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木曜日(1)
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「だるい……」
五月の風がさわやかな日だった。
よく晴れた空を雲がゆるりと流れている。
そのさわやかさとは無縁の顔で、ランニングをする井坂直史。
同じバスケ部の部員たちが、次々にその横を抜け遠ざかっていく。
速度の落ちた直史の足は、ふらりと横にそれ、やわらかな草の生えた土手に向かう。
崩れるように横たわると、流れていく雲を見つめ、溜息をついた。
別にバスケが好きなわけじゃない。
高校に入学してすぐ、クラスの数人でバスケ部を見学に行った。
その時、「入部希望ですか?」と聞いてきたマネージャーの西野が可愛くて、思わず入ってしまった。
西野かほりは、華奢で色白、栗色のゆるいウェーブ髪の可憐な容姿をしている。直史はこんな美少女が同じ学年に存在している事に驚いた。
だが昨日、西野はひとつ上の先輩、佐々本と付き合っていると知った。
よく一緒にいるとは思っていたが、どうやら中学からの仲らしい。
その事実を知ってから、直史のやる気はガタ落ちだった。いや、そもそもバスケ自体に関心がなかったのだから、部活をする意味そのものがなくなってしまった。
――辞めちまおっかな……
しかし一緒に入部した時、とても喜んでいた友人の顔が浮かぶ。
――紡が、キレるだろうな……
目を閉じ、うたた寝しはじめていた。
何かが転がってきて、直史の頭にぶつかり、止まった。
手を伸ばしてそれを掴む。顔の前まで持ち上げて、目を開けた。
「……桃?」
不思議に思い桃を見つめたまま、上体を起こす。
土手の上を見ると、またひとつ、転がってきたのでそれも手にする。
そして、またひとつ。今度は右足を伸ばして太ももで受け止めた。
三つの桃を両手に持ち、直史は考えていた。
――こんな所に……桃? 俺、寝ぼけてるのか……?
「おおー、すまんすまん、助かった」
声がしたので見上げたが、土手の上には誰もいない。
少し離れた場所の背丈の高い草が、がさがさと揺れ、着物を着た三十センチ程の白髪の老人が現れた。
「うわっ!」
驚いたはずみで、直史は両手にしていた桃をとり投げてしまった。
すると老人は、身軽に飛び上がり、背負っていた籠に器用に桃を収めていく。
そして、ふわりと直史の近くに降り立った。
「ほほっ、驚かせてしまったかな?」
白く長いあご髭をさすり、老人は笑う。独特な話し方をする。
――なんだ、この爺さん……妖怪か?
「み、身軽っすね」
直史は、何かどうでもいい事を口走る。
「昔はもっと身軽じゃった。桃を取りこぼす事もなかったが、年かのー……」
そう言って、直史の側に目をやる。視線を追って、手元を見るともうひとつ、桃がそこにあった。
直史は、それを取り「どうぞ」と差し出した。
老人は笑って、首を振る。
「どうやら、桃はお前さんを選んだようじゃ。持ち帰るがいい」
そして、ふと真顔になり、つつっと近づく。
「これはな、"幻魅桃"という不思議な桃でな……お主、好きな子はおるか?」
「好きな子」と言われ、すぐに西野の顔が浮かんだ。
「ま、まぁね」
「正直なヤツじゃの、ほほっ。その想い人にひと切れ、桃を食べさせるがよい。良いことが起こるぞ」
「えっ?」
驚いて老人を見た。
つもりだったが、ぶわりと風が舞い、思わず目を閉じた。その間に老人の姿は消え、手の中の桃だけが残っていた。
五月の風がさわやかな日だった。
よく晴れた空を雲がゆるりと流れている。
そのさわやかさとは無縁の顔で、ランニングをする井坂直史。
同じバスケ部の部員たちが、次々にその横を抜け遠ざかっていく。
速度の落ちた直史の足は、ふらりと横にそれ、やわらかな草の生えた土手に向かう。
崩れるように横たわると、流れていく雲を見つめ、溜息をついた。
別にバスケが好きなわけじゃない。
高校に入学してすぐ、クラスの数人でバスケ部を見学に行った。
その時、「入部希望ですか?」と聞いてきたマネージャーの西野が可愛くて、思わず入ってしまった。
西野かほりは、華奢で色白、栗色のゆるいウェーブ髪の可憐な容姿をしている。直史はこんな美少女が同じ学年に存在している事に驚いた。
だが昨日、西野はひとつ上の先輩、佐々本と付き合っていると知った。
よく一緒にいるとは思っていたが、どうやら中学からの仲らしい。
その事実を知ってから、直史のやる気はガタ落ちだった。いや、そもそもバスケ自体に関心がなかったのだから、部活をする意味そのものがなくなってしまった。
――辞めちまおっかな……
しかし一緒に入部した時、とても喜んでいた友人の顔が浮かぶ。
――紡が、キレるだろうな……
目を閉じ、うたた寝しはじめていた。
何かが転がってきて、直史の頭にぶつかり、止まった。
手を伸ばしてそれを掴む。顔の前まで持ち上げて、目を開けた。
「……桃?」
不思議に思い桃を見つめたまま、上体を起こす。
土手の上を見ると、またひとつ、転がってきたのでそれも手にする。
そして、またひとつ。今度は右足を伸ばして太ももで受け止めた。
三つの桃を両手に持ち、直史は考えていた。
――こんな所に……桃? 俺、寝ぼけてるのか……?
「おおー、すまんすまん、助かった」
声がしたので見上げたが、土手の上には誰もいない。
少し離れた場所の背丈の高い草が、がさがさと揺れ、着物を着た三十センチ程の白髪の老人が現れた。
「うわっ!」
驚いたはずみで、直史は両手にしていた桃をとり投げてしまった。
すると老人は、身軽に飛び上がり、背負っていた籠に器用に桃を収めていく。
そして、ふわりと直史の近くに降り立った。
「ほほっ、驚かせてしまったかな?」
白く長いあご髭をさすり、老人は笑う。独特な話し方をする。
――なんだ、この爺さん……妖怪か?
「み、身軽っすね」
直史は、何かどうでもいい事を口走る。
「昔はもっと身軽じゃった。桃を取りこぼす事もなかったが、年かのー……」
そう言って、直史の側に目をやる。視線を追って、手元を見るともうひとつ、桃がそこにあった。
直史は、それを取り「どうぞ」と差し出した。
老人は笑って、首を振る。
「どうやら、桃はお前さんを選んだようじゃ。持ち帰るがいい」
そして、ふと真顔になり、つつっと近づく。
「これはな、"幻魅桃"という不思議な桃でな……お主、好きな子はおるか?」
「好きな子」と言われ、すぐに西野の顔が浮かんだ。
「ま、まぁね」
「正直なヤツじゃの、ほほっ。その想い人にひと切れ、桃を食べさせるがよい。良いことが起こるぞ」
「えっ?」
驚いて老人を見た。
つもりだったが、ぶわりと風が舞い、思わず目を閉じた。その間に老人の姿は消え、手の中の桃だけが残っていた。
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