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第3話 夏の風景
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「悠人君。早く。スイカがぬるくなっちゃうわよ」
「はい」
ぼんやりと廊下から外を見ているのが解ったのだろう、沙希が茶の間から声を掛けてくる。茶の間は客間とふすまを隔ててすぐだから、ちょっと開ければ見えてしまうのだ。これもまた、普段はマンション暮らしの悠人には驚かされるポイントでもある。プライベートがあるようでない。昔は当たり前だったのだろうが、なんだかどきどきしてしまう。
「高校生になったからかな」
昔はそんなことは気にせず、ふすまもすぐに開け放っていたが、この年になるとちょっと躊躇われるなと苦笑してしまう。そう言えば和臣の部屋は少し離れた玄関側にあるのも、年頃になってプライベートな空間を確保したかったからだろうか。
「どの部屋も涼しいですね」
「でしょ。この家だと扇風機だけでいいからね。都会じゃこうはいかないでしょ」
「ええ。エアコンを点けっぱなしですよ」
茶の間は北側にあるからか、より一層ひんやりとしていた。そこに、よく冷えたスイカと麦茶が用意されている。まさに日本の夏の風景だ。隅にあるテレビでは、高校野球の中継が流れていた。
「今日から二回戦でしたっけ」
「ああ、そうね。毎年のようにテレビはかけてるけど、決勝くらいしかちゃんと見ないからなあ。二回戦か」
そういうものよねと、沙希は笑い飛ばす。たしかに悠人も野球に詳しいわけではないから、見ても準決勝くらいからか。自分の高校が出るわけでもないし、かといって高校生が活躍する姿は無視できるものではなく、何となく毎年見るものだった。
「さあ、スイカをどうぞ。そうそう、和臣は夜の九時の飛行機で戻って来るらしいわ」
「あっ、わざわざすみません。何度も連絡をさせてしまったようで」
「いいのよ。普段は連絡すらしてこないんだもん。悠人君をダシに呼び出せるんだったら、私たちも容赦なく連絡するわ。東京じゃあなかなか帰って来ないのも仕方ないんだけどね。飛行機代も馬鹿にならないもの」
「確かにそうですね」
なるほど、二人も和臣に会う口実に使ったのかと、悠人はちょっと気分が軽くなった。それに東京からだと、ただでさえ関西から四時間半以上も掛かる山陰地方の端にはなかなか帰って来れないだろう。飛行機だと時間的にはすぐだというが、それだって気軽に帰れるわけではない。
スイカを食べつつ、そのまま沙希と最近の出来事をあれこれと喋った。昔から沙希は聞き上手で、悠人は高校出のあれこれを、普段は両親にもしないというのに喋っていた。クラスメイトのこと、学校の行事。先生の変な癖まで、それはもう色々と披露してしまった。さらに彼女はいないのかと訊かれて、いないと顔を真っ赤にする羽目にもなる。
「あら、いないの。悠人君だったらモテそうなのに、せっかくのイケメンを放置するなんて、酷い話ね」
「いやいや。全然そんなことないですって。それに理系クラスにいますからね。あんまり出会いもないっていうか」
「あ、そうか。和臣も同じこと言ってたわね。あの子はもやしだからモテないとしても、やっぱり理系に進む女子って少ないのか。せっかくの高校生活なのにね」
「そうですね。クラスに五人いればいい方って感じですね。何故女子に不人気なのか解らないですけど」
「ううん。叔母さんは理系科目って苦手だったからなあ。数学とか化学が多い理系は進みたくないと思ったわね」
そんな感じで、一時間ほど喋っていた。テレビではいつの間にか試合が終わり、勝った高校の校歌が流れている。
「あっ、そうだ。そろそろおばあちゃんを迎えにいかないと。悠人君はゆっくりしててね」
そこではっとなったように壁に掛かっていた時計を確認し、あらあらと沙希は立ち上がった。おばあちゃんというのは、和臣から見ておばあちゃんの新井志津だ。御年七十七歳ではなかったか。
「志津おばあちゃん、どこかに行ってるんですか」
「ええ、近くの老人ホームよ。といってもおばあちゃんはピンピンしててね。介護なんてあんまり必要じゃないんだけど、ただ単にお喋りに行ってるのも楽しいんですって」
「はあ」
つまり認知症ではないってことかと、悠人は曖昧に頷く。老人ホームってお喋りするだけでもいいんだ。さすがにお年寄りの事情は分からないことだらけで、うまくイメージできなかった。
ともかく、しばらくは一人で過ごす時間になりそうだ。スイカの皮とコップを台所に運ぶ役を買って出て、沙希を見送った。次の試合を見るのも面倒でテレビを消すと、あちこちからセミの鳴き声やら何かの虫の鳴き声が耳に付く。
「さて」
勉強でもするかと、台所で片付けを済ませた悠人は思うが、そう簡単に気分が乗ってくれるものではない。仕方なく、気分転換も兼ねて久々に来たこの家の中を一周することにした。
「はい」
ぼんやりと廊下から外を見ているのが解ったのだろう、沙希が茶の間から声を掛けてくる。茶の間は客間とふすまを隔ててすぐだから、ちょっと開ければ見えてしまうのだ。これもまた、普段はマンション暮らしの悠人には驚かされるポイントでもある。プライベートがあるようでない。昔は当たり前だったのだろうが、なんだかどきどきしてしまう。
「高校生になったからかな」
昔はそんなことは気にせず、ふすまもすぐに開け放っていたが、この年になるとちょっと躊躇われるなと苦笑してしまう。そう言えば和臣の部屋は少し離れた玄関側にあるのも、年頃になってプライベートな空間を確保したかったからだろうか。
「どの部屋も涼しいですね」
「でしょ。この家だと扇風機だけでいいからね。都会じゃこうはいかないでしょ」
「ええ。エアコンを点けっぱなしですよ」
茶の間は北側にあるからか、より一層ひんやりとしていた。そこに、よく冷えたスイカと麦茶が用意されている。まさに日本の夏の風景だ。隅にあるテレビでは、高校野球の中継が流れていた。
「今日から二回戦でしたっけ」
「ああ、そうね。毎年のようにテレビはかけてるけど、決勝くらいしかちゃんと見ないからなあ。二回戦か」
そういうものよねと、沙希は笑い飛ばす。たしかに悠人も野球に詳しいわけではないから、見ても準決勝くらいからか。自分の高校が出るわけでもないし、かといって高校生が活躍する姿は無視できるものではなく、何となく毎年見るものだった。
「さあ、スイカをどうぞ。そうそう、和臣は夜の九時の飛行機で戻って来るらしいわ」
「あっ、わざわざすみません。何度も連絡をさせてしまったようで」
「いいのよ。普段は連絡すらしてこないんだもん。悠人君をダシに呼び出せるんだったら、私たちも容赦なく連絡するわ。東京じゃあなかなか帰って来ないのも仕方ないんだけどね。飛行機代も馬鹿にならないもの」
「確かにそうですね」
なるほど、二人も和臣に会う口実に使ったのかと、悠人はちょっと気分が軽くなった。それに東京からだと、ただでさえ関西から四時間半以上も掛かる山陰地方の端にはなかなか帰って来れないだろう。飛行機だと時間的にはすぐだというが、それだって気軽に帰れるわけではない。
スイカを食べつつ、そのまま沙希と最近の出来事をあれこれと喋った。昔から沙希は聞き上手で、悠人は高校出のあれこれを、普段は両親にもしないというのに喋っていた。クラスメイトのこと、学校の行事。先生の変な癖まで、それはもう色々と披露してしまった。さらに彼女はいないのかと訊かれて、いないと顔を真っ赤にする羽目にもなる。
「あら、いないの。悠人君だったらモテそうなのに、せっかくのイケメンを放置するなんて、酷い話ね」
「いやいや。全然そんなことないですって。それに理系クラスにいますからね。あんまり出会いもないっていうか」
「あ、そうか。和臣も同じこと言ってたわね。あの子はもやしだからモテないとしても、やっぱり理系に進む女子って少ないのか。せっかくの高校生活なのにね」
「そうですね。クラスに五人いればいい方って感じですね。何故女子に不人気なのか解らないですけど」
「ううん。叔母さんは理系科目って苦手だったからなあ。数学とか化学が多い理系は進みたくないと思ったわね」
そんな感じで、一時間ほど喋っていた。テレビではいつの間にか試合が終わり、勝った高校の校歌が流れている。
「あっ、そうだ。そろそろおばあちゃんを迎えにいかないと。悠人君はゆっくりしててね」
そこではっとなったように壁に掛かっていた時計を確認し、あらあらと沙希は立ち上がった。おばあちゃんというのは、和臣から見ておばあちゃんの新井志津だ。御年七十七歳ではなかったか。
「志津おばあちゃん、どこかに行ってるんですか」
「ええ、近くの老人ホームよ。といってもおばあちゃんはピンピンしててね。介護なんてあんまり必要じゃないんだけど、ただ単にお喋りに行ってるのも楽しいんですって」
「はあ」
つまり認知症ではないってことかと、悠人は曖昧に頷く。老人ホームってお喋りするだけでもいいんだ。さすがにお年寄りの事情は分からないことだらけで、うまくイメージできなかった。
ともかく、しばらくは一人で過ごす時間になりそうだ。スイカの皮とコップを台所に運ぶ役を買って出て、沙希を見送った。次の試合を見るのも面倒でテレビを消すと、あちこちからセミの鳴き声やら何かの虫の鳴き声が耳に付く。
「さて」
勉強でもするかと、台所で片付けを済ませた悠人は思うが、そう簡単に気分が乗ってくれるものではない。仕方なく、気分転換も兼ねて久々に来たこの家の中を一周することにした。
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