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木曜日(2)
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桃を持ち帰った直史は、とりあえず冷蔵庫に入れて冷やしてみた。
――"良いこと"って……何だ?
老人の言葉が気になった。
狐につままれた気分で、キッチンの椅子に腰を下ろし、しばらくそこにいた。
――……つか、まずあの小さいじーさんは何者なんだよ……人間じゃねぇだろ。夢か? ……いや、桃は持ち帰った訳だし……
考えても答えのない問答をしては考えをやめ、また同じ問答を始める。どれくらいそこにただ座っていたのか、チャイムの音で我に返り、玄関に向かう。
戸を開けると、ジャージ姿の紡が立っていた。
芹沢紡は、高校に入ってからすぐに仲良くなった。
一緒にバスケ部に入った友人だ。背は低いが、ドリブルやパス回しが鮮やかで見ていて気持ちが良いくらいだ。
「どうした?」
突然の訪問に驚いて聞くと、紡が眉を寄せた。
「どうしたじゃあないだろ!? カバンも制服も置いて、何部活の途中で帰ってんだよっ! ランニングから戻らないから、心配して探してたんだっ!」
「……あ」
紡は、手にしていた直史のカバンを拳ごと腹部めがけて突き出した。
部活の途中だった事を、すっかり忘れていた。
あの土手からは家が近いので思わず帰って来てしまっていた。
「悪りぃ」
カバンを掴み、力なく笑う。奇妙な老人との出会いが現実離れしすぎて、そのことで頭がいっぱいになっていた。
その様子を見ていた紡が、ふと表情を和らげた。
「大丈夫? もしかして、ずっと気分でも悪かった、とか?」
走る速度の落ちた直史を置いて、先に学校へ戻った事を気にしているようだった。一緒に走っていたが、気分が乗らなくて「先に行っていい」と言ったのは直史だ。
「いや……たいした事ないから」
体調はなんともない。
部活を辞めようかと考えていた事も老人の事も、なんだか言えなかった。
ふと、紡が桃好きなのを思い出した。
「桃、食う?」
「は?」
「上がれよ。桃があるんだ」
「い、いいよ別に……」
遠慮がちな紡を笑う。
「貰い物なんだけど、ちょっと珍しい品種らしいぜ。遠慮せず食べていけよ」
ためらったが、とりあえず中へ入る紡。
直史は冷蔵庫を開け、あの桃を取り出した。庖丁で切り込み、皮を剥く。甘い香りがふわりと広がった。
「すっごいいい香り」
「だな」
老人は、"不思議な桃"だと言っていた。きっとすごく美味しいに違いないと、直史は思っていた。
――これを桃好きなヤツにあげない訳にはいかないよな……
「直史、桃剥くのうまいね」
「小さい頃から果物食べたさで自分でやってたからな」
りんごや梨も剥くのは嫌いじゃない。
「ほらっ」
桃を一切れ差し出すと、紡は直史の手からそのまま口に入れた。
「美味っ! 何これ! すごく美味しいよ」
直史はその言葉に満足して、自分も食べようと桃に手を伸ばした。その横で、桃を飲み込んだ紡の体はゆっくりと傾いた。
直史はその体を慌てて支える。
「おい、しっかりしろ!」
毒でも入っていたのか、と焦る。
謎の、それも普通とは思えない老人から貰った物を、ろくに調べもせず紡にあげてしまった。
「嘘だろ……おいっ、紡、紡っ!!」
体をゆすっても、頬を叩いても反応しない。
――"良いこと"って……何だ?
老人の言葉が気になった。
狐につままれた気分で、キッチンの椅子に腰を下ろし、しばらくそこにいた。
――……つか、まずあの小さいじーさんは何者なんだよ……人間じゃねぇだろ。夢か? ……いや、桃は持ち帰った訳だし……
考えても答えのない問答をしては考えをやめ、また同じ問答を始める。どれくらいそこにただ座っていたのか、チャイムの音で我に返り、玄関に向かう。
戸を開けると、ジャージ姿の紡が立っていた。
芹沢紡は、高校に入ってからすぐに仲良くなった。
一緒にバスケ部に入った友人だ。背は低いが、ドリブルやパス回しが鮮やかで見ていて気持ちが良いくらいだ。
「どうした?」
突然の訪問に驚いて聞くと、紡が眉を寄せた。
「どうしたじゃあないだろ!? カバンも制服も置いて、何部活の途中で帰ってんだよっ! ランニングから戻らないから、心配して探してたんだっ!」
「……あ」
紡は、手にしていた直史のカバンを拳ごと腹部めがけて突き出した。
部活の途中だった事を、すっかり忘れていた。
あの土手からは家が近いので思わず帰って来てしまっていた。
「悪りぃ」
カバンを掴み、力なく笑う。奇妙な老人との出会いが現実離れしすぎて、そのことで頭がいっぱいになっていた。
その様子を見ていた紡が、ふと表情を和らげた。
「大丈夫? もしかして、ずっと気分でも悪かった、とか?」
走る速度の落ちた直史を置いて、先に学校へ戻った事を気にしているようだった。一緒に走っていたが、気分が乗らなくて「先に行っていい」と言ったのは直史だ。
「いや……たいした事ないから」
体調はなんともない。
部活を辞めようかと考えていた事も老人の事も、なんだか言えなかった。
ふと、紡が桃好きなのを思い出した。
「桃、食う?」
「は?」
「上がれよ。桃があるんだ」
「い、いいよ別に……」
遠慮がちな紡を笑う。
「貰い物なんだけど、ちょっと珍しい品種らしいぜ。遠慮せず食べていけよ」
ためらったが、とりあえず中へ入る紡。
直史は冷蔵庫を開け、あの桃を取り出した。庖丁で切り込み、皮を剥く。甘い香りがふわりと広がった。
「すっごいいい香り」
「だな」
老人は、"不思議な桃"だと言っていた。きっとすごく美味しいに違いないと、直史は思っていた。
――これを桃好きなヤツにあげない訳にはいかないよな……
「直史、桃剥くのうまいね」
「小さい頃から果物食べたさで自分でやってたからな」
りんごや梨も剥くのは嫌いじゃない。
「ほらっ」
桃を一切れ差し出すと、紡は直史の手からそのまま口に入れた。
「美味っ! 何これ! すごく美味しいよ」
直史はその言葉に満足して、自分も食べようと桃に手を伸ばした。その横で、桃を飲み込んだ紡の体はゆっくりと傾いた。
直史はその体を慌てて支える。
「おい、しっかりしろ!」
毒でも入っていたのか、と焦る。
謎の、それも普通とは思えない老人から貰った物を、ろくに調べもせず紡にあげてしまった。
「嘘だろ……おいっ、紡、紡っ!!」
体をゆすっても、頬を叩いても反応しない。
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