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序章
勇者の娘ティーレ
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かつて世界を救った伝説の勇者がいた。
人間離れした怪力と巧みな戦闘センス。魔法使いにも引けを取らぬ強力な魔法によって、世界を我がものにしようとした魔王を打ち倒した。
そして、世界が平和になってから十年余りの月日が流れた。
私はティーレ・メルク。伝説の勇者、エンウェイン・メルクの娘だ。
「おはよう母さん。調子はどう?」
私が朝一番に起きてする事は、体調を崩してしまった母、セレナ・メルクの様子を見ることだ。
「おはようティーレ。今日は大分調子がいいわ」
母さんはベッドに横になりながら、私と同じ青色の瞳で微笑む。昨日より顔色がいいみたい。よかった。
「待っててね。今、朝ご飯作るから」
そう言って私はキッチンへと向かう。胸まで伸びた父さん譲りの少しくすんだ金色の髪を後ろで結び、少し硬くなったパンにナイフを入れながら私は考える。
こんな時、父さんがいてくれたらな、と。
父さんは数年前に突然方不明になった。理由は分からない。誰も教えてくれなかった。
ただいつもと同じように『仕事に行ってくる』と言って家を出て行ったきり帰って来ない。
伝説の勇者の失踪は街でも話題になったようだが、平和になった今、勇者が居なくて困るようなことは滅多に起きない。
時間が経つにつれ父さんの事は忘れ去られ、もう死んでしまったのではないかという噂まで流れている始末だ。
当時の父さんは世界を救った後、城にて傭兵として勤めていたらしい。だから今回も、傭兵として城からの任務があったんじゃないかと思って城に問い合わせてみたけど、帰ってきた答えは『何も知らない』という素っ気ない解答だった。
母さんはその頃から体調を崩し、最近はベッドから起き上がる回数も減ってしまった。
私は……父さんが生きてるって信じてる。だから父さん、母さんのためにも帰ってきてよ。お願い……。
「ティーレ?」
母さんの声でハッとする。そうだ。私が落ち込んでいる場合じゃないんだった!
「あ……やだ、ちょっとボーっとしちゃってた! 急いで作っちゃうね」
何事もなかったかのように取り繕うと、慌てて切ったパンの中に葉物野菜と干し肉とチーズを少しだけ入れたものをいくつか作り、そのうちの一つを口の中に押し込み瓶に入った水をコップに注ぐと一気に飲み干す。
「んぐっ……じゃあ母さん、私モネさんの所にお手伝いに行ってくるね」
出来上がったパンと水を母さんのベッドへと運び、髪を結び直しながら扉へと向かう。
「気を付けていくのよ。モネによろしくね」
「はーい! 行ってきます!」
母さんに手を振りながら家を出る。辺りは人っ子一人、家一軒すらない。あるのは沢山の木々だけだ。
見慣れた森の景色を眺めつつ、私はモネおばさんの所へと向かう。
モネおばさん……モネ・ニコラさんは森の側で製材所をやっている母さんの幼馴染だ。森の奥でひっそりと暮らす私たちに代わって買い物をしてくれたり、時々こっそり街に連れだしたりしてくれるとても親切な人だ。
おばさんに何かお礼はできないかと思って、私は時間がある時は製材所でお手伝いをさせてもらっている。
おばさんは無理に手伝わなくても暇な時だけでいいんだよって言うけど、それじゃあ私の気が収まらない。
少しでも恩返しするために走って製材所へと向かうと、沢山の丸太が置かれている側にいる女性に向かって声をかける。
「モネおばさん! お手伝いに来ました!」
モネおばさんはこちらに気付くとにっこりと笑いながら近づいてくる。
「あぁティーレ! よく来たね。セレナは大丈夫なのかい?」
「はい、今日は調子がいいみたいで。顔色も昨日よりずっと明るいです!」
「そうかそうか。それは安心だね」
おばさんは心底安心したように息を吐くと、また私に向かって優し気に微笑む。
「ティーレも無理するんじゃないよ? あんたたちの世話なんて、アタシにとっちゃこれっぽっちも苦労じゃないんだから」
「はい……ありがとうございます」
おばさんの言葉に照れ気味に笑う。おばさんの言葉が本当だってことは分かっているけど、だからこそ何かお手伝いがしたい。
「おばさん、今日も伐採をお手伝いすればいいですか?」
「あぁそうだね。でも肝心のシルヴィアーノのがまだねぇ……」
そう言っておばさんは丸太置き場の隣にある、おばさんたちの家を見る。
「あ、いいですよ。私行ってきますから」
「そうかい? 悪いねぇ頼んだよ」
そう言うと私は小走りで家へと向かった。
人間離れした怪力と巧みな戦闘センス。魔法使いにも引けを取らぬ強力な魔法によって、世界を我がものにしようとした魔王を打ち倒した。
そして、世界が平和になってから十年余りの月日が流れた。
私はティーレ・メルク。伝説の勇者、エンウェイン・メルクの娘だ。
「おはよう母さん。調子はどう?」
私が朝一番に起きてする事は、体調を崩してしまった母、セレナ・メルクの様子を見ることだ。
「おはようティーレ。今日は大分調子がいいわ」
母さんはベッドに横になりながら、私と同じ青色の瞳で微笑む。昨日より顔色がいいみたい。よかった。
「待っててね。今、朝ご飯作るから」
そう言って私はキッチンへと向かう。胸まで伸びた父さん譲りの少しくすんだ金色の髪を後ろで結び、少し硬くなったパンにナイフを入れながら私は考える。
こんな時、父さんがいてくれたらな、と。
父さんは数年前に突然方不明になった。理由は分からない。誰も教えてくれなかった。
ただいつもと同じように『仕事に行ってくる』と言って家を出て行ったきり帰って来ない。
伝説の勇者の失踪は街でも話題になったようだが、平和になった今、勇者が居なくて困るようなことは滅多に起きない。
時間が経つにつれ父さんの事は忘れ去られ、もう死んでしまったのではないかという噂まで流れている始末だ。
当時の父さんは世界を救った後、城にて傭兵として勤めていたらしい。だから今回も、傭兵として城からの任務があったんじゃないかと思って城に問い合わせてみたけど、帰ってきた答えは『何も知らない』という素っ気ない解答だった。
母さんはその頃から体調を崩し、最近はベッドから起き上がる回数も減ってしまった。
私は……父さんが生きてるって信じてる。だから父さん、母さんのためにも帰ってきてよ。お願い……。
「ティーレ?」
母さんの声でハッとする。そうだ。私が落ち込んでいる場合じゃないんだった!
「あ……やだ、ちょっとボーっとしちゃってた! 急いで作っちゃうね」
何事もなかったかのように取り繕うと、慌てて切ったパンの中に葉物野菜と干し肉とチーズを少しだけ入れたものをいくつか作り、そのうちの一つを口の中に押し込み瓶に入った水をコップに注ぐと一気に飲み干す。
「んぐっ……じゃあ母さん、私モネさんの所にお手伝いに行ってくるね」
出来上がったパンと水を母さんのベッドへと運び、髪を結び直しながら扉へと向かう。
「気を付けていくのよ。モネによろしくね」
「はーい! 行ってきます!」
母さんに手を振りながら家を出る。辺りは人っ子一人、家一軒すらない。あるのは沢山の木々だけだ。
見慣れた森の景色を眺めつつ、私はモネおばさんの所へと向かう。
モネおばさん……モネ・ニコラさんは森の側で製材所をやっている母さんの幼馴染だ。森の奥でひっそりと暮らす私たちに代わって買い物をしてくれたり、時々こっそり街に連れだしたりしてくれるとても親切な人だ。
おばさんに何かお礼はできないかと思って、私は時間がある時は製材所でお手伝いをさせてもらっている。
おばさんは無理に手伝わなくても暇な時だけでいいんだよって言うけど、それじゃあ私の気が収まらない。
少しでも恩返しするために走って製材所へと向かうと、沢山の丸太が置かれている側にいる女性に向かって声をかける。
「モネおばさん! お手伝いに来ました!」
モネおばさんはこちらに気付くとにっこりと笑いながら近づいてくる。
「あぁティーレ! よく来たね。セレナは大丈夫なのかい?」
「はい、今日は調子がいいみたいで。顔色も昨日よりずっと明るいです!」
「そうかそうか。それは安心だね」
おばさんは心底安心したように息を吐くと、また私に向かって優し気に微笑む。
「ティーレも無理するんじゃないよ? あんたたちの世話なんて、アタシにとっちゃこれっぽっちも苦労じゃないんだから」
「はい……ありがとうございます」
おばさんの言葉に照れ気味に笑う。おばさんの言葉が本当だってことは分かっているけど、だからこそ何かお手伝いがしたい。
「おばさん、今日も伐採をお手伝いすればいいですか?」
「あぁそうだね。でも肝心のシルヴィアーノのがまだねぇ……」
そう言っておばさんは丸太置き場の隣にある、おばさんたちの家を見る。
「あ、いいですよ。私行ってきますから」
「そうかい? 悪いねぇ頼んだよ」
そう言うと私は小走りで家へと向かった。
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