はノヴォのような事情を知る忠実な部下に任せている状態だ。

  表舞台に姿を現すことのないロウではあるが、やはり職業柄恨まれることが多い。同業者、マフィア、裏取引によって犠牲となった者の遺族、国のエージェントなど、命を狙ってくる輩は数知れず。そのため暗殺や襲撃などはもう随分と前から日常と化し、ロウもメルヴィエも毛の程も気にしていなかった。
  そもそも見た目は木枯らしで飛んでいってしまいそうなほど小柄なロウだが、その実態は人間など一飲みで来てしまうほど大きな身体を持つ龍だ。いくらこの地球に来て弱体化したとはいっても、そこいらの人間、しかもこの世界の暗殺者どもは羽虫も同然なのだろう。まったくもって護衛のし甲斐のない老人である。
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