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火曜日(2)
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勉強を始めてしばらくすると、辺りが暗くなってきた事に気付く。
ふと顔を上げて直史が口を開く。
「雨じゃねぇの?」
ノートとにらめっこしていた紡は、窓に視線を移す。外は、小雨が降り出していて、窓を閉めに立ちあがる。
「空、真っ黒だ。すぐには止みそうにないね」
その横顔を見て、直史はいきなり質問した。
「お前の好きな人に恋人できたら、嬉しいか?」
「何、急に」
窓枠に腰掛け、怪訝な表情をみせる紡。
「別に。ただ、どうなんだろうって。……嬉しいか?」
紡は、視線をそらした。
「……うん」
「ウソつけ」
嬉しいとは程遠い顔で言われても全然信じられない。
「ごめん。ほんとは……わかんない」
あははと小さく笑い、素直に謝る。正直な紡は嫌いじゃない。それが、紡らしいと思う。
だからこそ、西野と自分をつなげたがった行動が理解できなかった。
「お前さ、好きな人の事ばっか考えて動いてないか?」
「だって……好きだから」
外を見ながら、関係ないことのように紡は答える。
「その人が幸せなら満足か? 自分も幸せになりたいって思わね? 何で、西野のこと……」
「ムリだから。絶対に叶わないってわかってるから、その人を応援しようと思った」
静かな声だった。
――それが理解できない。
そんな紡とは逆に、苛立ちが湧き上がる。
「でも、ホントにそれでいいと思えるのか?」
――何でこんなこと……コイツは桃のせいで俺を好きだと思いこんでいるだけなのに……
そう思ったが口は止まらなかった。
「お前、好きな人に恋人できたら……泣くんじゃねぇの?」
「……そう、かもね」
消えてしまいそうな小さな声。
こんな紡が見たいわけじゃない。直史は変にもどかしい気持ちになる。
「ならもう少し素直になれば? 気持ち抑えてばかりで苦しいだけだろ。それなら……」
「簡単に言わないでほしいよっ! 俺だって……俺だってそうしたいけど……困るのは、俺の好きな人だ。そうでしょ?」
急に声を荒くした紡の表情は、今にも泣いてしまいそうだった。
――それは、俺に……
「気を、遣っているのか?」
紡は直史の側に寄ると、しゃがみこんでもたれかかった。
「俺の好きな人は、まだ恋を知らないんだって。こんな歪んだ気持ちは、毒にしかならない」
直史は動けずにいた。
自分が傷つけているのだと、今更ながら思う。
「どうして、拒絶しないの? 突き放せばいいんだ。気持ち悪いって、言えばいい」
体を離した紡は、寂しそうに言う。
「紡……」
「でも……気持ち悪いって思わないなら、今だけ……今だけでいい、甘えさせて」
直史の反応を見るようにそっと、Tシャツの裾に触れる。
そして、ゆっくりと抱きついた。
紡の体温と鼓動が、Tシャツ越しに伝わってくる。
静かに降る雨が、直史を責めている気がした。
「……ごめん。俺、お前にひどい事……」
――俺が桃をあげたから……イタズラに、変なこと願ったから……
紡の頭をわしゃと撫でる。
「俺、側にいるから。いつでも、こうして甘えていいから」
――もう少しの辛抱だ、紡。あと二、三日……
紡は首を振る。
「これで最後。二度とこんな事しない。好きだって言わない。だから……」
紡は直史のTシャツを握ったまま、体を離した。
震える唇はゆっくりと、思いを込めて言葉をつなぐ。
「だ、だからさ……本当に今だけ、許してくれないかな。……君が……好き、大好きだよ。直史のことが、すごく、好き」
言葉と共に涙がはらはらと落ちる。
直史はそんな紡に圧倒された。
そして、その姿がすごくキレイだと思えた。
紡はごしごしと涙を拭う。
「……ありがと、直史」
そして、赤い目をして笑顔を向けた。
直史は後悔と罪悪感でいっぱいだった。
どうやって家に帰って来たのかさえ覚えていない。雨に濡れ、しずくを垂らしながら、玄関に佇んでいた。
「じーさん……助けてくれよ」
ぽつりと呟いた。
「"じーさん"とは、ワシの事かな? どうした少年、心が濁っとるの」
靴箱に腰掛けた小さな老人は、いつもの様にゆっくりと語りかける。
「あの桃もうひとつくれないか? もう一度アイツに食べさせて願ったら、他の子好きになるかな?」
感情のない声が直史の口から出る。
「そりゃ無理な話じゃ」
「なら、俺を嫌いになってもらうには?」
「それも無理じゃな。なんせ惚れる効果はあっても、嫌う効果はないんじゃ。それに幻魅桃は使う人を選ぶ。お主の桃はあれだけなのじゃよ」
奥歯をかみ締め、苦しさを紛らわせる。
「元に戻してほしいんだ。もう、沢山だ。こんなの……」
「人を想うという事は、楽しいだけじゃあないんじゃよ。逃げ出すのか、少年」
「そんなんじゃねぇよ。アイツを、苦しめてるだけなんだ。……もう、解放してやりてぇ」
「ふむ。もう少し楽に考えたらどうじゃ? ……どうしてもと言うなら……明日、そうじゃな。昼ごろに、又顔をだそう」
「昼は……学校なんだけど」
「わかっておる。ちゃんとお前さんの元に行くから待っておれ」
ふと顔を上げて直史が口を開く。
「雨じゃねぇの?」
ノートとにらめっこしていた紡は、窓に視線を移す。外は、小雨が降り出していて、窓を閉めに立ちあがる。
「空、真っ黒だ。すぐには止みそうにないね」
その横顔を見て、直史はいきなり質問した。
「お前の好きな人に恋人できたら、嬉しいか?」
「何、急に」
窓枠に腰掛け、怪訝な表情をみせる紡。
「別に。ただ、どうなんだろうって。……嬉しいか?」
紡は、視線をそらした。
「……うん」
「ウソつけ」
嬉しいとは程遠い顔で言われても全然信じられない。
「ごめん。ほんとは……わかんない」
あははと小さく笑い、素直に謝る。正直な紡は嫌いじゃない。それが、紡らしいと思う。
だからこそ、西野と自分をつなげたがった行動が理解できなかった。
「お前さ、好きな人の事ばっか考えて動いてないか?」
「だって……好きだから」
外を見ながら、関係ないことのように紡は答える。
「その人が幸せなら満足か? 自分も幸せになりたいって思わね? 何で、西野のこと……」
「ムリだから。絶対に叶わないってわかってるから、その人を応援しようと思った」
静かな声だった。
――それが理解できない。
そんな紡とは逆に、苛立ちが湧き上がる。
「でも、ホントにそれでいいと思えるのか?」
――何でこんなこと……コイツは桃のせいで俺を好きだと思いこんでいるだけなのに……
そう思ったが口は止まらなかった。
「お前、好きな人に恋人できたら……泣くんじゃねぇの?」
「……そう、かもね」
消えてしまいそうな小さな声。
こんな紡が見たいわけじゃない。直史は変にもどかしい気持ちになる。
「ならもう少し素直になれば? 気持ち抑えてばかりで苦しいだけだろ。それなら……」
「簡単に言わないでほしいよっ! 俺だって……俺だってそうしたいけど……困るのは、俺の好きな人だ。そうでしょ?」
急に声を荒くした紡の表情は、今にも泣いてしまいそうだった。
――それは、俺に……
「気を、遣っているのか?」
紡は直史の側に寄ると、しゃがみこんでもたれかかった。
「俺の好きな人は、まだ恋を知らないんだって。こんな歪んだ気持ちは、毒にしかならない」
直史は動けずにいた。
自分が傷つけているのだと、今更ながら思う。
「どうして、拒絶しないの? 突き放せばいいんだ。気持ち悪いって、言えばいい」
体を離した紡は、寂しそうに言う。
「紡……」
「でも……気持ち悪いって思わないなら、今だけ……今だけでいい、甘えさせて」
直史の反応を見るようにそっと、Tシャツの裾に触れる。
そして、ゆっくりと抱きついた。
紡の体温と鼓動が、Tシャツ越しに伝わってくる。
静かに降る雨が、直史を責めている気がした。
「……ごめん。俺、お前にひどい事……」
――俺が桃をあげたから……イタズラに、変なこと願ったから……
紡の頭をわしゃと撫でる。
「俺、側にいるから。いつでも、こうして甘えていいから」
――もう少しの辛抱だ、紡。あと二、三日……
紡は首を振る。
「これで最後。二度とこんな事しない。好きだって言わない。だから……」
紡は直史のTシャツを握ったまま、体を離した。
震える唇はゆっくりと、思いを込めて言葉をつなぐ。
「だ、だからさ……本当に今だけ、許してくれないかな。……君が……好き、大好きだよ。直史のことが、すごく、好き」
言葉と共に涙がはらはらと落ちる。
直史はそんな紡に圧倒された。
そして、その姿がすごくキレイだと思えた。
紡はごしごしと涙を拭う。
「……ありがと、直史」
そして、赤い目をして笑顔を向けた。
直史は後悔と罪悪感でいっぱいだった。
どうやって家に帰って来たのかさえ覚えていない。雨に濡れ、しずくを垂らしながら、玄関に佇んでいた。
「じーさん……助けてくれよ」
ぽつりと呟いた。
「"じーさん"とは、ワシの事かな? どうした少年、心が濁っとるの」
靴箱に腰掛けた小さな老人は、いつもの様にゆっくりと語りかける。
「あの桃もうひとつくれないか? もう一度アイツに食べさせて願ったら、他の子好きになるかな?」
感情のない声が直史の口から出る。
「そりゃ無理な話じゃ」
「なら、俺を嫌いになってもらうには?」
「それも無理じゃな。なんせ惚れる効果はあっても、嫌う効果はないんじゃ。それに幻魅桃は使う人を選ぶ。お主の桃はあれだけなのじゃよ」
奥歯をかみ締め、苦しさを紛らわせる。
「元に戻してほしいんだ。もう、沢山だ。こんなの……」
「人を想うという事は、楽しいだけじゃあないんじゃよ。逃げ出すのか、少年」
「そんなんじゃねぇよ。アイツを、苦しめてるだけなんだ。……もう、解放してやりてぇ」
「ふむ。もう少し楽に考えたらどうじゃ? ……どうしてもと言うなら……明日、そうじゃな。昼ごろに、又顔をだそう」
「昼は……学校なんだけど」
「わかっておる。ちゃんとお前さんの元に行くから待っておれ」
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